第221号:最高の瞬間。

今日は、比較的ゆっくり朝起きてテレビをつけたら、オリンピックのことをやっていた。

ちょうど、女子バドミントンのオグシオが負けた瞬間を放映していた。
オグシオの短い夏が終わった。
足を踏みならす中国応援団の異様な大騒ぎを聞きながら、握手をかわした。
「ごめんね」「ありがとう」短い言葉で緩んだ2人のほおに、涙がつたわった。
インタビューでは、「この場に立てたことが・・・しあわせ。」というようなコメントがあった。
ここに来るまで2人がどんな思いで、どのくらい厳しい練習を積んできたのだろうと思った。
少しだけ、胸が熱くなった。

そして、その次の瞬間、同じく女子バドミントンのスエマエが、
世界ランキング1位の組に勝つという大金星のシーンが目に飛び込んできた。
シャトルがネットにかかって相手側のコートに落ちた瞬間、
2人は喜びのあまり、その場に崩れ落ちた。
時間がなくて・・・インタビューの内容は聴くことが出来なかった。

このスエマエが逆転勝利した瞬間、涙がとめどなく流れた。
たまたま、何もはばかることなく、涙を流していた私を妻が見て、
「西田くん、泣いてる~。」だって。
別にいいじゃないかと思った。

それより、この勝った2人に共感し、私の心も震えた。
「今この瞬間、何を感じているのだろう。」
「気持ちはどうなんだろう。」
「体の感じは。」
「何を思い出し、心を震わせているのだろう。」

“歓喜”というキーワードが浮かんだ。
静かに研ぎ澄まされた空気から、勝った瞬間、弾けるの心の叫びのようなものを感じる。
私は、これこそ、人生で最高の瞬間だと思った。

午前中は、師匠の社長のいる会社に向かった。
先日、大阪でCTIの研修を受けたため、その感覚が体や心に残っていて、
管理職へのコーチングも久々に本格的で気合の入ったものになった。

なぜかいつも師匠にコーチングをしてもらうことになってしまうのだが、
(どっちがクライアントか解らなくなってしまう。)
くよくよしていると、師匠にもっと大事なものがモノがあるという認知をしていただいた。
ぐっと軸ができて、ブレが小さくなったような気がした。

話をしていて良くわからない人のパターンとして、軸が見えないということがある。
言うたびにその言葉の意味や意図が解らないのである。
夜、JMBSコンサルタントグループのメンバーの方を見ていると、
笑わせたければ、笑わせたいという意図や意思を持って話をしている。
当たり前なのだが、非常に解りやすい。

そして、成功パターンのようなものを感じる。
笑わせたい、影響を及ぼしたい、人の支援をしたいなど、
その人が経験してきた成功のパターンや、その時得られた感情を手に入れるために、
行動したり、コミュニケーションしているような気がする。
要するに、それが欲しくて生きているのだ。

私の場合だと、テニスを通じて、ペアで一つの目標に向かって協働するよろこび、
一生懸命に努力すること自体と、やりきる、乗り越えることの満足感等である。
コーチという生き方を選んだのも、このテニスで見つけた大切なものの影響が極めて大きい。

そして、私は本当に、最高の瞬間が好きである。
テニスで燃えること、勝利すること、人の注目の中存在すること、
女性と出会い、解り合ったり、一緒によろこんだり、楽しんだりしたり・・・。

自分が最高と思える瞬間を提供したいとずっと思っていたが、
コーチという仕事は、自分の価値観によるものではなく、
相手の人生の最高の瞬間を創りだしていくこと大切なんだと、改めて思った。

当たり前のことだけど、やっと気がついたような感じがした。
人生で最高の瞬間を共にしたい。
それを創り出す支援をすることこそが、私の使命であると思った。

今日も自分を承認してみる。
「私はいつも、しっかりと口角をあげて微笑み、大きな瞳で人を迎え入れ、
しっかりとはげまし、受け入れられていたね。」といってみた。
「みんなが笑顔になっているような気がしたよ。」と返って来た。

満面の笑顔の底で、苦しみも悲しみも味わいながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

追伸
今日は愛しいクライアントの記念日である。
本当におめでとう。
これからも同じ時代、同じ空気の中、一緒に生きて行きたいですね。
心から期待していますし、応援していますよ。

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