第11号:心と身体は別物だ。

今日は少林寺流空手錬心館の寒中稽古で渋川海岸へ。

朝一度3:30に目が覚めた。
横を見ると耕之助もなぜかおきていた。
ちょっとしたイベントだけど緊張していたのだろうか?
耕之助はまた寝て、結局、自分は5:00頃までブログを書いていた。

さて、寒中稽古の話。
会場に着くと岡山県内の各支部から大勢の人が集まっていた。
幼稚園、小学生、中高生、社会人と様々な世代の集まりだった。
年頃な女性の姿もちらほらあり、意外だった。

開会式、写真撮影、砂浜ランニング、稽古1、演舞、稽古2、寒中稽古、
閉会式の順のカリキュラムが準備されていた。
その中で、私は白帯なのに、支部旗持ちの担当で、
メインイベントである渋川の澄んだ海の一番深いところに入る役割だった。
事前に海に入ると聞かされていたため、覚悟は決まっていた。

まず、砂浜ランニングは砂で足の裏が痛かった。
子供たちと一緒に、旗を持って走るのでちょっと不完全燃焼。
自分のペースでもっと自由に走りたいと思った。

演舞では中学生の女性のチャンピオンが型を打った。
けり足の高さ、きびきびとした動き、真剣なまなざし、なぜかわからないが涙が出た。
その凛とした美しさのうらに、小さい時から長年努力してきた何かを感じたのだろう。
支部長が叫ぶ、
『3ヶ月の汗は、3年の汗にはかなわない。3年の汗は、30年の汗には遠く及ばない。』
という言葉が思い出された。
思い返せば、中学校時代に運動神経の鈍いのを克服した自分、
社会人になって、販売促進やマーティング理論等を遅ればせながら勉強した自分、
そして、今コーチングという新たなビジネスに取り組む自分、
全ては、努力という言葉に集約されているように思う。

稽古は、シコ突き200本があった。
旗を持っていたので、参加できず残念だった。
耕之助の背中が見え、一生懸命に取り組んでいたが、なぜか、もっともっとと思った。

そして寒中稽古、太鼓の音に合わせて一歩ずつ海に入っていく。
人間不思議なもので、覚悟が決まっていたので、入っていくことには全く抵抗がない。
どうせ海に入るのであれば、心静かに、深く、いろんなものを感じてやろうと思った。
隣の若い人が、水に入るのを嫌がりひざまでしか入っていないなかったのが目に障った。

海に入り、冷たい塩水に包まれた時には、水の冷たさで自然に体が震えた。
しかし、覚悟を決めて入ったせいか、あるいは、かっこいいところを見せたいと思ったのか、
心はシーンと静かでありながら、寒くて嫌だとかは全く思わないし、感じもしなかった。

「冷たいはずなのに、なぜ寒いと感じなかったのだろうか?」

心と身体は別物だからではないか?
だからといって、全く違うものでもなく、全く同じものでもない。
言えることは、連動しているということではないか。

EQのトレーニングでも、心を元気にするためには、「大きな声で挨拶する。」、
あるいは、「きびきび動く。」、「ポジティブな言葉を使う。」などが有効だと書いてある。

これは、心も身体も自分でコントロールすることが出来るということではないか?
心を元気にするには、行動や思考を変えることが有効であるし、また、
もっというと、心を強くすれば、外部からの刺激から自分を守ることも可能である。

しかし、生きている間しか、目、鼻、耳、舌、触の五感で感じることはできない。
しあわせに生きるヒントにしたいと思った。

良い経験をありがとうございます。
また、自分自身の身体にも感謝したいと思います。
もっといたわんなきゃ。

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