第134号:痛み。

昨日の飲み会の疲れが残るかと思いきや大きなダメージもなく、朝は6:00から打合せをした。
もっと強烈な疲れを感じるかと思っていたので、ちょっと安心した。

以前より取り組んできたISO9001:2000の仕事であり、
取得目的が通常と異なるのだが、その取得目的の一つが達成に一歩近づいたという報告を受けた。
取り組み始めて2ヶ月目であり、本当にうれしい限りである。
といいながらも、さすがに打合せの終了頃には、あばら骨のずっしり感が限界となった。

といいながらも、次の打合せがあり家に帰ることができず、2件目に向かった。
ここは本当に長くお付き合いをしていただいている会社であり、
担当者の方と今後のスケジュールと監査に向けた対策を立てた。
今までちょっと膠着状態であったことに対し厳しいフィードバックをしながらも、
前向きな話し合いが非常に心地よいものになった。

その後、一旦家に帰り、食事をし横になると、動けなくなった。
横になろうとするとき、腹筋や背筋の緊張や腰のねじれが発生し、それがすべてあばら骨に響く。
こんなにも、この部分に力がかかっていたのかと気づく。

更に、横になった時の姿勢によって、あばら骨がぺこぺこ移動したり、
体重のかかり方によっては痛みや違和感が生じる。
動くと痛いが、ちょっとでも楽な姿勢になろうとしてもなかなかそのポイントが見つからない。
しばらく格闘してやっと落ち着いて寝た。

今日は、いつも私にコーチングしてくださる社長にお会いしようと楽しみにしていたのだが、
痛みと疲れで、なかなか起きることができず、結局15:30頃にその会社に到着した。
残念ながら、社長は従業員の方の見舞いに出かけたばかりでお会いできなかった。

さみしかったが、いつも、コーチングをさせていただいている従業員の方がいたので話をした。
いつも以上に落ち着いていて、静かにいろいろなものを感じて、あるがままの状態のようだった。
部下を否定することなく受け入れ、自分のニーズをむさぼらない新しい自分を見出したようだった。
次回のコーチングが楽しみである。

家に帰り食事をした。
そこで出会ったのは、あばら骨が痛くて、ここぞとばかりに、妻の仕事を全く手伝わない自分、
あるいは、自分が痛いのをわかって欲しいと訴える自分の姿があり、妻がかわいそうになった。

「何が痛みをわかって欲しいと思わせるのか。」

普段、仕事で外ばかりにいるので妻とのかかわりが少ないのだが、
家にいるときは、子供が中心であり、自分とのコミュニケーションが少なく寂しさを感じている。
ある意味、困ったチャンである。

こんなとき、父としては静かにじっと痛みに耐え、いつもニコニコ家族にしあわせを提供し、
経営者としては回復したときの作戦でもしっかりと練っておくとよいのだろうが、
その場の自分のニーズを満たそうと躍起になってしまう。
しっかりとその場の気持ちを感じ、生きている実感を味わいたいものである。

「痛みに耐えて、良く頑張った。」と自分に言ってみた。
体の痛みとは別に、自分の想いを軸にまっすぐに立っていたいと思った。

静かに“熱い想い”を感じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

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