第260号:マイコーチ。

今日は久々にオフにしようと思ったので、いつもよりゆっくりと起きた。
起きて何をするのかというと、やっぱりブログである。
ゆるゆるとブログを書き始めたが、特に予定がないせいか、いつも以上に時間がかかる。
そんな時に、長男の耕が、「朝ごはんだよ。」と元気よく呼びに来た。

リビングに行くと、チーズの入ったハムを敷き、
その上に目玉焼きが乗ったハムエッグとサラダと野菜のスープがきれいに並んでいた。
目玉焼きは、7割くらい火の通ったサニーサイドアップである。
たしか、この言葉は師匠が教えてくれたはず・・・。

太陽の入る部屋で朝の空気を吸いながら頂く朝ごはんは、なんともいえない。
まさに“生きている実感”である。

昨日は疲れがあまりに強く、ちょっと例外だったのだが、
先週の東京でのセミナーを受けて以来、自分の生き方に変化が見られるように感じる。

「自分の生き方の変化は何か。」

  1. 自分自身がその瞬間を意識的に味わうこと
  2. 相手のために、本気で人と向き合うこと
  3. 心の距離をグッと縮めること

子供と会話をするときでも、最近は忙しさにかまけて、
今思えば適当なコミュニケーションになっていたような気がする。

子供に近づき、抱きしめたり、ひざに乗せて会話をする。
横から瞳をじっと見つめながら、何を見つめているのか感じながら・・・。
そうすると、その子の大きな主題が見えてくるように感じるし、
何よりもお互いに一緒に生きている実感を得ることが出来る。

その瞬間、必ずといっていいほど、何かを指差して、
「お父さんあれっ!」といいながら、その目に見えているもの、
その子の心の中にあるものなどを、えもいわれぬ程の安心した表情で、
情報を共有しようとするのである。

私は耕の表情を味わいながら、話を聴く。
まさにこれが私の理想のコーチ像なのである。

恋愛したときもこんなことが良く起こっていた!?ではないか。
確かそうだったような記憶がある。
一緒に同じ時間や場所、目に見えていること、
そして、お互いの現在の感情や過去を一緒に味わうのである。

午後からは、耕と一緒にマスカットスタジアムまでジョギングした。
例によって、耕は両コマとも外した自転車で、私は自分の足で走るのである。
コマが取れて得意そうな顔で自転車をこぐ耕がかわいい。

というわけで、2人は出発した。
最初は、私もウォーミングアップということでゆっくり走る。
体が温まった頃になると、耕が前を走り始め、得意そうにびゅんびゅん飛ばしだす。
私は必死に追いかけ、ちょうど良いペースになる。

そのときの私は、肺に思いっきり空気が入って、膨らんでいるような感じがする。
ちょっとした痛みのようにも感じる。
徐々に心臓にも負担がかかってきたのか苦しくなってくる。
走りながら、「今生きているな。」と思う。

そのスピードが更に続くと、苦しさに耐えられなくなったり、足が思うように上がらなくなる。
「もう歩きたい。」と思うと、どんどんその足が動かなくなる。
一緒に走っているときにいつも自分が耕に言う言葉を思い出す。

「ひざを前に、おなかから前に!」

「しっかり先を見つめて!」

耕は、たまに私を振り返って、にっこりと笑う。
私は思う。

「ここで止まる訳には行かない。」

「もっと、頑張ろう。」

そうこうしていると割と早く限界が来る。
立ち止まると、耕も立ち止まって、「お父さん、どうしたの。」という質問が来る。
私は答える。

「ちょっと、足が痛くなって。」

いい訳だなと思う。
そんな自分はあまり好きではないので、また、走り始める。
こんな具合である。

公園にウォーキングしながら入ると、芝生の直線のところがある。
そこでは、思いっきり、全力疾走に近いスピードで走ってみた。
耕はこういった。

「お父さん。早すぎるよ。」

フィードバックである。
私はとてもいい気分である。
思いっきり承認されたような感じである。

そして、ジョギングが終わると、耕はアスレチックで遊び始める。
いろいろなことに挑戦したり、工夫をしたりするのが楽しそうである。
私は思う。

「本当に、純粋に楽しむことってあまりないな。」

そういえばコーチングをはじめてから、クライアントの想いを本当に感じて、
そこに向かって深くつながりを感じ、共に歩んでいることが、楽しくて仕方が無い。
もっともっとそういった関係を作っていきたいと思った。
これが今の私の純粋な想いのように感じる。

さらに、その後は耕も自転車を降り、ジョギングでお墓まで一緒に走った。
今日の耕の気持ちは、前に向いてなくて、どちらかというとその場に立ち止まっている。
体を見たら、エネルギーが進もうとしていない、足は引きずるような感じで、
頭と体が左右にふらふらとゆれ、目はうつろな感じである。

いつもの眺めの良いところのゴールを提示し、心の曇りを取ろうとするが、
なかなか晴天にはならない。
なんとか眺めの良いところにたどり着き、少し休憩した。
向こうの山の緑、それから、近くの草木のざわめきが気持ちが良かった。
耕もいつものお気に入りの屋根つきの場所に座って、リラックスしていた。

少ししてまた走り出したが、結局、またうつろな目に戻ってしまったので、
走っている途中に、耕の肩を抱きしめ、頬を合わせて思い切り言って見た。

「気持ちを前に向けてみろ。お前は強いんだぞ。」

信じて伝えた。
耕の目には力が戻ってきた。
そして、お墓で手を合わせながら、家族みんなにお礼を言った。
家で食べる秋刀魚の話をしながら帰途に着いた。
近所の叔父さんが、「秋刀魚焼くのいいな。」と声を掛けてくれた。

耕と過ごす休日のジョギングのひと時は、
耕という名のマイコーチとの刺激的なセッションの時間になるのである。
そのうち龍も、それから、おなかにいるまだ名の無い命もコーチになってくれるだろう。
一緒に生きていくことが楽しみになってきた。

子供たちの瞳や鼓動を感じながら、怠ることなく100%の愛を届けたい。
しあわせや成長を願い、厳しい父であることも忘れてはならないし、
自分自身の生き方に自信を持っていられるようにしたい。

今日も自分を承認する。
「子供の純粋な想いをしっかりと受け止め、真正面から向き合うことが出来たね。」
といってみた。
「そうすると、かわいい人で心の中がいっぱいになるような気がするね。」
と返って来た。

心を膨らませ、生きるよろこびの輪を広げられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

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