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第224号:お盆。

今日はめちゃくちゃ朝だらだらした。
そんな自分にもOKを出す覚悟でとにかくだらだらした。
簡単にいうと、寝たり起きたりしていたのだが、1Fに降りたのが10時くらいだった。

昨日から、妻や息子たちとの交流も深くなり、とてもしあわせな気分である。
今日はお盆の最終日であり、送り火の日である。
世の中よく出来てるなって思うのだが、このような季節行事があると、
家族って大切だとか、一緒に生きていられるのが本当にしあわせだと感じる。

こんな日であるお盆というと、死者の霊が家に帰ってくるというイメージだが、
本当はどんな儀式なんだろうかと思う。
ウィキペディアによると、下記のようになる。

盆の明確な起源は分かっていないが、1年に2度、
初春と初秋の満月の日に祖先の霊が子孫のもとを訪れて交流する行事があったが、
(1年が前半年と後半年の2年になっていた名残との説がある)
初春のものが祖霊の年神として神格を強調されて正月の祭となり、
初秋のものが盂蘭盆と習合して、仏教の行事として行なわれるようになったもの。

ということだそうだ。
うれしいことが重なることや、忙しい様を言う言葉に、
「盆と正月が一緒にきた」と言うことがあるが、この辺りから由来しているのだろう。

今日はというわけで、家族との時間をたっぷりと味わうことにした。
午前中は、大切なメールと未完了の原稿の作成。
昼からは、耕をつれて会議所、法務局、産業振興財団、そして、
ミヤマクワガタがいないかなと思って、足守付近の木を蹴飛ばして歩いたが、
全く捕まえることは出来ず・・・。

昨年、井原のぶどう屋にいった時に、美星町のほうへ北上したところで2匹捕まえた。
今年もブナ林を見つけて、挑戦してみたいと思った。
昨年見つけたのが、たまたまだったのだろうか・・・。

夕方は、耕の協力でマスカットスタジアムまでジョギングした。
耕は自転車、私はジョギングだった。
昨日より、スピードが上がるようになった気がした。
明日はもっと早く走れるようになりたい。

夕方は、家族全員そろっての夕食だった。
叔父さんが持ってきてくれた鯛を塩焼きにして、野菜のてんぷらを頂いた。
かなり、スッキリとした食事であり、体調がよくなりそうな気がした。

夜は、おかんきをした。
家族全員で仏壇に向かって手を合わせて、読経する。
終わったら、みんなでお茶を飲みながら、お菓子を食べながら談笑する。
92歳のおばあさんから、2歳の龍まで、お互いの顔を眺めながら・・・。
生きてるし、しあわせだねって。

本来、この後、お供えを船にのせて、送り火と呼ばれる儀式をするのだが、
最近は船を流したら公害になるということで、ゴミに出すようになってしまった。
結局は、家族で顔をあわせて会話をすることが、何より一番大切なんだと思う。

「この行為には、どのような意味があるのだろうか。」

難しいことは解らないが、祖先に感謝することだろうか。
祖先だけではなく、両親やその上の祖父母もしかりである。
祖母も歳をとれば、話しをするのも訳が解らんことを言うので、面倒になったり、
毎回同じ話しをするので、つまらないと思ったりするのである。

でも、その人がいたからこそ、私たちは生きているのだ。
その人たちが一生懸命に家族を思い、子供を作り育てたからこそ今の自分があるのだ。
ごくごく当たり前のことなことであるのだが、
このことをしっかりと受け止めて生きている人は限りなく少ないように思う。

自分が生きていることをより肯定的に正面から受け止める。
そうすると、自然と家族や周囲への感謝や思いやりの心が育まれるのだろう。
おかんきの途中も、龍は走り回り、耕はだらっとしていたが、
尻を叩きつつも家族の温かみに触れた一瞬だった。

こういったことを、平気でなくしてしまう傾向があるが、
我が家では家族の対話を作る一つの機会として捉えてずっと続けて行きたいと思っている。

今日も自分を承認してみる。
「全ての愛する人のために、その人を深く感じ、その人のために心を尽くせていたね。」
といってみた。
「そう、私が生きていることを、より肯定的に捉えられるようになってきたね。」
と返って来た。

祖先に感謝し、生きていることに感謝し、
時を同じくして生きている人に最高の瞬間を提供できる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第223号:一緒に踊る。

