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第329号:いらだち。

今日は久々にゆっくりとしたムードで朝を迎えた。
といいながら、未だ出来ていないことがあるので、少しずつ手をつけた。
そうこうしているとあっという間に時間となり、ゴハンをかき込んで出発した。

今日はISOの新規案件のキックオフの準備であり、
鍛える師匠と一緒に取り組もうということで、お迎えに行き、一緒に出かけた。
最近の不摂生で疲れに疲れた状態だったので、なんとなく気が乗らなかった。

今日はいらだちのようなものを常に感じた一日だった。

「いらだっているとは、どのような状態なのか。」

  1. 何かに刺激されている
  2. 行く手を阻まれている
  3. 自分の気持ちがざわざわしている
  4. 相手を責めている

要するに、自分にとって都合の悪いことがあって、相手の責めている状態である。
そんな風に考えると、今日の私はまさにいらだちの塊のようだった。

あまりに思うようにならないものだから、だんだん腹が立ってくる。
しっかりと味わっても飲み込めず、ヒリヒリしたりキリキリしたりする。
そうすると、それが言葉や態度に表れ、伝わり、また関係はおかしくなる。

「何を改善したら良いのだろうか。」

  1. その時の見方や受け取り方
  2. 信条やポリシー
  3. 見栄やプライド
  4. 相手の受け止め方

明らかに相手を否定している感触が残っている。
それは、あまりに満たされない自分の気持ちを相手にぶつけるようである。
自分の至らなさをぶつけるようでもある。

そして、どうせ私のことなんか誰もわかってくれないと思う。
こんな気持ちでは良い仕事が出来ないと思った。

ただ、こんな気持ちにさせる理由があって、
それは相手の言動の中に存在するケースもあるだろうし、
自分自身が疲れていたり、自分で創りだしているケースもあるだろう。

そう、やっぱり、自分の捉え方やあり方をしっかりと見つめて改善したい。
違った価値観を受け入れる、相手をまっすぐ信じる、
そして、相手に純粋な好奇心を向ける。
そうすると、誰一人として、間違っている人はいないのである。

今日も自分を承認する。
「まだお腹の辺りに戦いの後があるのを、しっかりと味わうことが出来たね。」
と言ってみた。
「最近のお前の傾向を感じることが出来たんじゃないかな。」と返って来た。

まっすぐに相手を信じ、純粋に愛とよろこびを提供したいという想いをもって言いたいです。
今日もありがとうございました。

第328号:間違いない。

今日も早朝ミーティングに始まり、過密スケジュールであった。

その上、朝から岡山大・ラボに入った結果、不測の事態に見舞われた。
プロジェクタを置きっぱなしにしていたので、取りに行ったのであるが、
な、なんとコーヒーを飲もうと水を汲みに出た瞬間の出来事だった。

カチャと音がした瞬間、ゲーっと思った。
首にかけているはずのセキュリティカードが無いのである。
もう無理ということで直ぐに断念した。

そして、今日、番組生放送前の可愛い師匠に連絡をして、
カードを借りる羽目になってしまった。
(忙しい時間に申し訳ありませんでした。)
そんなトラブルの結果、10分遅れでなんとか早朝ミーティングのスタートを切った。

朝から本当に気が動転するようなトラブルがあったにもかかわらず、
一日本当に落ち着いて過ごすことが出来た。
タイムラグがあるが、今落ち着いて左手の儀式をしてみると、
次のキーワードが胸に浮かんだ。

「安心」、「信頼」、「愛」

燃えるような感覚でもなければ、冷静なものでもない。
落ち着いていながら、暖かで優しい気持ちである。
少し疲れているからか、若干のけだるさのようなものも感じた。

今日は、朝のミーティングの中でも楽しそうに会話をするメンバーの面々、
そして、その中にはメンバー間に思いやりがあり、良いコミュニケーションだと思った。

次のミーティングでは、今まで全く手付かず、
というか、ブラックボックスになっていた領域の技術伝承のコンサルだった。

長年取り組んできた技術の責任者は、いつも以上に饒舌であった。
やはり、自分が培ってきた技術を開示し、仕事のプロセスの問題点を露呈するのは、
つらいことだったのだろう。

