第453号:プロセス3

今日はコーチング研修最終日である。

 

昨日の宿題を胸の中に持って、スペースチェックを始めた。

共にいられないものが、この場でもたくさん出てきた。

というのが、何となく自分の気持ちを受け取ってもらえていない、

という心地悪さが出てきたのである。

 

もっというと、講師を始め受講生に受け入れられていない、

あるいは、軽視されているという感覚が生じてしまった。

そんな言い訳をつくって引きこもってしまった。

 

ちょっとしたことだが、気持ちの向きが変な方向に向かってしまうと、

自分でもどうしようもなくなる。

これは自分自身のウィークポイントである。

要するにひっこんでしまったり、へそが曲がってしまうと、

なかなか立ち直れないということである。

 

プロセスコーチングでいうと、「その感情を味わってみて!」、

という言葉になるのだろう。

味わい、見つめようとした時に恐れと言うか、嫌というか・・・、

抵抗のようなものが生まれてきて蓋をしてしまった。

 

昨日は谷を下るコーチングだったが、今日は山を登るコーチングだった。

自分の宣言文を創り、そこから身体の感覚を味わいながら、

よろこびを味わうことができた。

知らないうちに涙が流れていた。

 

不思議なことに、谷を下るコーチングと山を登るコーチングで、

見えてきたテーマが一致していた。

まさに、自分自身が培い、大切にしてきたことが、

大きく感情を生み出していることを感じた。

 

こんな風に、大きく感情を味わうことこそ、人が生きている証であり、

生きている意味を感じ、味わえる瞬間なのだと思った。

 

大学生の時に、東京渋谷にあるサミーの部屋というスナックで、

大失恋をした時にマスターに言われたことを思い出した。

 

生きてるってことだよね。

泣いたり、悲しんだりするのも、生きているからこそできることなんだよね。

苦しいという感覚もすべて感動なんだよ。

 

こんな言葉に励まされながら、生きてきた自分がいた。

だからこそ、歓喜の涙を流せる場面をもっともっと創りだしたい。

あきらめを無くし、この世の中をよろこびの涙で埋め尽くしたい。

そんな風に思った。

 

と言っても研修そのものは少し不完全燃焼で終わったようだが、

なんとなく、今を味わうという小さな炎が燃えているように感じた。

 

今日も自分を承認する。

悩んだり、苦しんだりしたけど、今を精一杯に生きることができていたよ。

と言ってみた。

OK! もっともっと味わってごらん。

と返ってきた。

 

今を100%で生きていると信じられる自分で言いたいです。

今日もありがとうございました。

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