第36号:運がいい。

今日は昼から広島県北部へと向かった。
東福山駅で知人と待ち合わせをして、車で北上する予定だった。

私は、午前中の仕事を終え、十分余裕を持って家を出た。
中庄駅について、万札しかなかったので、窓口で切符をかった。
買った瞬間気がついたが、東福山駅まででいいのに、
なぜか、福山駅までかってしまった。
その時、駅員さんが次は11:45の三原行きと教えてくれた。

疲れていたせいか、電車にのって、空いた席に座り、
45分間も寝れる!と目をつぶった。
隣の席の大学生らしい女性グループの声が大きくて、うまく寝られない。
耳をふさぐようにして、寝ていた。

倉敷駅を過ぎて、少し立ってからだろうか、なんとなくアナウンスの内容がおかしい。
井原とかという言葉が聞こえた。
景色を見ても山陽本線では無いような気がする。
次の清音駅で降りた。

倉敷にもどる電車がまあすぐ来るかなと思いながら待てど暮らせどまったくこない。
おまけに、駅員もいない。
結局、30分ほど待ってやっとの思いで倉敷に戻って、福山に向かった。
つくづく、早くタクシーに乗って倉敷に戻ればよかったと思った。

なんとなく、駅員さんが次の三原行きに乗ってといったのに腹が立った。
伯備線と間違えないでくださいといってくれたら・・・と。

もちろん、その結果、30分ほど約束とおくれることになった。
一緒に行く人も面白くないし、現地について、お客様もおもしろくない・・・。
今までの自分だと、本当に落ち込んで立ち上がれなくなるところだが、
なぜか今日はあまり深刻にならず、それより、きちんと仕事を進めることができた。

「以前と比べて、落ち込まなくなったのは、何が変わったからか?」

もちろん、まったく落ち込まないわけでもないし、動揺しないわけでもない。
でも、ちょっとだけ何かが変わった。

  1. 相手に自分をわかって欲しいという気持ちが弱くなった
  2. 落ち込まないようにしようという気持ちがある
  3. 他の事で何とか埋め合せをしようとしている
  4. 人生という視点から大局的に見ようとしている

実際にやってしまったことや、様々な反応に対して、
自分が落ち込まないという選択をしている。

もちろん、自分が信じることがはっきりしていて、相手の立場や自分の不備なことを
きちんと受け止めようとしていることも良いのかもしれない。

師匠がいった。

「運がいい」

今生きていること自体がすごいことだし、日本に生まれて、仕事があって、
ご飯が食べれて、「運がいい」ではないか。
もっというと、「人生すべて運だ」と考えると、生かされていることが実感できて、
肩に力を入れすぎたり、必要以上にあがいてみたりすることがなくなるような気がする。

ねたんだり、卑下したり、イライラしたり、愚痴ったり、全てがナンセンスだ。
いかに生きるよろこびを自ら進んで手にするかが大切だ。
なんとなく、「自分を楽にする」というのとも近い感じがする。

もっとハートを鍛えたい。
相手とも自分ともしっかりと向き合い、自分に負けることが無いように。
相手をしっかりと受け入れ、生きるよろこびの渦を生み出せるように。

みなさま、神様、ありがとうございます。
また、ひとつ成長できたような気がします。
この感謝の力で、もっと多くの方に勇気を提供したいです。

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