それを見ていた後継者の方は、常に微笑みながら話を聴いていた。
それを見ていた私も微笑みたくなった。

それから、就職対策のセミナーへ行った。
ここでも、新しいことが起こっていた。
クラス中の一体感があって、コミュニケーションが出来すぎるくらい出来ているのである。

相手への気遣い、承認、あまり会話をすることの無い人への配慮、
どれもこれも単なるコミュニケーションの話しではなくて、
人間同士の関わりというレベルである。

それを見ている私もうれしくなった。
でも、また言われてしまった。
「元気が無いですね。」
気をつけよう。

それから、朝カードを借りてしまったので、返却するために可愛い師匠と会った。
仕事のことを考えずにお茶をするというのは珍しい出来事であり、
とても短かったけど、素顔に触れられて楽しいひと時であった。
仕事の顔とは違うものだし、かわいらしい人だなと思った。

そして、新たに事務所で手伝ってくださる女性の方の面接をした。
前向きなエネルギーがあって、経営コンサルティングに興味があって、
英語のしゃべれる才女であった。
また長く一緒に取り組むことが出来るとうれしいと思った。

今日、家に帰ってみると耕が熱で寝込んでいた。
さらに、龍も寝る前に吐いてしまった。
かわいそうで、切なくなった。

そして、私のコーチとセッションした。
いつものような晴れ晴れとした報告ではなく、なんとなく薄雲のかかったような気分だった。
思うように進んでいないからだと思った。
この薄雲のような気分を飛ばすことが、自分への安心や信頼を創る最も大切なことだと思った。

今日も自分を承認してみる。
「私の伝えたいことが、言葉や声や身体を通して、みんなに伝わっているに違いない。」
と言ってみた。
「そう、絶対に間違いない。その想いが広がっているんだね。」と返って来た。

微塵のかげりも無い純粋な想いを感じながら、弾き飛ばすように言いたいです。
今日もありがとうございました。
一緒に笑いあいたいですね。

第327号:元気づける。

今朝はいつもの早朝ミーティングである。
悪いことに、今一番私が大切にしているものがなくなってしまいそうなことが起こった。

それは、私にとっては本当につらいことであり、悲しいことであり、
もっと違う言い方をすると、絶望であり、苦しみであり、生きる意味を無くすことである。

「この世の中を、愛とよろこびで埋め尽くしてやる。」というエネルギーも湧いてこなくなる。
そのくらいのインパクトであった。

あまり、こんなことを書いていると、自分自身がめいってくるのがわかる。
だから、このくらいにしておきたい。
今日はブログを進める元気が出てこなかったのだが、あることで吹っ切れることが出来た。

夕方、岡山商工会議所で研修の打合せを行った。
担当者の方と本当に和やかに談笑していただき、徐々に気持ちが復活していくのが解った。
笑いや相手を気遣う気持ち、それから、期待をかけられることには、
こんなにすごいパワーがあるのだと、強く感じることが出来た。

まさに、“元気づける”である。
勇気付けるというのとはまた違って、もっともっと、明るく楽しく健やかにするようなイメージである。
エヌティ・クリエイトを作る前に、個人で開業したときに多く使った言葉である。

「マーケティングで企業を元気にする。」

創業時に、送った案内状を思い出した。
知人から、エモーショナルで、西田らしい言葉だと・・・。
これもきっと“元気付ける”である。

自分自身もそうだが、落ち込んで考えられない、動けない状態の人に対して、
どんな顔で、どんな話を、どんな声で話しかけたら良いのだろう。
そんなことを考えさせられた時間だった。

もっともっとこのことについては、考えて行きたいところである。
この部分はまたの機会にしたい。

今日も自分を承認する。
「つらくて悲しいときでも、希望を持って行動することが出来たね。」と言ってみた。
「自分のことだけでなく、相手の気持ちを感じることがやはり大切だよね。」と返って来た。

いつでも自分の想いを感じながら、そして、相手をまっすぐに信じられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第326号:想いを明確に。

今日は朝一番でブログを書き、笠岡に向かって出発した。
笠岡の島づくり海社の方とお会いするためである。

もちろん、こういう場面ではエヌティ・クリエイトの鉄じいの出番である。
地域づくりマイスターの称号を与えられ、地域活性化のリーダーとしては、
これは自慢だが、最高のスキルと知識を持っていると私は思っている。
これがいわゆる厳しい師匠であり、私の最も尊敬する人である。

