第31号:生きている実感。

とうとう31号まできて、1ヶ月越えをしようとしている。
3日、3週間、30日の壁を乗り越えて、つぎは3ヶ月の壁に立ち向かおうとしている。

ブログを書き始めてからというもの、自分の心のゆれが小さくなってきたようだ。
色々なことが起こっても、自分の感情を味わい、そして、自分の立つ場所を決める。
つまり、幸せが感じられる場所を、自分で選べるようになってきた。
とっても楽しい。

自分の命が絶えるまで、あと何回ブログを書き、振り返り、自分の気持ちを味わい、
それをこの世の中に伝えていくことができるのだろうか?
できれば、この世の中で少しでも太く長く生きて、感動を創り出し、感じていたいと思う。

今日は朝から県北の商工会に向かい、経営者2人の方と話をし、同行したK氏と語らい、
感動と気づきの多い、素晴らしい一日を過ごした。
帰りの車の中から感じ始めたことだが、むちゃくちゃ疲れている。
が、精神的に疲弊したような疲れではなく、心地よい疲れだ。
2人旅で、自分が運転をしているのに、打合せをしているのに眠たくなる。
ということで、家に帰って子供を抱っこしてから、すぐに横になった。

思いっきり疲れた状態で2時間ほど寝ていただろうか、
おきてからしばらくの間、何か具合がおかしかった。
その状態のまま、節分なので、家族と恵方まきを食べた。
うまかったが、“寝起き”と呼ばれる正常ではない状態であり、
ぼおっとして、生きていることを味わうというより、変なエネルギーの状態だった。

その後、仕事をしながら森高千里さんの曲を聴いていたら、突然、次のような感じがした。

じわっと後ろ頭に何かを感じた。
肩の力が抜けて、鼻の奥のほうや、目の奥のほうで研ぎ澄まされた感じがする。
そして鼻から澄んだいい香りが入ってきて、胸の奥のほうで静かに震える。
この世の中のすべてのものを受け入れ、交信して振るえあっているような気がする。
何も凝り固まったものや、枠が感じられない。

「その感じは、どこから感じているのだろうか?」

その昔、いろいろな出会いや恋愛をし、思いが伝わったり、傷つけあったりしながら、
今ここに自分が立っているという実感からきているような気がする。
そして、その甘酸っぱい過去の経験をもう一度味わうことはできないけど、
そのかすかな香りや感触が記憶のかなたにあり、その一部を味わっている。
帰ってこないけど楽しかった過去を感じ、同時に家族や仲間に囲まれて楽しく過ごす今が幸せだ。
そのすべてを受け入れ感じている。

それから、少しだけ部屋の片付けをした。
過去に書いた自分の日記が出てきたが、読み返してみると、その時感じたことが蘇った。
率直に、自分の成長を感じた。
あるいは、一番思い出したくない人からの手紙を見てみると、
その人の不遇や思いが伝わってきた。
一度会ってみようかという気持ちになった。

全ての生を受けた人が、生きるよろこびを味わってもらえるように。
自分自身のことが好きになってもらえるように。
死に際に、苦痛の涙を流さないように。

すいません。
ちょっと重々しくなってしまいました。
でも私は、自分のことがとっても好きになれそうです。

深く味わうと、心のそこから感じます。
今日もありがとうございます。

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コメント (2)

 久しぶりです。元気?
 2月17日に東京マラソンを10キロだけだけど、走ってきます。仕事の関係でマラソンが好きになったのだけど、今も変わらずスポーツが好きで、仕事の合間?とはいえ、がむしゃらに、格好悪くても動いている自分がなんだか好きなのは、君と一緒に過ごせた時間が大きく影響しているのは確かです。
 ありがとう。なんだか、それが伝えたくて。
 
 

SHUNSUKEさん ありがとう。
一緒に過ごした時間をOKと言えるのって、
とってもうれしいことですね。
がむしゃらに、
かっこ悪くても動いている俊ちゃん、
いいですね。
またゆっくり話したいね。

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