第144号:純粋な質問。

今日は、そんなに早いわけでもなく、特に準備が必要なわけでもないのに早く起きた。
なんだか、最近、ハリがあるようだ。

朝起きて、あたたかいお茶を飲む、新聞を読む、ゴミ捨てに行くなど、
当たり前だが最近やった覚えのないことを次々にしてみた。
ちょっとだけ余裕があるのだが、逆にこんなことでいいのかと心配になった。

今日は本当にお世話になっている会社であり、師匠である社長とミーティングをした。
最近、ゆっくりと訪問することがなかったため、仕事について話すのは久々である。
いつも自分の話を聴いてもらうことのほうが多く、ネイティブコーチである。
今日も、自分としては本当に多くの気付きが得られた。

「多くの気づきが得られるのに必要なものは何か。」

相手に関心を持って聴く。
これが一番大切なことだと私は思う。

ネイティブコーチは、必ず私に会うと、
最近、体調はどうなんだ?
仕事のほうは順調なのか?
あの時、言ってたのはどうなった?

と質問しながら、「そうか。」とにっこりわたって受け止めてくれる。
実に、心地の良い時間である。

先ほどは、興味という言葉を使ったが、このことをコーチングでは好奇心という。
この好奇心こそが、コーチングの質問における真髄だということである。

よく、コーチングの研修機関Pでは、質問についてこのように言う。
質問は自分の欲しい情報を得るために聴くのではなく、
相手が自ら考え、めぐらせ、答えを見つけるために聴くものである。
つまり、「相手のために聴く」のがコーチングにおける質問だそうな。

さらに、コーチング研修期間Iでは、質問についてこのように言う。
基本的に好奇心に基づくものの方がより素晴らしいという。
好奇心に基づく質問というのは、その人自身に対する純粋な関心によるものだそうな。

何を恐れ、何に怒り、何に悲しみ、そして、何によろこぶのか。
人間が本来欲しいと思っている感情や、欲しくない感情に基づいて動いている。
だから、その人に関する純粋な気持ちで聴く質問の中に、
気付きにつながるような宝物がある。

ダムクエスチョンというそうな。
ダムというのは、馬鹿げているとか、取るに足らないとかというような意味らしい。
子供がするような、意図のない純粋な質問だ。

「今なぜ生きているの。」

う~ん、なんでだろう。
視界が緩み、周りの雨音がじわっとしみこんでくるような感じがした。
その雨音がショパンのような心地の良い響きに変わった。
この響きの中に、生きている実感や愛しい人たちとのつながりのようなものを感じた。

今日も承認してみる。
「今日も精一杯、想いを聴いていたね。」いってみた。
「まだまだ、人のためでなく、自分のためのコミュニケーションになっていたよ。」
と返ってきた。
確かに、十分に違いを受け入れたり、間違っている人はいないという想いに沿って、
コミュニケーションできていないときがあったような気がする。
自己管理したい。

荒野に立つ大木のように誰も傷つけない、しっかりと自分の足で立っているように。
そして、ありのままの自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

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コメント (1)

Ah yes, nicely put, evrynoee.

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