2人で車に乗り込んで出発した。
久々にゆっくりと話をすることが出来て、朝から有意義だった。
そして、笠岡商工会議所につき、島おこしの仕掛け人のところへ向かった。

お会いしてみると、見るからに仕掛け人であり、知力、体力、人格力、
そのどれをとっても素晴らしい方であることは、一瞬でわかった。

ひとつひとつ質問をしていき、現在取り組んでいること、
そして、その中における問題点を少しずつだが明確にしていった。
ただ、本当によくやられていて、これ以上ないくらい様々な策を講じていた。

エヌティ・クリエイトとしては、何か少しでも提案して、価値を提供したいわけである。
しかし、その一方のクライアントはもうお腹がいっぱいになるくらい食べているし、
他の会社から、もう愛はいらないというくらいのラブコールや貢物を得ているのである。
残念ではあったが、できることはないと判断して場を辞すこととした。

車の中でなすすべがなく落ち込んでいる私に、厳しい師匠はこんな風に行ってくれた。

「その会社のためになる会話が出来ていたから良いじゃないか。」

なす術がないといったが、本当はそんなことはないのであり、
会話の中でも、事業を前に進めるためのヒントとなるような会話をふんだんにしている。
しかも、そのポイントは形を変えて何回も聴いているのである。

まさにエヌティ・クリエイトが提供しようとしている、それが愛とよろこびだと思った。
金銭的なことではなく、まさにそれを実現するために会話をしているということを実感した。
うれしい瞬間であった。

そして、昼からは父と一緒に営業活動に取り組んだ。
ある企業の若手経営者を、ある企業に紹介するために、父同行で相談した。
直接的な成果を手に入れることは出来なかったが、
十分な会話の質、量は、非常によい結果だと私は思った。

それ以上に、今日は父と一緒に行動したのがよかった。
というのが、最近の私の不徳のいたすところで、ほとんど家には帰らず、
本当に会話をする時間が少なくなっていたからである。

今のエヌティ・クリエイトの現状や家族のことについて報告すると共に、
その対策について一緒に考えてもらった。
昔の父とはとても思えないくらい、協力的で私も本当に頑張らなければと思った。

最後に、岡山大学インキュベーション・ラボに連れて行き、スタッフの紹介をした。
それはそれで楽しそうにしている父が印象的であった。

その後、再度、鍛える師匠と可愛い師匠を迎えて、
開催間近となったビジョンコーチングセミナーの打合せをした。

これがまた、2人のスタッフには申し訳ないのだが、
私のファシリテーション能力に大きな問題があることが発覚した。

「今回の取り組みの中では、私はリーダーである。」

つまり、成果への責任を持つリーダーなのである。
それと同時に、組織のパフォーマンスを最大にするためのファシリテータでなければならない。
リーダーシップの理論で言うところの民主型リーダーシップを実現するのである。

そういう面では、方針を明確にしぶれないようにすること、
そして、その方針に基づいて一人一人の意見やプロセスを引き出し、
みんなが共通見解を持って、モチベーションを感じながらアウトプットするのである。

そのためには、今組織の中に何が起こっているのか、
そして、そのエネルギーをいかに使いきりゴールを目指すのか、
このプロセスを私は管理しなければならないと思った。

問題だらけであったように感じるが、きっとできるとスタッフへの信頼を持つことが、
大切だと私は改めて感じることが出来た。
今後の教訓として生かして行きたい。

今日も自分を承認する。
「自分の想いやビジョンを基に行動することが出来ていたね。」と言ってみた。
「もっともっと、明確にして強く育てて欲しい。」と返って来た。

そう、「この世の中を愛とよろこびで埋め尽くしてやる。」、「あきらめんなよ。」と、
熱く語れる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。
また、お会いしたいです。

第325号:無視される。

今日は振り替え休日であるが、あえて仕事を入れて、活動することにした。

一日のスケジュールはあえて書かないが、私としては非常に苦しい出来事があった。

「どんな苦しい出来事だったのか。」

  1. 受け入れられない
  2. 拒絶
  3. 無視、軽視
  4. 声が届かない
  5. 話がかみ合わない
  6. 気持ちが届かない
  7. 気持ちを感じられない

まさに、ディスカウントである。
世の中では結構起こっていることであり、当たり前と思う人も多いと思う。
よくよく考えてみると、自分自身の存在自体を否定されるくらい重大なことだと思うが、
コミュニケーションを学んだからそう思うのだろうか。