今日は午前中の経営革新計画のヒアリングだけなので、ゆったり気分だった。
でも良く考えると、準備したほうが良いことがたくさんあって、
急いで準備を開始した。 

先般、担当者の方から経営革新計画の数値計画が大きすぎて、
審査会に参加する中小企業診断士の先生が、
こんなに上手くいくとは思えないと言いそうなので変更したほうが良いのでは・・・、
という感じの意見があった。
そのため、ビジョンや目標を小さくする計画を立てた。

それから、HCDやペルソナ手法に関する資料を本当に簡単にまとめた。
なぜかというと、これから中小企業の方や協力してもらいたい方に伝えることが
非常に難しいと感じているため、説明用資料が必要であると判断したからである。
時間がなかったので、文章オンリーの解りにくいものができてしまったが、
これから徐々に改善して行きたい。

という訳で、午前中は財団からのヒアリングを受けた。
今までの家族経営のいい加減さが、ヒアリングを受けていくことであぶりだされた。
経営コンサルタントなのに・・・少々つらい感じがした。
立場変わればという感じである。

そんなネガティブな感覚を感じると同時に、
今日来てくださった2人はある意味経営診断のプロフェッショナルなわけである。
こうやって自社の経営について語る時間があり、意見や問題点を言ってくれるのは、
本当にうれしいし、もっというと、楽しい感じもした。
ありがとうございました。

それから、午後は姪のなっちゃんが来た。
それなのに、なんとなくだが、昼から私の機嫌は右肩下がりだった。

「今振り返ってみて、何が起こっていたと思うか。」

  1. 締め切りギリギリの原稿が書けていないことへのあせり
  2. 耕と龍のはちゃめちゃな遊び方へのイライラ感
  3. 今日の夕方の飲み会に行きたくない気持ち
  4. 体を動かしていないことでフラストレーションが溜まっている感じ
  5. 上記のことが一遍に存在していて、その場にしっかりと存在してない

未完了の山の中で、100%で生きていない自分が見えてきた。
生きるということを、怠っている感じもする。
そして、それはその場の空気を壊し、子供たちを萎縮させ、
自分自身の気持ちも悪くしてしまっている。
そこに自分がいることが、百害あって、一利なしである。

そんな流れの中で、耕と一緒に近くのマスカットスタジアムに遊びに行くことにした。
上記の未完了を少しでも解消するために、私はジョギングで、
耕はジョギングが嫌みたいなので、コマをはずしてのれるようになった自転車で、
行くことにした。

マスカットスタジアムにいってみると、本当に耕と久しぶりに向き合えた感じがした。
ターザンのようにぶら下がって滑る遊具のところで、うれしそうに弾ける笑顔が印象的だった。

こちらに滑ってくる耕の背中を手で押さえて、思いっきり背中を押してブリをつける。
そして、少しでも遠いところへ戻って飛び降りる。
そして、もう一回と言う感じで、飛び出す台に戻るのだが、
かならず一度こちらを向いて、この上ない笑顔で私を見るのである。
顔だけでなく、全身が喜んで、弾けている感じである。

それをみていると、自分がいつも仕事といって子供との関わりを持たないこと、
とにかく仕事を詰め込んで安心感を得ることを少し改めたいと思った。

結局、自分が父にされてきたことをそのまま子供にバトンタッチしているような気がした。
仕方がない面もあるにしろ、少しでも子供の命や自信を膨らませるような父でありたい。

そして、マスカットスタジアム内を自転車で先導しながら走ってくれた。
一緒にいて、心で感じあい、安らかで心地の良い時間を過ごすことが出来た。

子供にとって、父と過ごす時間というのが、どれほど楽しくて、うれしくて・・・、
そして、自分の存在を感じられて、自分らしく弾けることのできる時間なのかということが、
私自身も体で感じるように、よくわかった。

これからになるが、私が要求する厳しいことだけでなく、
子供が望んでいて、心から弾けられる時間を一緒に創りだして行きたいと思った。

その後、シャワーを浴びてから岡山へ。
オハヨー乳業時代の2人の仲間と、保険会社の営業の方と一緒に飲んだ。
やっぱり、少しでも同じ釜の飯を食った仲間と話しをするのは楽しかった。
ちょっと、元気がない同期を励ますことが出来たのも良かった。

夜はわりと早く家に帰って、息子たちにほお擦りをして、大切な人達にメールをして寝た。
最後は充実だった。

今日も承認してみる。
「子供たちのしあわせや成長を感じながら、一緒にかかわってあげられたね。」といってみた。
「こんなに一緒に楽しめたのは初めてかもしれないね。」と返って来た。

いつでも、最高の楽しいダンスを一緒に踊ることの出来る自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。
Let’s dance!

