第127号:経営理念。

今週3回目の早朝ミーティングだった。
いつもより、1時間遅いので余裕と思っていたら、時間があっという間に過ぎて、
おまけに、1時間遅い分交通量が多いので、3分遅刻してしまった。
(申し訳ありませんでした。)

状況がちょっと好転すると、すぐいい気になる自分に気が付いた。
いいときも、悪いときもいつも平常心でありたいと思った。
そんなことを戒めながら、今日は本当に楽しいコミュニケーションが続いた。
本当にありがたいことだと思った。

その中でも、私の師匠であり右腕とも言える人と当社の経営理念の話になった。
「あきらめを無くし、生きるよろこびの渦を創る。」というのは、自分自身の生きる目的なのだが、
当社の経営理念は、「協働のよろこびを創る。」、
行動基準は、「勇気、行動、感動を提供する。」である。

次のような会話があった。

「感動とはどんなものか?」

感動を提供するということは、両者異論はないのだが、
感動の内容や意味や創り方が全く異なるということに気が付いたのである。

パートナーは、不満→納得→満足→感動という段階があり、
感動というのは、顧客の期待をはるかに超えることにより発生するものであり、
仕事のプロとしてよい結果を提供するものということだった。

私の場合は、満足というのは要求を満たすこと、感動というのは、期待をはるかに超えること、
という言葉になるが、この点では一致していると思う。
ただ、自分がいう感動は、乗り越える、達成する、あるいは、味わいきることで生まれるもので、
当社が提供することは、それを感じるプロセス、いや、ドラマを創り出すことと考えている。

この部分で、若干意見が異なっている。
どのようにかというと、私のほうは、「できない→できる」というプロセスの中で生まれる。
パートナーのほうは、いつも十分にやりきっているので、もっと高いレベル、
つまり、得られた結果から生まれるということのようである。

「どこが異なっているのだろうか?」

一つの切り口としては、プロセスか、結果かという点である。
もう一つの切り口としては、「自分が感動するか、相手が感動するか」という点であるかもしれない。
私とパートナーのように感動する点がみんな違うわけだから、
その人や会社にあわせて感動ストーリーを創ってあげられたら最高だと思う。

「生きるよろこびの渦を創る」

つまりは、これが究極のテーマのような感じがした。
「あきらめを無くし・・・」というのは、私の主観的なものであり、人に押し付ける気はない。
まだここまでは話ができてないのだが、この究極のテーマについて話したいと思った。

このように、お互いの価値観や考え方を解るまで話し合うということが大切だと思う。
ただ、会社が大きくなると、価値観そのものをぴったりとあわせるのは、非常に難しいことだろうし、
全く同じの価値観だけでは、逆に偏った見方しかできなくなるだろう。

異質なものを飲み込み、大きな方向性が感じられるような、
あるいは、経営の要諦が明確になるような経営理念が必要になるのであろう。
残念ながら、今のところ、当社はそんな心配は必要ないのだが・・・。

この仕事を始めてから、会話の大切さを恐ろしいほど感じている。
会社の中にあるコミュニケーションロスをなくすだけで、どれだけ大きな価値を生みだせるだろうか。
私はこのことに挑戦したい。

「生きるよろこびの渦の広がり」を感じながら、言いたいです。
今日もありがとうございました。

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