色々な会社に出入りしていると、会社によっては本当に人がきちんと向き合い、
その瞬間や人との対話を大切にすることを大切にする会社があったりするし、
逆に、本当に我が出張って、人のことより我先に前に行くタイプの会社もある。

あるいは、社長が社員の悪口ばかりを並べ立てて、
会社中がネガティブな空気で満たされている会社もある。
足の引っ張り合いが起こったり、縦、横の連携が出来なくなったり、
顧客満足度を高める活動が停滞したりする。

こういったネガティブなパワーは、ガンのようにあっという間に広がり、
人や組織を蝕んでいくのである。
そして、一旦染み付いたガンをきれいに洗い流すことは不可能に近いくらい難しい。

あえてそのことについて話し合いたいと思い、ひざを入れようとしても逃げたり拒絶したりする。
そもそも、私がここにいなくても良いと言わんがごとくである。

「これを直すために出来ることは何か。」

  1. 経営者の想いや価値観を注入する
  2. 自らが100%で向き合う、取り組む
  3. 自分の想いを語る

まさに、ビジョンメイキングやコーチングの研修をやったり、
グループコーチングや、コーポレートコーチングを導入するという対策がぴったりである。
自らの良心に問いかけ、自分自身で気付きを得るのがやはり最高の方法だと思う。

今回は私自らが体験したことであり、この寂しさやつらさは計り知れないものだった。
その一方、企業や家庭や社会の中には、当たり前のように、
否定や無視や拒絶などたくさんのディスカウントがある。

少しでも多くの人や企業のそんな呪縛から解き放って行きたい。
そうすることが、この世の中を愛とよろこびで埋め尽くすことにつながるから。

今日も自分を承認する。
「ディスカウントにも耐え、相手の幸せを本当に願うことが出来たね。」と言ってみた。
「もっともっと、本気で、相手の幸せを思ってごらん。」と返って来た。

こんなディスカウントを世の中から排除するという使命を感じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第324号:空手岡山地区大会。

今日は、少林寺流錬心館空手、岡山地区大会だった。
朝起きると出発25分前の6時20分であり、慌てて妻と子供を起こした。

私のほうはブログがかけてないので、相変わらずPCをつつきながら、
子供達に服を着ろ、持って行くものを準備しろと指示していた。
向き合わず、口だけである。
コーチとしてはいかがなものかと思った。

久々に家族でのお出かけ!?だったので、少しでも良い1日にしようと、
怒らないことを誓って、車に乗り込んだ。
そして、今日は試合なので緊張するところなのだが、特にそんなことも無く、
淡々とした調子で現地入りした。

試合会場である桃太郎アリーナには、空手の胴衣をした挙士が集まっていた。
大勢であり、子供が多いが大人もいるし、男性のみならず女性も多い。
それにもまして、父兄の数も甚大なものがある。

今日、私は午前中に組み手と型の試合、午後からは耕の型の試合があった。
朝の時点では特に緊張するわけでもなく、まああまり練習できていないから・・・、
と試合前から負けたときの言い訳を考えながら過ごしていた。

そして、サブアリーナに選手は集められ、年齢層別に列を作った。
そのまま1時間くらい、何をまっているのかわからない時間が続き、
胴衣一枚で過ごしていたため寒さで身体が震えた。

やっとの思いで入場が始まり、開会式であった。
来賓席には議員が並び、議員嫌いが沸々と湧き上がってきた。
「本当に意味がわかってんのか?」

そして、だんだん、自分の気持ちが引いて行くのがわかった。
スポーツや武道という純粋な思いのある場所には議員はいないほうが無い。
個人の想いを感じても良いのだが、こんな場所に出てくる神経を疑う。
しかも、代理を立てるのなんか言語道断である。
「全く意味が無い。」

そんなことはさておき、開会式が終ると直ぐに組み手の試合となった。
コートに向き合って座った。
別に勝ちたいとは思わなかった。
そんなところが自分としては非常に中途半端で嫌なところだ。

試合が始まった。
背の小さい相手で、大学のOBで白帯だが、本当は違うと思った。
結果としては、最初の2分間で、副審同時3人、赤(自分)1本だった。
ということで、ルールでは1分間の延長戦となった。

