第237号:忘れ得ぬ人。

昨日は早朝ミーティングということもあって、あまりの疲れで早くダウンした。
やり残した仕事があるため枕元にPCを置いているのが悪いのか、
早く寝ては、夜中に起きてメールチェックしたり、
ブログを書いたりするのが習慣になってしまった。

疲れているくせに、むくっと起きてはパソコンに向かう。
そんな時、自分のブログの中に感じたことや思うこと、そして、考えたことを書く。
そうすると、ストレスやニーズの塊のようなものや、感情まみれでぐちゃぐちゃの状態から、
浄化されて、冷静な自分が顔をのぞけるようになる。
そうすると、落ち着いてまた眠りにつけるのである。

また、メールの中にも私のことを本当に気遣ってくれたり、承認してくれるメッセージがある。
自分の命が膨らみ、やさしい気持ちになって、みんなに愛を届けたくなるような気分になる。
本当にうれしくて、うれしくて・・・まさに、忘れ得ぬ人になる。

もちろん、私のことを思い、熱く叱ってくれる人にも愛を感じるのである。
それに対して、やたらと要求ばかりで、自分のニーズを満たすことに終始し、
挙句の果てにあなた(の生き方)が悪いって言う人もいる。
迷惑というより、それこそ我田引水であり、忘れたい人になる。

といっても、私はコーチであり、その人がなぜそんなことを言うのかを感じ、受け入れ、
自らの懐を広げることで、エネルギーに変えていくのである。

「この忘れえぬ人・・・どんな人がいるか。」

・小学校の確か4年生のときだったかの女の担任の先生(名前が出てこない)
・中学校1年生のときの3年の男の先輩
・中学校1年生のときのテニス部の顧問の先生
・現在、大手企業で努めている高校時代のテニス部の同僚
・高校2年生のときのお付き合いしていた女の子
・大学のときの迫力ある先輩
・大学のときお付き合いしていた女の子と、テニス部の同僚の女の子
・オハヨー乳業時代の上司
・オハヨー乳業時代の問屋さんの担当者の方
・この頃お付き合いしていた後輩の女の子
・ビスコム、ムサシノ広告社時代のクライアントの担当者の方、複数名
・ムサシノ広告社時代の上司、媒体の担当者(亡くなってしまった)、
 そして私を採用してくださった方
・コンサル業界に導いてくれた師匠
・研修業界に導いてくれた師匠
・自分の手を引っ張ってくれた取引先の担当者の方
・一緒に仲間として扱ってくれた方
・私のことを信頼し、誉めてくれた金融機関の支店長(今でも涙が出る)
・今まさに私を信頼して、継続的なコンサルティングを受けてくださっているクライアント
・まさに、一緒に走ろうとしている師匠を始めとする人々
・愛しいクライアント

たぶんもっともっと多くの忘れ得ぬ人がいると思う。

「忘れ得ぬ人って、どんな人なのか。」

  1. 自分と一緒にいるという関係を望んでくれる人
  2. ある意味、自分とまっすぐに向き合ってくれる人
  3. 成長させてあげたいという人
  4. 自分が何とかしてあげたいと思った人
  5. 期待してくれて、自分も期待にこたえたいと思った人

「このように列挙しながら、何を感じているのか。」

今は会うことが出来なくて遠くに感じていても、心からしあわせに過ごして欲しいと思う。
全ての人に適切かどうか解らないが、今、会うことが出来なかったとしても、
これから2度と会わなかったとしても、その人の事を忘れることは無く、
記憶にとどまり、つながりを感じることが出来る。
そして、私は遠くから愛を贈りたい・・・。

しあわせを祈り、感謝の気持ちを込めて・・・。
贈る言葉や5番街のマリーの曲が、頭の中を流れた。
もし可能であれば、このブログを届けたいし、ドラマティックな再会を果たしてみたい。

今日も承認してみる。
「今までお付き合いのあった人々に、本当に感謝の気持ちでいっぱいだね。」
といってみた。
「今までの不徳を少しでも埋めてみたら・・・、
そして、もっとこのような関係を作ってみたら・・・。」と返って来た。
このような関係を築いていくことこそが、私のしあわせでもあると思った。

地球の裏側まで届くくらいの熱い想いと愛を込めて言いたいです。
今日もありがとうございました。
いつかどこかでまたお会いしたいですね。

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コメント (2)

This is a really intiellgent way to answer the question.

I could watch Schindler’s List and still be happy after reading this.

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