第279号:愛とよろこび。

今日も早朝ミーティングであった。
本当に余裕が無くて、今日も妻になしを剥いてもらい、
おいしい緑茶を入れてもらって、家を飛び出していった。

朝の空気の中、車を走らせ、いろいろな愛しい人の顔を思い浮かべながら思った。

「この世の中を、愛とよろこびで埋め尽くしたい。」

こんなことを書くと、また病気が始まったと思う方も多いと思うのだが、
本人はいたってまじめなのである。

そう思った瞬間に、胸の辺りにアドレナリンが噴出し、それが体中を満たし、
手の先から、足の先までエネルギーが行き渡るのである。

何の映画だったか分からないが、最後に人生の師匠がモノクロのフィルムを投影し、
その中には、愛に満ち溢れた男女や、歓喜の声を上げる人々が映し出される。
モノクロなのに、カラフルで情熱的な映像のように思い出される。
私もそんな世の中になるような貢献を果たして生きたいのである。

想いが届こうが、遠く離れていようが、日々、目の前で格闘していようが、
そんなこと関係なく、この世の中で生きている人の全てがそんな風になればいい。
みんなが望みをかなえていくのである。

そこで私は、「誰も間違っている人はいない」と信じ、
その人の幸せを心から願い、期待し、そのための会話を生み出していくのである。

今日は、ブログを途中まで書いてから東京へと向かった。
家族に見送られながら、自転車に乗って出発した。
そして、新幹線の中では最近の疲れを吹っ飛ばすかのように思いっきり寝た。

東京について、オハヨー時代の友人とさわやかな国際派コンサルタントの方と会い、
更には、東京で焼肉レストランを営む社長と一緒に一杯頂いた。
(一杯というより、いっぱいだった。)
友人は仕事の関係者から本当に信頼を勝ち得ているように見えた。
素晴らしいことであり、心から尊敬と祝福を贈りたいと思った。

また、さわやかな国際派コンサルタントの方は、現在コーポレートコーチをしている。
約20人のクライアントを相手に、日々ありたい姿に向けて共に歩んでいるのである。

実は、私がコーチとして本格的に取り組もうとしていたとき、
この方にクライアントになってもらえるようにお願いして3ヶ月間実施したのである。
「それがあったから今があるんだ。」という強烈なメッセージをもらった。
そのことについての感謝のメッセージを頂き、私もうれしくなったし、命が膨らんだ。

その一方で、本当は自分が感謝しなければならないのに・・・と思った。
せっかく、コーチとして取り組ませてもらったのに、
まだまだ、その機会を十分生かせていないと感じ、もっともっと100%でと思った。

その後、友人と銀座のクラブへ。
あまり、こういうところは好きじゃない。
なんとなく、常にTAでいう裏面的交流が行われているような感じがして、
そのコミュニケーションそのものが、ストレスになる。

逆に、来ている人は憂さ晴らしであったり、ストレス解消ということで、
たわいも無いことをいい、自分の想いや考えは語らず、それでOKというように感じる。
体の芯にあるものは語らず、とにかく楽しい話をしているのである。

ひょっとしたら、その中に本音とよろこびがあるのかもしれないのだが、
あまり私はそれを感じ取ることが出来なかった。

友人に言った。
「私は狂ってるのかもしれないけど、この世の中を愛とよろこびで埋め尽くしたいんだ。」
そうすると、「どうしたんですか、すごいですね~。」と返って来た。
また、その店の中にいる人の言動についても理解できないということを伝えてしまった。
そう言うことを言っている私自体が懐の狭い男のように感じた。

その友人は本当に熱いハートを持っていて、コンサルタントとしても成功を収めようとしている。
もっとゆっくりと話をして、彼の想いや考え方を理解し、一緒に取り組みたいと思った。
そして、帰りにそのことを渾身の力をこめて伝えた。
共感できる部分がより大きくなったと信じたい。

そして、築地の妻の実家で、ある人へのメールを書きながら倒れるように寝た。
意識不明である。
充実感の睡眠だと思った。

今日も自分を承認する。
「独りよがりになりつつある自分の想いに気付くことが出来たね。」といってみた。
「自分の想いを口に出したことによる成果だね。」と返って来た。

相手の想いを感じきり、その先にある愛とよろこびを膨らませる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。
もっともっと、愛とよろこびを大切にするよ。

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