この時に私は疲れて、もうふらふらとなっていた。
本当にしっかりと心も身体も鍛えてきた人は、ここで力が出るのだと思ったが、
その時の私は、「もう終れば良い。」と思ってしまい、戦意は喪失してしまった。

ここまで書いて、恥ずかしい話だと思った。
結局、疲れと精神的な弱さで、軽く入った上段突きで負けてしまった。
それでも、別に恥ずかしいとも、悔しいとも思うことが出来なかった。

やっぱり、空手に取り組む姿勢が100%で無いということなのだろう。
自分の生き方としては、ある意味もっとも忌み嫌うことであり、
本来許せないことであるが、今日はあまりそのことに対しては感じなかった。

それより、試合直後、本当に息が上がって立ち上がれなくなり、
吐き気を催し、全身に急激な痛みが走った。
後で妻に話しをしただけで、誰にも言わなかったが、相当消耗していたのだと思う。
自分の体力的な限界というのは、普段出力していないからわからなかった。

それから、防具の準備をしていなかった。
そのため、超美男子の先生にお借りしたのだが、私の試合の直後、防具を返し、
それをつけて戦った超美男子の先生が直ぐに負けてしまったのが、
私にとってはとても残念で、迷惑をかけてしまったことを反省している。

それから、直ぐに型の試合となった。
一試合目は知人との試合の予定であったが、試合を休んでいて、
体調不良か、何かあったのか心配になってしまった。
要するに不戦勝であった。

そして、2回戦目は、後の演舞でブロック割をした岡山を代表する選手でだった。
勝ち目が無いと思いつつも、一生懸命にやろうと思って懸命に南光を打った。

後にフィードバックをもらったが、声(気合)は非常に良く通っていたようである。
動きのほうは遠くてよく見えなかったようだが、私としては、
連突き→前蹴り→突きのところで身体がぐらぐらになったのが気になった。
結果としては案の定負けてしまった。

私の試合については、試合前に思っていた通りの結果であったので、
正直なんとも思わなかった。
ただ、こんな気持ちで試合に臨んでしまったことが、口惜しい。
テニスのときにこんなことは無かったし、もっと熱くなれたように思う。

対策としては、もっと時間をとって、あるいは、メリハリをつけて、
負けたくないという執念がわくまで練習することだと思った。
まだ白帯だし・・・。
というわけで私のほうは終了した。

そして、耕の型試合である。
メインアリーナから出ると、子供達が型の練習している。
そして、耕もその中にいて、でも全く練習していないのである。

ダイキが私のところにきて言った。
「耕くんは、全く練習しないんだよ。」っていった。
私は言った。
「練習した人が最後に勝てるんだよ。」っていった。

耕はそれでも練習をすることなく、私が話しかけるとこういった。
「絶対に勝つよ。」
妻に後で聞いたのだが、昨日1人で練習していた様子だった。
本人はその時点である程度実感していたのだろう。

そして、試合になった。
1回戦は試合が無く、2回戦「しこ突き」からスタートだった。
耕の明るくて、元気で、魂の入った声が会場に響き渡った。
そして、4本の旗があがり勝利した。

3回戦目の前蹴りでは、副審2対2の微妙な判定であったが、
大きく声を出していた耕に主審の軍配が上がった。
この試合で準決勝進出が決まった。
耕の誇らしそうな笑顔が、目に焼きついた。

そこから、しばらく休みに入ったのだが、色々と回想していて、
中学校のときにテニスの試合に出ていたときがよみがえった。
コートサイドに父の姿を見たことが無かったのだが、
私も父に頑張っているところを見て欲しかったなと思ってしまった。

そして、準々決勝戦は拳手法であり、ちっちゃいけど、気合が入っていて、
腰が低い、力強い女の子に負けてしまった。
負けても、あっけらかんとして、さわやかに振舞う耕に、
親ばかながら本当に純粋で優しい好青年だと思った。
その子とも試合が終った後、談笑している様子だった。

これが、今日の成果である。
耕のたっての希望もあり、くら寿司に夕食に行った。
めちゃくちゃ込んでて待たされてイライラしたが、怒っちゃいけないと思って、
努めて笑顔でいたのだが、やっぱり・・・。
ダメだなっと思った。

