第372号:浅い。

今日は早朝ミーティングだったし、その上、非常に難しい案件の日であった。
なので、若干、気の重たさを感じながらの出発となった。
その上、急な打ち合わせの連絡が入ってきた。
この打ち合わせは、私にとってはとてもうれしいものではあるのだが・・・。

というわけで、ISO取得支援2件、経営革新(連携による)、研修打ち合わせ、
顧問先での相談という一日だった。

そんな中で感じたことは、自分の余裕のなさである。
一つ一つの打ち合わせが時間が少なくて、なんとなく、その人とのつながりや、
課題に対しての深みが少なくなってきているように感じた。

その場にいるときは、課題に焦点を当てるというよりは、
その人の気持ちに焦点を当てたり、その発言の意味を感じたりしている。
だから、その場がどちらに向かっているのかがわかる。

そして、過密スケジュールにしていると、余裕の時間が少なくなるにつれて、
だんだん自分のハートに意識が向き始めて、周りのことも自分自身のことを味わえなくなる。
そうすると、かみ合わないことを言ったり、いらいらして結論を急いだり、
人の気持ちを踏み潰したりした状態で、前に進んでしまうのである。
味わい深い時間にするためには、余裕が必要だと思った。

そして、夕方には緊急雇用対策のセミナー関連で、
父が働いていた総社市にある工業団地組合のある企業に打ち合わせに行った。
コンサルタントグループの師匠からの紹介で訪問したのだが、
たまたま商工会議所青年部の関係で社長にもお会いしていたこともあり、
とんとん拍子でコーチング研修の話が決まった。

こんな風に考えていると、自分の力を信じることは非常に大切なのだが、
それより今回は、父の力は絶大なものであり、自分が守られていることを強く感じた。

そして、子供の頃、忙しい中、プレス工場に連れて行ってもらった時の
びっくりするくらい大きなプレス機械とその爆音、油のにおいが思い出された。
それ自体には興味はなかったが、遊んで欲しかった父と一緒にいることの喜びが蘇った。

さらに、コミュニケーション研修の内容について話をしていると、
父の「自分の勝手なことばー、ゆうたらおえん。」という言葉が思い出された。
全てではないが、今の自分の基本に父の考え方があるということが確認された。

浅く生きるのではなく、しっかり余裕を持って、
深くいろいろなことや気持ちを味わいながら生きられるようになりたいと心から思った。
そうすれば、よろこびも悲しみ、そう、生きている実感がもっと感じられるようになるだろう。

今日も自分を承認する。
「今の自分のプロセスと感情について、しっかりと向き合うことが出来たね。」
「もっと自然に、流れに身を任せて、そして、もっと深く感じたいね。」と返ってきた。

心のわずかな動きも感じて、深く味わえる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

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