第222号:微笑み。

今日は早朝ミーティングでスタートした。
先週末、大阪出張でかなり疲れが溜まっている感じがした。
打合中であっても、あくびが出る。

ミーティングでは、新しいビジネスコンセプトにめぐり合い、
その可能性を探るために、3C分析を実施した。
仮説もほぼ出来、集めるべき情報もクリアになり、
今日はお盆初日だし、もう十分という、空気になった。
ある意味順調に話が進んだということだろう。

昼からのISOの定例ミーティングはお盆のため、1回休みとなった。
そして、提出物の関係で2件ほど訪問して、終了した。

そして、夜は師匠も含めて4人で飲みに行った。
相変わらず金平の焼き鳥がうまかったし、バーで四方山話を繰り広げるのも楽しい。
以前からお世話になっている人の思いや考え方は楽しいし、
何ににも変えられないつまみとなった。

お盆くらいゆっくりと家でと思っていたのだが、やたらと飲みに行くことになり、
今週については、7打数5安打、打率714という結果になりそうである。
飲み会はうれしいことだけど・・・。

ブログを書きながら、手を組み、それに額をつけて目をつぶってみた。
最近の自分の不摂生やだらしなさ、そして、悲しみなどが立ち上がってきた。

「私が今一番大切にしたいことは何か。」

家族との絆を感じることだと思った。
そういえば、仕事、地域への貢献、知人との交流、コーチングの勉強、さらには、
愛しいクライアントとのセッション、全てが家族とのバランスの中にある。

私が小さかった頃、母がいなくて、結局、おばあさんが私を育ててくれた訳だが、
いつも思っていたのは、父に遊んで欲しいということだった。
結局、その願いはほとんど叶えてもらえることもなく、でも、1人で遊べるようになった。

釣りに行ったり、鉄道写真を採りに行ったり、ソフトボールに参加したり、当時、
遊んだ結果も誰に報告することもなく、心配や悩みがあっても蓋をしてしまう。
深刻な時でも、誰にも相談できないので不安な日が続く。
「誰も自分のこと見ててくれる人がいない。」

その結果、中学校のときは、夜中まで友人と一緒に過ごしたり、
高校に入ると、初めての彼女が出来て、ずっと一緒にいたり、電話をしたりしていた。
そうやって、人との親密な関係を欲し、創っていった。

私は、いつの日か人に微笑んだり、笑ったりする癖がついていた。
自分を受け入れてもらえるために・・・。
子供たちには、そんなこびた微笑みや笑いをしてもらいたくない。
だから私は家族との絆を大切にして、妻や子供たちに、
愛と自信に満ち溢れた人生を送って欲しいと思うようになった。

そのために、私は微笑みたい。
妻や子供たちが本当に望んでいることや、楽しいこと、悲しいこと、恐れなど、
いろいろなことがあるが、その全てを見つめながら微笑んであげたい。
安心して生きられるように、楽しくしあわせに生きられるように・・・。

そして、その満面の微笑みで受け止めてあげたい。
そう、生きるよろこびを創るために・・・。

今日も自分を承認してみる。
「微笑みを浮かべながら、一人一人の気持ちをしっかり味わっていたね。」といってみる。
「そう、自分が微笑んでいる場面を、客観的に見ながら話が聴けていたよ。」と返って来た。

天使のような瞳と、澄み切った微笑みで言いたいです。
今日もありがとう。
またお会いしたいですね。

第221号:最高の瞬間。

今日は、比較的ゆっくり朝起きてテレビをつけたら、オリンピックのことをやっていた。

ちょうど、女子バドミントンのオグシオが負けた瞬間を放映していた。
オグシオの短い夏が終わった。
足を踏みならす中国応援団の異様な大騒ぎを聞きながら、握手をかわした。
「ごめんね」「ありがとう」短い言葉で緩んだ2人のほおに、涙がつたわった。
インタビューでは、「この場に立てたことが・・・しあわせ。」というようなコメントがあった。
ここに来るまで2人がどんな思いで、どのくらい厳しい練習を積んできたのだろうと思った。
少しだけ、胸が熱くなった。