「何が、イライラさせているのか。」

  1. どの位まったらいいかわからないこと
  2. 待っていることでの時間の浪費
  3. お腹が減っていること
  4. 疲れているのに立ったまま待っていること
  5. ここで無いといけないという耕のわがまま

どれを取ってみても、合理的な大人の論理があったり、
それから、自分勝手な考え方によるものである。
耕が頑張って試合で勝って、その勝ったことを心からたたえようという意識は、
上記の振り返りの中からは、まるで無いのである。

ただ、その怒りを抑えようとしていたし、
味わおうとした時に、味わいきれない感覚が残ってつらくなった。
何が邪魔をしているのかということになるのだろうが、
それは、耕の気持ちを理解しようとしない自分自身なのは明白である。
子供のよろこびを受け止められない、嫌なやつだと思った。

今日も自分を承認する。
「少しでも耕の気持ちを汲んで、楽しく、笑顔で、夕食を食べようと意識したね。」
といってみた。
「その気持ちが大切だし、我慢してでも乗り越えられたね。」
と返って来た。

相手のうれしい、楽しいという気持ちを大切にしたりする心、
勝負で絶対に勝ちたいという心を、しっかりと鍛えて言いたいです。
今日もありがとうございました。

第323号:愛と厳しさ。

今日は土曜日だったが、早朝ミーティングに行った。
ある会社のコンサルティングなのだが、社長の動きがあまりに激しくなって、
なかなかお会いするのが難しくなってしまった。

新規事業の立ち上げを共に計画し、ずっと一緒に走ってきたが、
徐々に社長の行動の量、質ともに上昇し、もともと持っていたけど眠っていただろう資質が、
ここにきて全開という感じである。
コンサルティングというより、やはり、コーチングの機能が効いている様である。

そして、昼からは最も古いクライアントのISOのマネジメントレビューだった。
いつも社長の想いとビジョンには驚かされ、同時に尊敬してならないのである。
従業員に対しても非常に厳しいため、今日も緊張が走っていた。

今日は昨年の振り返りと来年の目標についての各々のプレゼンテーションに対して、
フィードバックと承認というのがテーマであった。
いつもの厳しさで、どんどん檄を飛ばすのかと思って正直怖いと思っていた。

つぎつぎに、プレゼンテーションが行われていく。
きっと、その発表の中には言いたいことが山ほどあり、叱りたい気持ちがあるのは明白である。
それが・・・、発表者に対して、本当に優しく、丁寧にアドバイスをするのである。
しかも、自分の経験談を語り、本当に包み込むような優しさである。

親が子供に諭すかのように、否定したり、怒鳴ったりすること無く、
今回は押し付けることも無く、ひとつひとつ丁寧に語っていく。
社員の中で上手く行った人の例を使ったりして、会社が求める社員像が伝わったようである。
その愛を持ってマネジメントしていく姿に感動した。

その中で私は、良い社長がいればコンサルタントもコーチもいらないと思った。
成果が上がるためには行動が必要であるが、社長のあり方が良ければ行動は起こる。

従業員が安心して、満足して、やる気があれば、その行動は変わる。
そして、会社組織の中で助け合いが起こり、学習が進み必ず良い行動が生まれるのである。

その行動には質と量があるから、経営者の最も重要なスキルは、
良い方針を生み出し、従業員を性善たらしめ、そして、従業員自身を成功に導くことである。

「私はISOのコンサルタントとしてするべきことは何か。」

  1. 経営者と管理職の間のコミュニケーションを円滑にすること
  2. 社長の方針に基づき、魅力的な目標を設定するサポートをすること
  3. マネジメントシステムの計画に必要な情報提供、アドバイスをすること
  4. 一人一人の行動を振り返り、行動と学習を促進すること
  5. マネジメントシステムの中に潜む根本的な問題点を見つけ改善すること

どれも当たり前のような話である。
ただ、私が本当にしたいことは、マネジメントシステムを活用して、
経営者と従業員、つまり、人と企業に愛とよろこびを提供したいのである。

私の愛とよろこびのシーンには、エネルギーを燃やし瞳を輝かせて立ち向かう場面、
それから、何かを達成して喜びに震える場面、お互いにわかりあい抱きしめあえる場面、
などなどがあり、それはビジネス、スポーツ、恋愛などがある。
心を震わせて感動するシーンを死ぬまでにどれだけ創れるかが私の生きる目標である。

