第331号:叱りたい。

今日は特に大きな仕事があるわけではなかったので、
とにかく何もしないということを選んで過ごそうと思った。

といっても、朝はボーっとパソコンに向かい、ブログを書いたり、
メールをゴソゴソといじくっていると、時間があっという間にたってしまった。
なので、朝ごはんを食べてから、耕と一緒にジョギングに行った。

といっても、耕に自転車を乗らせて、私は自分の足で走る。
最近ウエイトコントロールが効いてきて、体重が減ってきたため、
足取りが軽く、スピードも出そうと思えば出るような感覚がある。

なぜか今日は、というか、最近は批判的なハートが強く出ている。
やたらと今日も耕を叱り飛ばしていた。
例えば・・・。

  1. 自分より後ろを走っている
  2. 危険な走り方をしている
  3. 真剣さがない
  4. 努力していない
  5. 自発的でない

等などである。
要するに、私が大切にしている信念や信条に反しているときに叱っている。

叱ると怒るは違うということだが、ここではどちらかというと叱るに近い。
相手が強くなったり、安全であったりすることを願っているからだ。

ただ、今回の場合はそれだけではなく、
自分自身が大切にしていることを守れていないことへの批判的な心があるように感じた。
それっていうのは、相手を思っているのではなく、起こっているのだ。

更に、午後からは空手の試験だった。
今日は、あることに心を奪われて正直試験に集中できなかった。
周りを見ると、本当に真剣に練習して試合に望もうとしている大人の道志がいた。

素敵な人だなって思った。
それに引き換え、合格するから良いよって思っている自分はつまらないやつだと思った。

なので、この間の拳を握り、ガッツポーズを決める儀式をやってみた。
エネルギーが沸きがってきた。
よっし、応援にきた耕のためにもかっこ悪いところは見せられないと思ったし、
力いっぱいを見せたいと思えるようになった。

しかしながら・・・、
やってみると、中途半端な心と練習不足がハッキリするような結果だった。
当然、夕方になって連絡があり、試験は合格ということであったが、
今ひとつ、釈然としない感じ、満足しない感覚が残った。
次回は100%で、そして、私のベストで合格したいと思った。

それから、生き別れている方の家に子供を連れて立ち寄った。
その人はいなかったが、手紙を残した。
少しだけ、一日批判的になっている自分のハートが緩み、
相手を許すという感覚がじわっと出てきて、これもエネルギーに変わって行く感じがした。

帰りに、耕がラーメンを食べたいといったので、私はうどんが食べたかったのだが、
応援してくれた感謝を込めて、ラーメンに行った。
そこでも、あまりに汚い食べ方に怒ってしまいそうだったが、許せるような気がした。

今日も自分を承認する。
「自分の怒っている姿に気付き、味わい、それをコントロールできるようになったね。」
といってみた。
「怒りっぽくなっている日には、特に気をつけて欲しいね。」と返って来た。

相手の本当に望んでいることをしっかり受け止め、受け入れて、許せる私で言いたいです。
今日もありがとうございました。
またきてくださいね。

今回は相手のハートをゆっくり味わうような感覚が弱いのである。

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