第466号:優しい瞳

朝から子供たちと鬼ノ城に行った。

前回と違って方向性を変えて、岩屋方面に向かった。

雨上がりだったので地面がぬかるんでいてびちゃびちゃした。

靴の中に入ってくるような感じがして、少し心地悪い感じがした。

途中、初老のおじさんと一緒になった。

そのおじさんは、ちょくちょくこの山道を歩いているようである。

屏風岩や鬼差し出し岩など、大きな岩石があり、

それは、岡山ならではのウラ伝説に絡めていろいろないわれがある。

それを、言葉少なにうれしそうに私たちに伝えてくれた。

その瞳は優しい。

トゲトゲやイライラやピリピリは一切ない。

相手を否定することもなく、ゆっくりと私たちに説明してくれる。

時には、高い場所にも回り道をして上がってきてくれて、

「こちらからだと上りやすいよ。」と教えてくれた。

そして、瞳は岩の上に立って、遠くを見つめる。

何をどのように感じているのだろうか。

それは、寂しそうでもあり、生きて目に見える景色を味わい尽くし、

生きている実感を感じているようでもある。

子供たちは一定のペースで歩くわけではないので、

おじさんに追いついたり、追い抜かれたりした。

何となく一緒に生きているという感じがした。

最後に岩屋神社でここから先の道順について丁寧に教えてくれた。

それは、とても名残惜しそうで、やさしく、少しだけ寂しい目に見えた。

きっとこの別れは本当の別れなんだろうと思った。

私は今年40歳、もう若いと言える歳ではなくなってきているが、

おじさんの温かさや、奥深さが身にしみるように感じた。

その後、子供たちと最後まで歩いた。

水溜りのような沼にカエルの卵がヌルヌル、ぶくぶくしていておもしろかった。

子供たちにとってはもっと新鮮で面白いものに見えているだろうと思った。

その後、事務所に入って仕事をした。

仕事がプロセスではなく、プロジェクトとして進んでいる感じがしてうれしくなった。

今日も自分を承認する。

生きている実感を一期一会で感じることができたね。

と言ってみた。

そう、仕事も、家族も大切だけど、出会いを大切にする心を大切にしてほしい。

と返ってきた。

人のつながりと温かさに感謝して言いたいです。

今日もありがとうございました。

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