そして、その次の瞬間、同じく女子バドミントンのスエマエが、
世界ランキング1位の組に勝つという大金星のシーンが目に飛び込んできた。
シャトルがネットにかかって相手側のコートに落ちた瞬間、
2人は喜びのあまり、その場に崩れ落ちた。
時間がなくて・・・インタビューの内容は聴くことが出来なかった。

このスエマエが逆転勝利した瞬間、涙がとめどなく流れた。
たまたま、何もはばかることなく、涙を流していた私を妻が見て、
「西田くん、泣いてる~。」だって。
別にいいじゃないかと思った。

それより、この勝った2人に共感し、私の心も震えた。
「今この瞬間、何を感じているのだろう。」
「気持ちはどうなんだろう。」
「体の感じは。」
「何を思い出し、心を震わせているのだろう。」

“歓喜”というキーワードが浮かんだ。
静かに研ぎ澄まされた空気から、勝った瞬間、弾けるの心の叫びのようなものを感じる。
私は、これこそ、人生で最高の瞬間だと思った。

午前中は、師匠の社長のいる会社に向かった。
先日、大阪でCTIの研修を受けたため、その感覚が体や心に残っていて、
管理職へのコーチングも久々に本格的で気合の入ったものになった。

なぜかいつも師匠にコーチングをしてもらうことになってしまうのだが、
(どっちがクライアントか解らなくなってしまう。)
くよくよしていると、師匠にもっと大事なものがモノがあるという認知をしていただいた。
ぐっと軸ができて、ブレが小さくなったような気がした。

話をしていて良くわからない人のパターンとして、軸が見えないということがある。
言うたびにその言葉の意味や意図が解らないのである。
夜、JMBSコンサルタントグループのメンバーの方を見ていると、
笑わせたければ、笑わせたいという意図や意思を持って話をしている。
当たり前なのだが、非常に解りやすい。

そして、成功パターンのようなものを感じる。
笑わせたい、影響を及ぼしたい、人の支援をしたいなど、
その人が経験してきた成功のパターンや、その時得られた感情を手に入れるために、
行動したり、コミュニケーションしているような気がする。
要するに、それが欲しくて生きているのだ。

私の場合だと、テニスを通じて、ペアで一つの目標に向かって協働するよろこび、
一生懸命に努力すること自体と、やりきる、乗り越えることの満足感等である。
コーチという生き方を選んだのも、このテニスで見つけた大切なものの影響が極めて大きい。

そして、私は本当に、最高の瞬間が好きである。
テニスで燃えること、勝利すること、人の注目の中存在すること、
女性と出会い、解り合ったり、一緒によろこんだり、楽しんだりしたり・・・。

自分が最高と思える瞬間を提供したいとずっと思っていたが、
コーチという仕事は、自分の価値観によるものではなく、
相手の人生の最高の瞬間を創りだしていくこと大切なんだと、改めて思った。

当たり前のことだけど、やっと気がついたような感じがした。
人生で最高の瞬間を共にしたい。
それを創り出す支援をすることこそが、私の使命であると思った。

今日も自分を承認してみる。
「私はいつも、しっかりと口角をあげて微笑み、大きな瞳で人を迎え入れ、
しっかりとはげまし、受け入れられていたね。」といってみた。
「みんなが笑顔になっているような気がしたよ。」と返って来た。

満面の笑顔の底で、苦しみも悲しみも味わいながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

追伸
今日は愛しいクライアントの記念日である。
本当におめでとう。
これからも同じ時代、同じ空気の中、一緒に生きて行きたいですね。
心から期待していますし、応援していますよ。

第220号:ダンス。

先日から大阪の研修が続いて、いろいろなことがあって、妙に生活が不規則になった。
昨晩も胸が苦しくなるような事が攻め寄ってきて、つらかったのを思い出した。
今一度、それをエネルギーにしようとすると、しっかりと変化していくのがわかった。

松岡修三のように、いつもショーマンシップを持って、おどけてみんなを喜ばせ、
そして、その人のために熱く語り、もし、その人が悲しみに暮れる時は、
そのそばでしっかり受け止められる人になりたい。

