第247号:小さな幸せ。

今日は日曜日であった。
それと同時に、記念日でもある。

実は、まだあまり多くの人には話していなかったのだが、
耕、龍に続いて3人目の命を授かったのである。
そして、今日は5ヶ月ということで帯江の観音様に朝からお参りした。

ちなみに、この戌の日というのは、次のようなものである。

■戌の日の祝いとは
戌の日の祝いとは5ヶ月目に入った最初の戌の日に腹帯(岩田帯)を締めて、
母子の健康を祈願するもの。
戌がお産が軽いことにあやかっていると言われている。
腹帯は昔は妻の実家から送られることが多かったようだが、
現在は特に決まり事ではなく、自分で購入したり、
神社で腹帯を用意してもらうなどさまざまなようである。

という具合である。

耕と龍を連れて出るのは一苦労であり、結局、出発が少し遅れてしまった。
この後の予定が気になったが、今日の私はあまりイライラするわけではなく、
落ち着いたムードで出発することが出来た。

おなかの子供も含めて5人で境内を歩いた。
境内の庭や植木はとても手入れされていて、緑が青々としていた。
風が少し吹くと、その木々がキラキラと輝き、まばゆいばかりだった。

子供たちは、もみじのトンネルとくぐりぬけ、お地蔵さんたちに挨拶をして前に進む。
お賽銭をチャリンといれて、4人で手を合わせ元気な赤ちゃんが生まれますようにとつぶやく。
そこにある物、空気、人の全てを全身で味わいながら、
小さな心の震えや、魂の声を感じることができたような気がする。

そして、妻は本堂に上がって、ご祈祷を受けている間、耕と龍のお守りをした。
芝生の広場では、子供たちがトンボ追いをしていた。
耕は最初みんなと一緒に走っていたのだが、少したってからは、
とまったトンボの後ろからそっと忍び寄り、帽子でぱっと捕まえるようになった。
多くの子供たちがいたが、誰も捕まえられない中、立て続けに2匹をゲット!
そして、さらっと逃がしてあげるところがにくいやつ!だなと思った。
父としては非常に鼻が高い思いだった。

そして、ちょっと森の中を散策して、大きな深呼吸をした。
さわやかな新しい風がすっと入ってきた。
子供たちの笑顔が発する元気で清純な香りだった。

妻がご祈祷を終えて戻ってきた。
そして、5人で来た道を帰った。
階段のところには、絵馬がたくさんかかっていた。

耕が「お父さんと同じ名前の人がいるよ。」って見つけてくれた。
和英という漢字が全く同じの名前だった。
それから絵馬を見るようになってハッと思った。

「元気な赤ちゃんが生まれますように。」

そこに書かれた一行の文章が胸を打った。
そして、見る絵馬全てに同じ文章が書かれている。
その言葉は、自分にとって胸に鉄砲を打ち込まれるほどのインパクトがあった。
そう、今思うのはそれ以外にはない。
また、心が震えた。

最後に記念撮影をしようと観音様の出口に差し掛かったところで、突然、父が現れた。
結局、みんなで撮影することが出来たのだが、運命のいたずらというか、
偶然というか、本当に家族の絆を感じられるお参りとなった。

たまたまご祈祷が遅くなった関係で、昼からの創業ネットワークに遅れてしまった。
師匠がきてくれているので、今日はお任せして進めてもらった。
(大変申し訳ありませんでした。)

この創業ネットワークを通じてオープンした2店舗目のカフェである。
お店に対して、みんなからの愛のあるフィードバックをしてもらった。
いろいろな視点からの言葉があり、きっとオーナーも喜んでくれたのではないかと思う。

そして、商工会議所の意向として、この創業ネットワークをどうしていくのか、
という問題定義を頂いていたので、私としては、自主運営の方向を提案した。
もし、商工会議所の支援が打ち切られたとしても、自分たちが自力で運営できる用にという意味だ。

私はこのネットワークを非常に意味のあるものだと思っている。
創業する人にとって、本で学べることはあまり意味がない。
それよりも、仲間の中から創業する人が出てきて、その人と共に悩み、考え、
そして、支援するような助け合いの関係こそが、必要なことだと考えているのである。

自主運営=中止というように、捕らえる参加者もいるのだが是非とも残して欲しい。
もっと期待すると、倉敷には創業を支援するネットワークがあると言われるくらいになって欲しい。

そして、商工会議所の貴公子は、創業支援について次のように語った。
「2店舗開業したが、一緒に創業してきたような気分であり、本当にうれしい。
そして、絶対に成功して欲しい。潰れて困ってしまわないようにして欲しい。」
というような内容を、声を詰まらせながら伝えてくれた。
正直、意外だったのだが、参加者には大きな感動を提供したのではないかと思った。

私の心も小さく震えた。
それと同時に、「私にはあの言葉がなぜでなかったのだろうか。」と自責の念が込みあがった。
もっともっと、創業者の思いや喜びや恐れや寂しさなどを全身で感じたいと思った。

そして、オーナーの涙があったが、その涙の奥にあるものは何なのだろうかと、
妙に冷静に感じようとしている自分があった。
つまり、「今何が起こっているのか。」ということにコーチとして焦点を当てていきたいのである。

夜は、おばあさんも含めて、家族7人での食事となった。
大きな鯛を父が買ってきてくれて、塩焼きにして食べた。
子供たちも喜んで「おいしい」といって食べてた。

さらに、先日執筆させていただいたフリーマガジン美咲を妻がツタヤで見つけたらしい。
みんなでそのページを見て、ちょっと誇らしい気分になった。
父も珍しく、誇らしそうな顔になっていた。
がんばるよ。

そして、監修してくれた愛しいクライアントに報告した。
とても喜んでくれた様子で、早速、ツタヤに行ってみるという返事があった。

今日は、小さな幸せをコツコツと積み上げたような一日だった。
毎日がこんな風に、小さな幸せを積み上げていけたら・・・。
どんな幸せな人生なんだろうと思った。
やっぱり、プロセス志向が大切だし、今をしっかりと味わうことがよろこびを感じる秘訣だと思った。

今日も自分を承認してみる。
「力まず、自然体で、小さなしあわせを感じていたね。」といってみた。
「それはいいんだけど、熱いハートも忘れるなよ。」と返って来た。

私の言葉や行動の一つ一つに、熱いハートとしあわせを乗せて言いたいです。
今日もありがとうございました。

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