第95号:一隅を照らす。

「一隅を照らす。」

隅っこにいる人を照らすという意味だとばかり思っていたが、
ウェブ上で検索していると、その真意が出てきた。

歴史上の人物とくらいしか記憶にないが最澄という人がいる。
その最澄の宗派である天台宗のホームページを見ると次のようにある。
「一人一人がそれぞれの持ち場で全力を尽くすことにより、
社会全体が明るく照らされていく。自分のためばかりでなく、人の幸せ、
人類みんなの幸せを求めていく人こそ、国の宝である」と言う意味であった。

個々の努力が、家族のためになり、地域のためになり、国のためになり、
やがては、地球全体のためになる。
今やグローバルな時代で地球規模で考えても全く問題ないのではないだろうか。

先日来のブログにも書いたとおり、体調を崩し、しばらく寝ていたのだが、
実はどうしてもすっきりしないことがあった。
それは、人間としての欲に起因するものであり、寝ていてそのことが思い出されると、
口惜しくて仕方が無くなる。

そのことばかり考えていると、もっと具合が悪くなり、
だんだん、ネガティブな心でがんじがらめになり、行き止まりとなってしまう。
それをどうにかすり抜けようとするが、そうは問屋が卸さない。

いろいろな人に迷惑ながらも相談に乗ってもらった。
おかげさまで、すっきりしてきた。
ありがとうございます。

さて、「一隅を照らす。」

正直、そんなことで悩んでいる場合ではないと思った。
今、自分が世の中に提供したいこと、すべきことを全力でする。
自分しかできないことや、自分だからできることを一生懸命にやる。

将来の心配なんかしなくったっていい。
自分が世の中のためになると思っていることを精一杯やる。
それでいいじゃないか。

「生きるよろこびの渦」を創ること、「あきらめをなくすこと」が、
自分の使命であり、生きている意味ではないか。
それ以外のことにはわき目を振らずにいこう。

こんな私に厳しく、率直なアドバイスをいただきありがとうございます。
受け取りにくいこともありますが、今可能な全てを自分のものにします。
覚悟を決めて言いたいです。
今日もありがとうございました。

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