第78号:中トロ。

今日はある人と一緒に仕事に出かけた。
ある意味、師匠のような方である。

わりと長い距離をご一緒することになったのだが、延々と食い物談義となった。
今までに食べたおいしかったものとか、ありがちだけど、好きなものとか、
嫌いなものとか、さらには、それが好きな理由などについてである。
特に嫌いなものの中には、その人の性格のようなものが感じられる。

「嫌いなものがあるというのは、どういうことなのか?」

  1. 食べず嫌いがある
  2. 味わいきれていない
  3. 受け入れられていない

というような言葉が浮かんだ。
例えば私で言うと、まず納豆があるが、これは、1.に該当するだろうか。
ちょっと鼻が利きすぎて、匂いのきついものはまずダメである。
口に入れる前に、ちょっと来るものがある。

あと、ほうれん草だが、こちらのほうは3.に該当する。
どうしても、ほうれん草独特のあの香りが受け入れられず、
何階食べても、ちょっと来るものがある。

さらに、ブリやヒラメのエンガワの刺身だが、こちらのほうは2.に該当する。
どうしてもあの脂っこさに耐え切れないのである。
じっくり味わう度胸さえない。

こんな風に考えていくと、好き嫌いの多い人は少々人生に浅さを感じてしまう。
自分の場合、嫌いなものができてしまうというのは、食べ物だけでなく、
上記の1.2.3.のいずれかが理由であるからである。

この世に生まれてきて、生きるよろこびは、今という時間をいかに味わい、
お互いに受け入れあい、味わい、よろこびで震えあうことではないか。
そもそも見かけが嫌いだから、ちょっと、匂いが強いからとかというだけで、
遠ざけてしまうのはディスカウントであり、本来人間がもっともされると嫌なことである。
自分の人生を大きくすると同時に、人の人生にも影響を与えられるようになりたい。

さらに、本当に好きなものとの出会いは、人生を豊かにする。
どんな魚が好きなのかということについて、いろいろと話し合ったけど、
私は鯛とかかんぱちとか、どちらかというと白身のあまり脂っこくないものが好きだった。

もう一人の方は、迷いなく中トロと答えた。
大トロではなく、中トロである。
大トロは脂っこすぎて、一切れ食べれば満足してしまう。
だからといって、鯛のような白身魚は淡白すぎて味がしないし、
刺激やエネルギーのようなものを感じない。

いい中トロが入ると、行きつけのお店から連絡があり、店に誘われるそうだ。
少しくらい高くても、ぬる目の燗をつけていっぱいやりながらつまむ。
これが至福のときだそうな。

人生を味わい、楽しみ、そして、酔う。
その時間の芳醇さは、想像しただけでもうっとりする感じがする。
更にその中に、苦手なものでもしっかり味わって生きていけると良いと思う。
全てを受け入れ、生きている実感を味わいきる感じである。

最近は、味わうということがテーマになっています。
一方で、自分を楽にするとか、風林火山の心を失いつつある感じもあります。
ブログも遅れがちだし・・・。
やっぱり、メリハリですね。

生きているよろこびを噛み締めながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

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