今日も自分を承認する。
「私の提供したいことは愛とよろこびであり、それをブレることなく思い出せたね。」
といってみた。
「もっと、本当にその人の事を思い、愛の中にも厳しさを持っても良いんじゃないかな。」
と返って来た。

目の前にいる人のよろこびを願い、愛と厳しさを伝えられるおにコーチで言いたいです。
今日もありがとうございました。

第322号:疲れてみえる。

今日は朝起きて打合せの資料を作成するなど、相変わらず余裕が無かった。
あまり良く覚えていないというのが本当のところなのだが、
結局、ギリギリになって家を出たように記憶している。

そして、経営革新、新入社員研修の営業、それから、商工会議所での窓口相談、
さらに夜は、我が師匠の鉄じいの地域資源活用のための特産品開発セミナーだった。

今日は、胸にブスッと刺さるような言葉をもらった。

「今日ちょっと疲れてませんか。」

これは、昨日と今日の2日のうちに、3人から言われた。
昨日はまだ2回しかあったことのない生徒さんからいわれた。
どうしてそう思ったか聞くと、入ってくるときの挨拶に元気が無かったそうだ。

2人目は、商工会議所の貴公子になんか疲れているねといわれた。
どうしてそう思ったか聞くと、ただなんとなく元気がなさそうに見えるということだった。

3人目は、妄想の女王であり、割と久しぶりに会ったのだが、
いきなり全く同じ問いを言われてしまった。
どうしてそう思ったか聞くと、いつもより笑顔が無いということだった。

本当に自分の今の状態が伝わっていて、恐ろしいと思った。
先日からこのブログの中でもエネルギーが無いとか、周りが気になるとか、
私のナイーブなところを露呈してしまっているわけだが、
それがこんな形で人に伝わってしまうことは、とても良くないことである。

「どのように対処したら良いのか。」

非常に難しい問いであり、唸ってしまった。
元気になればよいのだが、元気になる方法は山ほどあるし、
その割りに、すべてがいつも有効であるわけではない。
心身という言葉があるが、まさに心と身体の両面から元気にならないとダメだと思った。

まずはやっぱり身体である。
ブログを書いている今は、適度に運動をして睡眠の量が足りているせいか、
非常に調子がよいと思う。

それから心であるが、こちらのほうはなかなか手ごわい。
ストレス過多になると身体の色々なところに変調を起こしたり、
仕事への集中力や人とのコミュニケーションに問題を起こしたりする。

それから、EQ等でよく言われるのは、自分の心は自分の身体(行動)を返ることで、
コントロールすることが出来るということだ。

「どのような方法があるか。」

       

  1. 明るい言葉を使う
  2.    

  3. 笑顔を作る(イーという感じ)
  4.    

  5. 背筋を伸ばす
  6.    

  7. キビキビ動く
  8.    

  9. 相手を受け止めるような身体使いをする

背中にものさしが入っているようにピンとした尊敬する大学の先輩を思い出したし、
ある研修の講師の包み込むような優しい表情や、好奇心を持って人を見つめている笑顔を思い出した。

想い、それから、あり方、そして、それに基づくプレゼンスである。
どう生きたいかハッキリしていれば、想いを感じること、身体を変化させること、
その両面から自分を取り戻すことが出来ると思った。

今日も自分を承認してみる。
「しっかりと、フィードバックを受け取って自分のありたい姿を考えることが出来たね。」
といってみた。
「まずは、タイムマネジメントと健康管理だね。」と返って来た。

前向きさを感じさせる背中、そして、すべてを受け入れる姿勢、まっすぐ信じる瞳、そして、鉄をも溶かすほどの笑顔で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第321号:相手を想う。

今日は早朝ミーティングでスタートした。
朝の時点での疲れはそんなに重たくは無かった。
というより、忙しくてバタバタしているという印象である。

最近の私は疲れのせいもあるのだが、自分の欲求が強くでていて、
相手を想うのではなく、自分のことばかり思って、人に伝えているような感じである。

要するに、私の目指す魅力的な姿とは違う方向に進んでいるようである。
なんとなく、最近そう感じるようになった。

「なにが、欠けてきているのだろうか。」

  1. 相手をまっすぐに信じること
  2. 相手のすべてを受け入れること
  3.        

  4. 相手の望んでいることを感じている
  5.        

