第366号:生きざま。

今日は今年初の早朝ミーティングであった。
年始が年賀状に追われた関係で、事務作業が大量に残っていて、
それを片づけていると出発が遅くなってしまった。

おまけにバタバタしていた関係もあり、ノートパソコンを机から落っことしてしまった。
大きな音がしたので、ちょっと嫌な気分になった。
それでも前向きな気持ちになろうと意識して家を出た。

昨日のブログとして書いた本分ということに今日は立ち返って色々と考えていた。
しかし・・・、私にとっては大きなトラブルが発覚した。
これも本分に真っ直ぐに生きられていない自分の不徳のいたすところと受け止めようとした。

そんな時、いきなりパソコンが動かなくなってしまった。
突然、電源が落っこちて立ち上がらなくなるのである。
朝、パソコンを落っことしたときの嫌な気分は的中した。
おそらくハードディスクか何かに物理的な破損が起こったのである。
少しマシンを冷却して、立ち上げなおして、変更したデータだけ何とか抜き出すことが出来た。

ある意味ほっとしたのだが、その一連のトラブルを感じて疑問が湧いた。

「今自分がしていることはどういうことなのだろうか。」

  1. 人に迷惑をかけいている
  2. 甘えている
  3. 期待を裏切っている
  4. 想いを実現する方向に向かっていない
  5. 自分のあり方を否定している

特に、自分のありたい姿に向かえていないと言う事実に愕然とした。

その後、福山、笠岡、里庄へと移動する車の中でそのことについてずっと考えた。
昨年、コーチングラボウエストのSSPに参加してから、
自分の想いに沿って熱く生きることを選んだはずなのに、
最近の自分がそうでないということに気がつき、悶々と車を走らせていた。

そして夜は、東京で活躍する女性のディレクターの講演を聞いた。
自分が欲しいものを貪欲に手に入れようと、のびのびと自由に生きる姿に、
一種の嫉妬のようなものを感じた。

何かにもたれかかり、いつも相手の言動に影響を受け、
そればかりに気をとられ、自分の本当にしたいことに命を燃やし切れていない。
そんな私に苦しいほどの情けなさを感じた。

“生きざま”という言葉が浮かんだ。

自分の生き方は人に愛とよろこびの感動を与えられているか。
自分の背中を自信持って見せることができるか。
いつも今を本気で100%で生きているか。

そして、自分の最後の日、後悔することなく旅立つことができるか。

少し、今の自分を変化させようとしてる自分に気づくことができた。

今日も自分を承認してみる。
「自分の魂を燃やして熱く生きる自分が本当に好きなんだね。」といってみた。
「拳の儀式で大学時代の熱く燃える自分を思い出してみたら。」と返ってきた。

あきらめ元気を失っている私の大切な人に向けてその熱い想いを伝えたいです。
今日もありがとうございました。
絶対にできるよ。

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