第485号:叱っても

今日はいつもの早朝ミーティングからスタートし、

午後は野崎が行う研修のアシスタント兼OJTトレーナーとして参加した。

その後、助成金申請等を行った。

昨日、面接が終わった後、野崎の研修のアシスタントをした。

研修が終わって、そのあり方に正直めちゃくちゃ腹が立ち怒鳴ってしまった。

腹が立った内容について具体的には書かないが、要は『自分に甘い』ということ、

『受講生のための時間で会ってお前の時間ではない』ということである。

もう少し具体的に言うと、研修の講師であるにもかかわらず、

相手の気持ちや学びよりも、自分の気持ちを優先したり、

準備が不十分である面が私には感じられたのである。

今日は協働で受講生の学びを深めることに取り組んだが、

とても説明がコンパクトで解りやすくストレスをあまり感じなかった。

いろいろな説明の面で不足することや不十分だと感じることがあったくらいだ。

準備したり、勉強したり、意識した成果が上がっていると感じた。

それと同時に、受講生のコーチングに対するアンテナが高い。

質問することの難しさや、コーチのあり方についての質問がどんどん出てくる。

コーチは叱っていいものか?

私は相手がありたい姿に向かえているかどうかが大切であるし、

もし仮に向かっていない場合、相手を想う気持ちやあることがポイントと答えた。

要するにディスカウントはいけないということである。

それに加えて、いろいろなタイプのあり方を持つコーチがいるし、

もちろん相手のタイプによってもしかるという行為が良い場合と悪い場合がある。

ただただ、相手の望む姿を実現するためには愛が必要なのだと思う。

愛の反対後は、マザーテレサによると無関心であり、厳しさも愛だと思う。

野崎も昨日はさすがにシュンとしていたが、

今日はまさに協働のよろこびを感じてくれたのではないだろうか。

もっともっと、ぶつかり合うくらいの熱い気持ちで協働できるようになりたい。

前回のプロセスコーチングから、今を感じたり、相手の感情を味わったり、

共に生きたり、共にいられないものに焦点を当てたり・・・、

かなり忘れてきたように感じる。

そんな自分のあり方や、今を共に生きるという共時性を感じる状態にない自分が、

とても嫌になった。

授業中も少し焦っていたり、ゆっくりと向き合えていない感じがして、

すっきりしない状態である。

また、その時の気分に戻ることができるよう振り返ってみたい。

今日も自分を承認する。

受講生や野崎の成長のために、目一杯取り組むことができたね。

と言ってみた。

あまり、枠にとらわれることなく、もっとしっかりと深く関わってごらん。

と返ってきた。

人生のレベルのコーチングを自信を持って熱く語れる自分で言いたいです。

今日もありがとうございました。

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