第234号:人生の流れ。

今日は朝から商工会議所の日である。
最近、土日にびっちりと仕事をしたり、お出かけや研修で疲れたりすることが多い。
今回はどちらかというと、昨日の一日の疲れで、朝起きるのがつらかった。

なんとなく、商工会議所で働く意味を明確にして取り組んできたが、
時間が経つと同時にその新鮮な心は、少しずつ雲がかかっているような気がする。
慣れることで仕事のポイントや力の入れ方がわかることは大切なことだが・・・。

それに、ちょっと今日は対人面において風向きの悪さのようなものを感じた。
夜の空手でも、なんとなく変な感覚があった。
動物的感覚である。

そういう面で、今日は外に比較的積極的に出て行って、
経営支援センターの案内を多めににしようと決心した。

結局、創業の支援をしたカフェで昼ごはんを食べて、
その時にはやり手の社長と一緒に食事して、それから、お茶をした。
さらに、厨房機器のリサイクルショップへ創業者への支援について説明をし、
その後、老舗の大手企業、小売店へと訪問した。

そのなかで、特に感じたのは、人生には流れがある。
ある経営者の方ともそういった話になった。
こんな時こそ、人生の流れを感じながら、強進することなく流れに身を任せるのが良い。
あるがままの自分で、変なよろいを着たり、化粧をしたりすると良くない。

「流れに逆らうと、どのように目に映るのだろうか。」

  1. あがき、もがいている感じ
  2. 我を張って、自分勝手な感じ
  3. 往生際が悪い感じ
  4. じたばたしている感じ
  5. 余裕が無くて、貧困な感じ

いろいろな言葉で表現してみたが、もし周りにこのような人がいたらどう感じるだろうか。
何かに取り付かれていて、シンプルに話しかけにくいし、悪い状態に巻き込まれそうに思う。
それに、まず仲良くなりたくないような気がする。

ちょっと関係を持つと、なんか引きずり込まれたあげく、傷つけられたり、非難されたり、
面白くないことを一手に引き受けさせられてしまいそうな感じがする。
やはり、自分もフリーにしておき、もちろん、関係する人もフリーであり、もたれかかっていない。
その結果として、一人一人を尊敬し、祝福できる関係が構築できると思う。

人生の流れをしっかりとつかみ、その流れに身を任せる。
流れがゆったりとしたときは、水面に浮かべ流れを楽しむがごとく泳ぎ、
流れが激しくなったときには、その荒波の中で自分を失うことなくしっかりと耐え、
そして、流れが静かに止まったときには、自分の力でステージのごとく力いっぱい泳ぐ。

そのステージにたどり着くために、私たちはいつも鍛え、模索しているのではないか。
今日も流れを感じ、それを味わい、自分自身を生きるよろこびに向かわせるのである。
いつでもどこでもしっかりと味わい楽しんでいると、最高の瞬間にたどり着ける。

今日も自分を承認してみる。
「経営者の想いをしっかりと聴き切り、全身で受け止められていたよ。」といってみた。
「しっかり聴き切るだけでなく、松岡修三のように熱く想いを伝えられていたね。」
と返って来た。

静かに燃える闘志を胸に、生きるよろこびを感じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。
また来て下さいね。

«
»
 

トラックバックURL

コメントを書き込む