  6. 相手の強みや長所の焦点を当てている
  7.        

  8. 自分自身も信じている

「必要な技術は何か。」

  1. タイプを感じること
  2. 優位感覚をつかむこと
  3.        

  4. 相手の心に焦点を当てたコミュニケーション
  5.        

  6. 俯瞰的に見ること
  7.        

  8. 自分の中で起こっていることをしっかり感じること

それから、最近、質問が言葉にならなくなってきている。
これも、相手に今何が起こっているかをしっかりとつかめていない証拠である。
かならず人は、シグナルを発しているのである。

そうすることが、世の中を愛とよろこびで埋め尽くすことにつながるはずだ。
先日緊急対策のセミナーもやりたいといったのだが、
今の自分のハートの状態では、その想いが伝わりにくいと感じた。

私は、日々左手の儀式を行って、この想いを確認して大切な人と向き合いたいと思った。
そういう面では、家族的な会社の暖かなかかわりを創り出したり、
教育の現場でも、受講者の前向きで、優しい心を創り出したり、
今日は経済的な価値は別として、世の中に愛とよろこびを生み出せた1日だったと思う。
そしてもっと、中身がぎっしりしたものにしたい。

夕方は、ある方とお茶をした。
とても魅力的な人で、気丈に振舞っている反面、弱さも持っているかたで、
愛しくて、かわいらしく感じた。

夕方は、空手に参加した。
型を打ちながら、心技体のどの面でも、あまり成長できていない自分を感じ少し嫌になったが、
訓練には時間がかかると言い聞かせて、目標と計画を持って進めて行きたい。

今日も自分を承認する。
「不調な中でも、目の前にいる人のことを想い、好きになり、愛を届けられていたね。」
といってみた。
「もっともっと、その人を想って、好きになってごらん。」と返って来た。

技術やテクニックでは無く、本当の自分の想いや本質を大切にして言いたいです。
今日もありがとうございました。

第320号:事務所の良さ。

今日も早朝からインキュベーションに入った。
厳しい師匠が買って来てくれた無線LANと電話とラジカセを搬入するためである。
それから、入力作業をやってくれているおぐちゃんにメッセージを送りたくて、
現場入りしたのである。

なかなか、早朝に1人で事務所に出てくると気持ちがよい。
この上なく、スッキリした気持ちでパソコンに向かうことが出来た。

「家で仕事をするのと何が違うのか。」

  1. 遊びたいとか、休みたいとかという誘惑がない
  2. 無駄なものが無く、スッキリしている(あまりにも家の部屋が汚すぎる)
  3. 通勤の途中に頭を整理することが出来る

なんか、内勤をするのが楽しい。
近年では珍しい傾向である。

こんな風に考えていると、この部屋も汚さないようにしないとだめだと思った。
なんとなく、ここで仕事をしていると仕事が趣味になりそうである。
しばらくは、そのくらいの勢いでやる必要があるだろうと思った。

それから、午前中はISOの運用支援のコンサルティング、
午後からは、ISOの導入支援のコンサルティングということで今日は2件だった。
また、引合いやアポイントの確定が次々と決まり、徐々にスッキリしていくのがわかった。

まさに、未完了が無くなっていっているような感じである。
働く場がきれいになって、1つずつ懸案の事項が片付いていき、体が軽くなっていく。
個人向けのホワイトボードを買って、どんどん消し込んでいけるようにしたいと思った。

私達は、やりたいこと、すべきこと、しなければならないこと、
色々な仕事の中で生きているわけである。

そして、1つのことをやりきらずに放っておいたまま次のことに進む事が起こる。
そうすると、中途半端な状態の仕事が積みあがっていき、頭がごちゃごちゃになって、
何から手をつけて良いのかわからなくなる。
まさしく、シュワップスの法則である。

対策としては、必ず1つずつ終了させてから次に進むようにするのである。
出来るだけ難しいものから順に片づけていくのである。
そうすればきっと仕事の中で埋もれて、苦しくなることはなくなる。
実践してみたいと思った。

今日も自分を承認する。
「時間や手間がかかることに対して、楽しみ取り組むことが出来たね。」
と言ってみた。
「自分自身が心に余裕を作っていたからじゃないかな。」と返って来た。

いつも感謝の気持ちを持ち、そして、人に愛を届けられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。