それは、私が全身で自分を表現することで、暗く落ち込んでいる人や、
悲しみに沈んでいたり、寂しさに震えていたり、前に進みたくても進めなかったり、
楽しさを一緒に爆発させたり、うれし涙を流したり、恐れる理由を探したりと、
一緒にダンスするが如しである。

「ダンスインザモーメント」と呼ぶ。

CTIのコーチングは一緒にダンスを踊るイメージなのである。
相手を思いやり、心に寄り添い、一緒に泣き、笑い、ジャンプしたり、走ったり、
というように、全ては協働のダンスをしながら、ありたい姿を実現するのである。

コーチングというと、質問や傾聴ばかりが先行してしまうというイメージなのだが、
そんなことだけではないのである。

とにかく、今日は新しい朝を迎えることが出来た。
その朝の空気を深呼吸するように、新しい風が体の中に入ってきたような感じがした。

今日は商工会議所の日であり、
モデルとする松岡修三や、CTIの植田裕子リーダーのやさしい笑顔と受容的な頷き、
後藤亮子リーダの楽しいレスポンスと体を全て使った表現力などが体に入ってきた。

普段は軽やかに楽しんで生きて、あきらめかけた人には熱く勇気付ける。
この部分が今までと大きく違う部分である。

「どんな人生に変えて行きたいのか。」

もっともっと多くの人と、もっと深く感じあい、一緒に喜びも悲しみも味わい、
私は自分自身の全身を使って表現し伝え、人を受け入れられる人になる。
熱すぎるぐらいの熱意を常に持っている。
だから、いつも後悔しない。

今日の夜、愛しいクライアントとセッションした。
時間と環境が良くなかったため、中途半端に話を聴くことになってしまった。
寂しかったし、もっともっと、命が膨らむようなセッションにしたいと思った。
自分の命を賭けてでも、しあわせを一緒に実現したい。

今日も自分を承認してみる。
「人を受け入れる笑顔、頷き、そして、表現することにエネルギーが満ち溢れていたね。」
といってみる。
「本当に、相手と一緒に、瞬間瞬間手を取ってダンスを踊っているようだったよ。」
と返って来た。

手を取り合って、肩を並べ、人生が本当にうれしく、美しく、楽しめるよう、
エスコートする紳士の心で言いたいです。
今日もありがとうございました。
一緒に生きて行きたいですね。

第219号:燃える闘魂。

今日はCTIセミナーの3日目であった。
昨日のいろいろな気づきや経験があったせいか、
それとも個人的な悲しみや寂しさへの一つの答えが見つかったからか、
妙に満足して、落ち着いた状態からのスタートとなった。

意図的な協働関係、そして、Beingについての内容であった。
今日私は、Beingについての研修の中で、燃える闘魂という名前をいただいた。
もらったばっかりのときは、ちょっと違うかもと思った。

それにしても、今日は朝スペースチェックの内容を口にしなかったせいか、
自分の行動が前に起こりにくい状態になってしまった。
思い切った行動ができないのは、昨年の6月から取り組んできたことだが、
まだまだ、やっぱり…という感じだった。
怠っているような気がした。

「今日の自分の気づきには、どのようなものがあるか。」

  1. 自分のコミュニケーションの浅薄さ
  2. 周りの人への思いやりのなさ
  3. 自分が愛されたいという気持ち
  4. 寂しさや哀しさをなくしたい(特に関心が高い)という想い
  5. カッコよく、魅力的に生きたいという気持ち

こんなことを感じる中で、燃える闘魂という自分のあり方は、素晴らしいと思った。
でも、今までだってそんな風に自分のあり方を見つけて生きてきたはずだが、
もっと深く、もっと思いやりを持って、自分のアンテナに引っかかることだけではなく、
いろいろなものを認めながら生きていきたいのである。

どんな人であっても必ず大切にしていることがあり、
それを尊重して、深くコミュニケーションできるそんな人でありたい。
一期一会であるし、本当の意味で、それができるようになりたい。
もっともっと。

