第266号:人を想う。

今日は早朝の内部監査員教育だった。
家を出るとき雨が降っていたが、そんなに陰鬱な感じはせず、
雨粒が落ちてはじける感じが心地よかった。

それから、お客様について車を降りるときが土砂降りで最悪だった。
そして、寒さを感じながら、昨夜出したメールが返ってこないのが、
心臓に小骨が刺さってヒリヒリしているような気がした。

昨日のブログに書いた左手の儀式を車が止まったときや、
それからお客様についた時にも再度やってみる。
そうすると、ハートが安心してよみがえり、静かな気分になった。

そして、相手を想う。
・・・・・。
全てを受け入れられるような気がした。

案の定、作業があまり進んでなくて、通常だとカッと来るところであるが、
そのことについての問題点やその影響についても冷静に捉えることが出来た。

コーチングの関係にあれば、その冷静さを持って本気で関わるべきところだろう。
本来的には、大きい主題や小さい主題があればこそ、コーチングは機能するので、
今回は、めぐじらを立ててまでアドバイスする必要はないと判断した。

その後、長いお付き合いをしている企業へ行き、
その場の空気を感じつついろいろな人と話をした。
空気からは読み取れなかったのだが、トラブルが発生している模様だった。
話をすることでその現象を極力集めて、何が問題なのかを考えてみた。

イメージが出来たところで、その会社の一人一人を想ってみた。
みんなの動揺していたり、不安に思っていたり、自信をなくしたり、
そして、批判的になったりしている表情が目の前に浮かんだ。

そこから、またもISOの内部監査に参加した。
経営者に対する監査であり、従業員はビクビクしながらの監査である。
私は、マニュアルの基準と事実をもとに、アサーティブに毅然とした態度でフォローした。

みんな仕事を一生懸命に仕事しているが、
その状況の中での精一杯になっていることや出来ていないことは沢山ある。
具体的にどんなことが起こっていて、それは何が理由なのかを冷静に振り返り、
システムやプロセスの改善に結び付けていくのが理想なのである。

やっぱりこの社長はさすがだと思った。
人のせいにしたかったり、プライドが傷つけられたりするのから逃げようとしたりせず、
しっかりと痛みを味わい、自分の責任でそれを乗り越えようとする姿に感動した。

そうすると、やっぱり従業員からも「私が責任を持って・・・。」という言葉が出ていた。
私が最もISOが機能していると感じる一瞬が目の前にあった。

そして、夕方はとある商工会議所へ。
あるご当地ラーメンが出来た話を本当に楽しそうに語る経営指導員の方。
その人の瞳には、遊び心と人のつながりを大切にする心を感じた。

さらに、ある方との打ち合わせ。
賃金制度の話で、会社が良くなることをやりたいし、本気かどうかが大切といってた。

そして、夕方は耕の誕生パーティーだった。
帰るとうれしそうにはしゃぐ耕の声が聞こえた。
おじいさんからは、グローブとバットを買ってもらい、
ケーキは名古屋で行われた愛地球博にいった時に買った、
リニアモーターカーのNゲージを基に作ったものだった。

そして、なにより今日はおじいさんと一緒に芋ほりをして、
将棋のコマを使った遊びである“金ころがし”を教えてもらったらしい。
耕とおじいさんが、理屈なく、無心で楽しんでいる姿が印象的であった。

おじいさんを想ってみる。
今生きていることとしっかり向き合い、自分の孫へを純粋に可愛いと想っている心、
そして、健やかに成長することへの祈りのようなものを感じた。
グッとこみ上げるものがあった。

そんな時私は、仕事のことで頭が一杯で、
誕生会の場に100%でいられない自分を察知していた。
なんとか70%くらいまで上げられていただろうか。
戦いではないが、おじいさんと比べて、耕を想う心は負けているように感じた。

そして、クライアントとしてのコーチングセッションが今日からスタートした。
ビジネスのスピードを上げるというテーマから、
余裕とエネルギーのあるタイムマネジメントに変った。
今日の1日の流れの集大成であるように感じた。

そして、愛しいクライアントとのメールセッション。
逆に私がコーチングを受けて、信じてもらい、勇気付けられるような感じがした。
さらに愛しさが増した。

最後になるが、ビジネスパートナーとの電話での打合せであった。
ある研修についてコミットメントを求めたのだが、大変失礼なことをしてしまった。
既に十分コミットメントはもらっているのである。

私の感じる力、そして、その感覚を大切にする力が足りないと思った。
もっというと、コーチの基本である信じるということのブレのようなものを感じ、
ぶれないための仕掛けも考えてみたいと思った。

だらだらと今日は書いてしまったのだが、
相手を想う時、私の力は最大になる。

イメージとしては、自分の中から押し出すのではなく、
相手の想いを感じて、その中に飛び込んでいくような感じである。

そして、それを実現するために左手の儀式を繰り返して生きたい。
生きるよろこびの輪を広げていくために・・・。

今日も自分を承認する。
「相手の想いをしっかり感じ、苦手な準備にも取り組んでいたね。」といってみた。
「とてもいい感じだよ。」と返って来た。

世界中を包み込むくらいの大きさで、人を想う自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

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