第179号:キャンパス。
今日はちょっと久々の早朝ミーティングだった。
昨晩、遅いミーティングがあったのだが、最近の浮ついた気持ちに終止符を打とうと、
いつもより気合を入れて、相手の想いの実現に向けて、強く責任もって出かけた。
私の想いやありかたが明確であったせいか、お客様には伝わった感じがした。
むしろ、相手の気持ちが十分つかめていなかったかもしれない。
まだまだ、いろいろなコトがクリアになっていない。
いわゆるアクティブリスニングが出来ていない状況である。
それと同時に最近の“届かぬ思い”や“浮ついた心”が浮かび上がってくる。
“届かぬ思い”というのは、解ってくれないとか、受け入れてもらえないとかというと、
他力本願の極みのような感じがして、今の自分の状況とは違うので、
正確に表現してみようとした。
私にとって刺激的な社長が言った「栄養にする。」という感覚が解るような気がする。
マイナスのエネルギーでもなく、だからといって、からっと晴れたエネルギーでもない。
グッと心に力を入れて耐えると、じわっと湧き出してくるような力である。
経営者の器はこうやって広くなると感じた。
ちょっと話がずれるが、ジョージベンソンの“変わらぬ思い”という曲が妙に聴きたくなった。
大学時代の大切な人が買ってくれたCDをかけてみた。
懐かしい気持ちや研ぎ澄まされた気持ちがよみがえってきた。
元の話で今日の仕事の内容に戻るが、ある会社の外国人の職長が、
胸を叩きながら、仕事はこっち(ハート)が大事だといっていたのを思い出した。
そして、その部下の方が真剣なまなざしで目標を語る姿が印象的だった。
あと、経営改善のお仕事を手伝っている企業だが、
社長が従業員のために会社を何とかしたいという想いや、
会社を新しい経営に変えて行きたいという前向きな姿勢、
そして、社長が自分の存在価値を感じて、自分で責任を持って進めたいという姿勢に、
生きるということを前向きに捉えられるような気がした。
更にその社長は、嫉妬心という言葉を使って、命を燃やすということを語ってくれた。
鉄腕アトムの手塚おさむの話である。
そして、先日ISOの継続審査のお手伝いをさせていただいた企業に伺った。
一緒に改善して行きたいというお互いの気持が一致し、継続させて頂くことになった。
つながった感じがこの上なくうれしかった。
生きるって素晴らしい。
うれしいことだ。
更に今日は、岡山大学インキュベーションセンターの入居に関する打合せだった。
岡山大学に入るのは、ほぼ初めての経験なのだが、
事業計画書を持参し、師匠とO君と集合して担当者の方にあった。
プロジェクタを使って、まだ不十分ではあるが、事業計画を説明する。
自分が経営者として評価の目にさらされているのを感じる。
それと同時に、ベンチャー企業として研究開発を試み、私たちの想いにしたがって、
社会に新しい価値を生み出す計画を、自信を持って伝える。
「そこには、どんな気持ちがあったのだろうか。」
- その想いの誇らしさ
- ただの人では終わらないぞという決意
- スタッフに対する信頼と責任
- 目の前に広がる違う景色への期待
- 自分が大きく変わることの魅力
同時に、この岡山大学の全国5位の広さのキャンパス内において、
もう一度、キャンパスライフが過ごせることへの率直なうれしさがあった。
師匠とともに、学食までの道のりを歩いてみた。
夕暮れのキャンパスで、大学生が思い思いにベンチに座って談笑する姿、
ゆっくりとくつろぐ姿をみていると、普段感じることのない余裕や心地よさがあった。
「自由」という文字が浮かんだ。
しばらく、仕事や家族のために頑張り続けた自分にとっては、
選択肢に入らない言葉だったように感じた。
もう20年も前に、静岡県三島市の大学のキャンパスにはいり、
4月に桜のトンネルを抜け通った、学生という自由を手に入れたときの感覚がよみがえった。
もう二度と味わうことができないと思っていたことがそこにあるような気がした。
うれしくて仕方がない。
ありがたくて仕方がない。
みんなに感謝である。
と思っていると、経営者としての責任や不安、孤独感等の気持ちがすっと隙間から入ってきた。
こんな気持ちもなんでもすべて栄養にしたいと思った。
今日も自分を承認してみる。
「寂しいことやつらいこと、責任や不安、孤独感など、全てのことを前向きに捉えていたね。」
といってみる。
「大丈夫。エネルギーになっているよ。」と返ってきた。
この世の中の全ての人の寂しさ、怖さ、悲しさ、怒りの全てを受け入れて言いたいです。
今日もありがとうございました。
もっともっと「生きるよろこび」を届けたいです。
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