そういう意味では、燃える闘魂もいいし、
松岡修三のような、熱いメッセージや会話を送り続けられる人でありたい。
今日から松岡修三になろうかな。

いつもユーモアにあふれ、軽やかで、生き生きと人を喜ばせる自分。
そして、寂しさやつらさに直面している人に出会ったときは、
ただ一緒にいて励ましてあげられる自分。
みんなのよろこびのど真ん中にあるセンターコートにいつも立っていたい。

今日も承認してみる。
「弱い自分と向き合って、自分の課題を見つけることができたね。」と言ってみた。
「そのことと本気で向き合うことが大切だ。」と返ってきた。

心を全開にして、相手のハートを感じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第218号:核心。

昨日のコーチングセミナーでの気づきが異常に大きかった。
セミナーが始まる時、今の気がかりなこと、
そして、今日この場でどうありたいのか・・・スペースチェックをした。
自分の今の状態を知り、自分の目標や決意を述べた。

結論から行くと今日は決意通りの自分でいることができて、
本当に臨んだ結果となり、うれしくて楽しくて・・・、
結局は、自分を知り、自分が何を選ぶのかが大切だと思った。

もちろん、昨晩の悲しみや喜びが体の奥のほうに存在していて、
それが、自分の生きるエネルギーになったのだと思う。

今日は、コーチングのスキルと、フルフィルメントコーチングについてだった。

「今までの人生で最高の瞬間は?」

自分の本当にしあわせな最高の瞬間って、
中学校3年生の時の夏の最後のテニス大会の決勝戦だとおもった。
夕暮れのセンターコートで、一緒に汗を流してきた仲間やギャラリーに囲まれ、
そして、静まりかえったセンターコートで、聞こえるのはボールの音、
そして、気合いをこめてボールをたたきこむ、自分とパートナーと相手の声、
そして、ギャラリーは私たちのプレイをじっと見つめる。
そして、歓声を上げる。
その声の中に、励ましの心がある。

おそらく、自分がきらきら輝き、ヒーローになれるような瞬間を作りたいのだと思う。
魂を燃やして走り続ける私の姿を見せること。
生きざまやその背中を見せることくらいしかないような気がするから。

きっとそうすれば、私のことを好きでいていくれる人や、応援してくれる人、
今まで期待してくれた人への恩返しになる。

きっとそうすれば、自分が自分の望む魅力的な人になり、
周りには自分の好きな人が集まり、みんながしあわせになっている。
とにかく、魅力的な人になりたいんだ。

今回の研修であるCTIのコースリーダーのように、
澄み切った瞳と、陰りのない笑顔、そして、参加者への思いやりや楽しませる心、
自分が手に入れたいことの多くがそこにあるように思った。

そして、私はコーチングスキルのなかでの、「核心」のスキルが担当だったが、
自分に問いを投げてみる。

「本当はどうしたいの。」

身の回りの愛しい人たちが輝けるよう、そして自分自身が愛し愛されたい。

私のコミュニケーションを変えることで、自分の想いが千里を駆けて広げるイメージだ。

岡山でのしあわせを作るセミナーが早くやりたくて仕方がなくなった。
本当に充実したスタッフで、意図する結果が得られるよう、お互いに切磋琢磨する。
みんなが安心して参加して、自分の思いに気づき、ありたい自分に向かっていく。
そんな場を実現してみせる。
絶対にやるし、待っていてほしい。

夜は、久々に大学の後輩と飲んだ。
大手メーカーへの転職を果たして、家族のしあわせを守っている姿に感動した。
そしてその表情には自信と将来への希望が満ち溢れていた。

自分を承認してみる。
「もう一度、本当のありたい自分に向けて動き出すことができたね。」と言ってみた。
「そう、自分があきらめちゃだめだ。」と返ってきた。

センターコートで感じた充実感を胸に、感謝しながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第217号:怠るな。

昨夜は遅くまで打ち合わせして、今朝は早朝ミーティングだったので、
結構つらいし眠い。

そして、昼からは楽しみにしていたCTI基礎コースへの参加のため大阪に向かった。
あまりの疲れで新幹線の中では気を失うように寝てしまった。

そして、授業が始まった。
2人の女性がファシリテータであり、どちらも本当に魅力的な方だ。

大きな瞳とわらいじわのコースリーダー、
そして、おどけながら場の空気を作るコースリーダー。
岡山でこれから始めるセミナーもこんなに相性のいい2人組みでできたら楽しいだろう。

