第243号:救い。

今日は定例の早朝ミーティングだった。
昨日の夜、あまりにひどく落ち込んでいたのだが、あるきっかけで少し良くなった。
自分の胸の中にあった、痛みのような物が若干であるが軽くなったような気がした。
このあるきっかけは西田を許してやろうという私への大切なプレゼントであり、救いであった。

その代わりというのもなんなのだが、若干興奮して寝られなかった。
結局、遅く寝て、思い切り早く起きるということになり、寝不足になった。
例のメール&ブログ病である。

最近、このメール&ブログ病も症状が悪化しており、
書くとニーズが立ち上がり、そのレスポンスが気になって仕方がなくなる。
要するに、自分の想いに沿って行動し、それを振り返る場であったはずなのに、
そのこと自体に持たれかかり、期待し、そして、振り回されているような感じがする。

「何が問題なのか。」

  1. 自分の軸が揺れていること
  2. 相手の軸にもたれかかり、気にしていること
  3. 自分自身の美学やプレゼンスを見失っていること
  4. 依存症のようになっていること

「逆に、その一方で良いと思うことは。」

  1. 自分に正直に生きていること
  2. 自分自身へのフィードバックが得られる
  3. 自分を冷静に振り返ることが出来る

問題がある一方で、良い事もあるのであるが、整理して考えると、
まだまだ、不惑には程遠いということなのであろう。
昨日も、“欲”ということについて書いたのだが、
“欲”や“我”が元気すぎて、純粋な想いに沿ってはなかなか動けていない。
コーチングの理念やコンピテンシー、スキルも伸びを感じない。
さらに、自分の生き方そのものにもここにきて若干の惑いが出ているようである。

晩年に孔子が、自分の人生を振り返って言った言葉である。

「吾れ十有五(じゅうゆうご)にして学に志ざす。三十にして立つ。
四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。
七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず」

訳:
「私は十五才で(学問の道に入ろうと)決めた。
三十才で(学問に対する自分なりの基礎)を確立した。
四十才で戸惑うことがなくなった。
五十才で天命を悟った。
六十で何を聞いても動じなくなった。
七十になってからは、心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった」

余談になるが、コーチングの学習ステップも思い出した。
1.出来ないということを知らない
2.出来ないということがわかる
3.意識してできるようになる
4.無意識に出来るようになる
なかなか想いやビジョンについても、スキルについても、4.の域に達するのは難しい。

こうやって振り返っていると、ビジョンそのものを見直す時期に来たのかもしれない。
「あきらめをなくし、生きるよろこびを創る。」
「そのために、私は勇気、行動、感動を提供する。」
「相手をまっすぐに信じ、好奇心をもって聴き切る。」
その他、お金や家族、友人、趣味、学習などの個人的なありたい姿もある。

なんかのスイッチが入ってしまい、自分の生きる方向を見誤っている感じがした。
だからといって、そのスイッチが自分にとって不要なものではない。
もっというと、それは大切なものであり、ずっと守って行きたいものでもある。
想いやビジョンに沿いながら、修正していくことが大切だと思った。

そして、待ちに待ったインキュベーション施設も、今日説明会ということで参加した。
これから、師匠やO君と共に研究したり、仕事をしたりする場所に入り、見たのである。
自分の城を見て、期待が膨らむ一方、ちょっとした不安も立ち上がる。

このように、やや回復しかけた自分の状態も、ちょっとしたストレスがあったり、
あることを思い出したりすると、胸の中にある塊がゆれて、痛みを発生させるのである。
今日もそういうシーンが何度もあった。

そんな中、また救いの手が差し伸べられた。
最近の私は、自分で言うのもなんだが、エネルギーがばらばらで力がない。
こんな時に限って、ある人とのコミュニケーションが発生する。

今回も不調の時にお会いすることになってしまったのだが(すいません、いつもで・・・)、
お会いするといつもなぜか元気になるのである。
というか、悩んだり、何かに取り付かれて苦しんでいるときにこの人は必ず現れるのである。

話を聴いているときも、話を聴いてもらっているときも両方ともなぜかエネルギーになる。
自分の懐を広げるためのグッと受け止めることで発生するエネルギーではなく、
自分の心が満たされて、静かになるような感じである。
まさに、救いである。

私も、自分がそんな救いの手を差し出せるような状態をキープしていきたい。
そうすることが、“あきらめをなくし、生きるよろこびを創る”ことにつながるから・・・。

今日も自分を承認してみる。
「常に相手の想いや望みを感じようと努力していたね。」といってみた。
「そう、大きな主題をしっかりと、熱く、強く、聴いて欲しい。」と返って来た。

松岡修三のような熱くて楽しいプレゼンスと、純粋なハートをもった魅力的な人になるのを
絶対にあきらめることなく言いたいです。
今日もありがとうございます。
待っててね。

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