第224号:お盆。

今日はめちゃくちゃ朝だらだらした。
そんな自分にもOKを出す覚悟でとにかくだらだらした。
簡単にいうと、寝たり起きたりしていたのだが、1Fに降りたのが10時くらいだった。

昨日から、妻や息子たちとの交流も深くなり、とてもしあわせな気分である。
今日はお盆の最終日であり、送り火の日である。
世の中よく出来てるなって思うのだが、このような季節行事があると、
家族って大切だとか、一緒に生きていられるのが本当にしあわせだと感じる。

こんな日であるお盆というと、死者の霊が家に帰ってくるというイメージだが、
本当はどんな儀式なんだろうかと思う。
ウィキペディアによると、下記のようになる。

盆の明確な起源は分かっていないが、1年に2度、
初春と初秋の満月の日に祖先の霊が子孫のもとを訪れて交流する行事があったが、
(1年が前半年と後半年の2年になっていた名残との説がある)
初春のものが祖霊の年神として神格を強調されて正月の祭となり、
初秋のものが盂蘭盆と習合して、仏教の行事として行なわれるようになったもの。

ということだそうだ。
うれしいことが重なることや、忙しい様を言う言葉に、
「盆と正月が一緒にきた」と言うことがあるが、この辺りから由来しているのだろう。

今日はというわけで、家族との時間をたっぷりと味わうことにした。
午前中は、大切なメールと未完了の原稿の作成。
昼からは、耕をつれて会議所、法務局、産業振興財団、そして、
ミヤマクワガタがいないかなと思って、足守付近の木を蹴飛ばして歩いたが、
全く捕まえることは出来ず・・・。

昨年、井原のぶどう屋にいった時に、美星町のほうへ北上したところで2匹捕まえた。
今年もブナ林を見つけて、挑戦してみたいと思った。
昨年見つけたのが、たまたまだったのだろうか・・・。

夕方は、耕の協力でマスカットスタジアムまでジョギングした。
耕は自転車、私はジョギングだった。
昨日より、スピードが上がるようになった気がした。
明日はもっと早く走れるようになりたい。

夕方は、家族全員そろっての夕食だった。
叔父さんが持ってきてくれた鯛を塩焼きにして、野菜のてんぷらを頂いた。
かなり、スッキリとした食事であり、体調がよくなりそうな気がした。

夜は、おかんきをした。
家族全員で仏壇に向かって手を合わせて、読経する。
終わったら、みんなでお茶を飲みながら、お菓子を食べながら談笑する。
92歳のおばあさんから、2歳の龍まで、お互いの顔を眺めながら・・・。
生きてるし、しあわせだねって。

本来、この後、お供えを船にのせて、送り火と呼ばれる儀式をするのだが、
最近は船を流したら公害になるということで、ゴミに出すようになってしまった。
結局は、家族で顔をあわせて会話をすることが、何より一番大切なんだと思う。

「この行為には、どのような意味があるのだろうか。」

難しいことは解らないが、祖先に感謝することだろうか。
祖先だけではなく、両親やその上の祖父母もしかりである。
祖母も歳をとれば、話しをするのも訳が解らんことを言うので、面倒になったり、
毎回同じ話しをするので、つまらないと思ったりするのである。

でも、その人がいたからこそ、私たちは生きているのだ。
その人たちが一生懸命に家族を思い、子供を作り育てたからこそ今の自分があるのだ。
ごくごく当たり前のことなことであるのだが、
このことをしっかりと受け止めて生きている人は限りなく少ないように思う。

自分が生きていることをより肯定的に正面から受け止める。
そうすると、自然と家族や周囲への感謝や思いやりの心が育まれるのだろう。
おかんきの途中も、龍は走り回り、耕はだらっとしていたが、
尻を叩きつつも家族の温かみに触れた一瞬だった。

こういったことを、平気でなくしてしまう傾向があるが、
我が家では家族の対話を作る一つの機会として捉えてずっと続けて行きたいと思っている。

今日も自分を承認してみる。
「全ての愛する人のために、その人を深く感じ、その人のために心を尽くせていたね。」
といってみた。
「そう、私が生きていることを、より肯定的に捉えられるようになってきたね。」
と返って来た。

祖先に感謝し、生きていることに感謝し、
時を同じくして生きている人に最高の瞬間を提供できる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

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