いきなり、「大きなテーマ」のアイスブレイクからスタート。
ある意味、初対面の方にいきなりそんな話をするのはつらい。
でも言ってみると結構すっきりするし、いろいろ実現したいことが出るし、
言えば言うほど実感がわいてくるような気がした。

アイスブレイクの後、自己紹介をして、グランドルールの説明があった。
4つの合意である。
そこで、CTIのルール#1と呼ばれる一文ではっとした。
「誰一人として間違っている人はいない。」

そして、人生の輪、コーチが聴いていること、さらに、3つのレベルの傾聴と続いた。
正直、めちゃくちゃ難しい。
さらに、自分の格好つけたがりなのか、それとも、本当に言葉にするのが苦手なのか、
いま一つ原因がよく自分のことがわからない面があるのだが、
参加するのに際して、消極的になってしまった。

夕方は、梅田付近で食事をとった。
ビールとお好み焼きを食べて、バーで軽く飲んでみた。
後ほど、愛しいクライアントとのセッションがあることになったので、
楽しみで仕方がなくて、本当においしく食事をいただいた。
結局、携帯電話の電池切れで連絡ができず、本当につらい思いをすることになった。
なんか妙に気になって、結局、ほとんど寝られない状態である。

今日のセミナーは本当にズタズタと言う感じでとにかくつらかった。
そんな中、ある女神が私に微笑みかけてくれた。
それも、本当に偶然というドラマの中で・・・。
たぶん、このことは私の人生においても大切な出来事になるだろう。
天から授かった御縁だなって思った。
この御縁を大切にして、育てて、生きていけるのが本当にうれしい。

今日はインターネット環境がないせいか、ちょっといつもと勝手が違う。
なので、このあたりにしたいと思う。

今日も承認してみる。
「初心にもどって、一生懸命にセミナーに参加していたね。」と言ってみた。
「残りの2日間をもっと学びあるものにするために、ベストを尽くせよ。」と返ってきた。

怠ることのないハートで言いたいです。
今日もありがとうございました。
本当に明日は気合いを入れろ! 和英!

第216号:感じられない。

疲れてしまったのだろうか。
振り返ってみると、この数日相手の想いを感じる力が低下している様な気がする。
特に、今日は全くといっていいほど感じることができていなかった。
スランプである。

朝の経営改善のミーティング、午後からの2件続いたISOミーティング、
空手、研修のミーティング、そして、深夜のセッション。
振り返ると、恐ろしいほどの自分の行動量である。
そんなに時間を掛けても、思いを感じられないミーティングだとどうなんだろうか。

自分のハートが前面に出ている感じだし、相手に求めている感じ、
そして、自分の中には何にも無くて、空虚な感じである。
答えを自分がひねり出そうとしている感もある。

「何が相手の想いを感じにくくさせているのか。」

  1. 肉体や精神の疲れ
  2. 自分の欠乏感(ニーズ)の高まり
  3. 自分自身の想いを感じていない
  4. 自分がしゃべりたいという気持ち
  5. いい気や有頂天になっている感じ
  6. 他にもありそう・・・

明日の午後からCTIの基礎コースからスタートする。
なのでもう一度、初心に戻って、相手の気持ちを感じ続けられる自分になりたい。

それは、あきらめをなくし生きるよろこびを創る自分に帰ることであり、
相手の想いをしっかり感じて、共感してあげられるようになることにつながるはず・・・。
そんな自分でありたい。

今日は、疲れたということが一番なのかもしれない。
好奇心をもとうとか、人を好きになるとか行っても、疲れてるとどうにもならないのかも・・・。
そんな時でも、プロとして相手のハートに刺さるほどの矢印を向けられるようになりたい。

今日も承認してみる。
「相手の想いを大切にして、よろこびを創る自分でいたいと心から思っているね。」
「そう、もう一度基本に戻って勉強したり、胸に手を当てて自分の想いを感じてみたら。」
と返って来た。

あなたの全てを体で感じられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第215号:スタートライン。

今日も早朝ミーティングだった。
昨日夜遅かったのと、家族が少なくなった朝に張りが無くて、
早く起きたのにグズグズしてしまい、家を出るのが遅くなってしまった。

最近少々自分のだらしなさにちょっと辟易とする。
机の上はぐちゃぐちゃ。
車の中も、外も汚れている。
自分と自分の仕事以外のことはしない。

細かいことを言えばきりがないくらいある。
特に仕事や生活の物理的な環境がよろしくない。
つまり、精神面での乱れがいろいろなものに影響をきたしている。
というわけで、少々の心の乱れを感じながら出発した。

今日の師匠と私との会話は、プロジェクトのタスクがあまりに大きくなりすぎて、
呆然とするばかりになってしまった。
本来、私はそこで客観的なフィードバックをしながら、
すべきことを明確にし、優先度に基づき整理すると言う立場を取るべきところであるが、
あまりに、付き合いが長くなるとどうも一緒になって頑張ってしまう。
結論としては整理はするのだが、気分としては一緒に走っている感じである。

その中で、師匠の発した言葉から、面白いビジネスコンセプトが天から降ってきた。
今まで培ってきた資源を統合し、これはいけるという確信のようなものである。
師匠もちょっとうれしそうだった。
私もうれしかった。

昼からは、ISOの取得支援であるが、忙しくてなかなか時間が取れない会社がある。
放って行くわけには行かないので、現場に訪問して、現状を確認した。

昼はものづくりに専念して、夜は書類の整理を懸命に進めているような感じであり、
わずかながらだが進めようという意識を感じた。
そして、お盆が明けるときっと再スタートを切ってくださると実感した。
そのためのコミュニケーションをとって行きたい。

そして、新しい顧客の紹介を受け、訪問した。
今まで親会社からISOを取得するよう要請を受けてきたが、頑なに断ってきた会社である。

ここにきて取らないということが言える状況ではなくなり、
仕方なく思い腰を上げたような状況のようである。
経営者や管理責任者の意向を聞きながら、出来るだけISOを上手に取得するためのヒントや、
そして、もっとも大切である取得の目的の重要性を伝えていった。

きっと、良い形で決断し、覚悟し、取り組んでいただけると信じている。
自分の会社を良くする、経営者と従業員のしあわせ作りのため・・・。
エヌティ・クリエイトはHCD(人間中心デザイン)をめざして、
もっと、ISOそのものを有意義なものにして行きたい。

そして、夜は妄想の女王とのセッションだった。
あるセミナーに始まり、一度自分を壊して、向き合おうとする姿があった。
前向きな姿勢が、かわいくて、明るくて、元気になる感じがした。

人が生きる基盤となるところを、最近、知らず知らずのうちに整理しているようである。
かなりスッキリした印象であった。
これから一歩ずつ進めていく、その準備期間も終了し、覚悟を決めたかのように感じた。
「スタートラインに立っている。」
「さあ、一緒にあるいていこう。あきらめることなく・・・、一歩ずつ・・・。」

そして、メールでのセッション。
クライアントが、人から傷つけられながらも前向きに捉えて、
一旦自分を壊してでも、自分らしい自分を作り上げようとする姿勢があった。
私は愛しさを感じて、少しでもその自分作りを支援したいと思った。
ここでもスタートをきる準備をしている人がいた。

今日はスタートラインという言葉をいろいろなところで感じることが出来た。
人は変化を好み、変化を嫌う生き物であるというように言われるが、
このスタートラインは、まさに人生をよりよいものに変えると覚悟する場面なんだろう。

気持ちをグッと前に持っていくような感じ。
身の回りのことを整理して、すっきりと身軽にする感じ。
心配事なんかは、ふっと吹き飛ばして行く感じ。
そして、ワクワク感であふれている感じ。

マラソンや水泳、そして、テニスの第1球目のサービスの感じを思い出した。
浮き足立たず、静かでかつ熱いハートを秘めている。
そして、やってみせる、絶対できる、あきらめない・・・っていう、
強い決意と覚悟を持っている状態である。

今の私もスタートラインに立っている状態かもしれない。

今日も承認してみる。
「いろいろな人のスタートラインを感じて、自分の役割を感じていたね。」
といってみた。
「コーチとして、自分に意識が向いてしまうことが多すぎたよ。」
「もっと、深く強くクライアントの想いを感じてごらん。」と返って来た。

そういえば、今日の自分はコーチのスキル、マインド面では今ひとつだった。
疲れもあるかもしれないが、怠ることなく、しっかりと心を使いたい。

共にスタートラインを創り、一緒に乗りこえられるそんな自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。