アーカイブ: 2010年2月16日

第439号:力を抜いて

今日は県北の町にコミュニケーションのセミナーに行った。

思いやりのコミュニケーションというテーマだった。

地元の方々が集まり、とても和やかな雰囲気の中で、

セミナーが進み、心地の良い時間だった。

 

この1週間、寝不足もあり疲れていて、

とても、強いイライラやネガティブな感情が多く、

私としては本当に苦しかった。

 

本当にお客様のことを想ったり、スタッフのことを想えば思うほど、

自分のポリシーや理想とのギャップが生じて苦しんでいたように思う。

少しくらい「まあいいや」と許してしまった方が良かったんだろう。

 

 

自分を許して、相手も許す。

 

自分にOKを出して、相手にもOKを出す。

 

自分の良くないところと、相手の良くないところを認め合って、

お互いにOKをだす。

 

でも、その良くないところは弱みとして認識した上で、

さらに、より良い方向を目指す。

 

そんな自分でありたいと心から願った。

 

それが、思いやりであり、お互いに成長できるコミュニケーションだと思った。

 

 

今日も自分を承認する。

力を抜いて、場や空気を楽しむことができたね。

と言ってみた。

それが、一緒に生きているということだね。

と返ってきた。

 

肩の力を抜いて、微笑を浮かべ、瞳を見つめながら言いたいです。

今日もありがとうございました。

またお会いしたいです。

第438号:雄大に

今日は完全に1日オフとした。

朝起きて今日は身体を動かそうと決めていたので、

子供たちを連れて山歩きに行った。

 

倉敷市と総社市の間にある福山の手前にある山である。

水晶山とよんで、私が小学校の頃に良く登った山である。

名前の通り、宝石にはならないくらい小さい水晶が取れる。

 

山を登っていると、例によって子供たちのネイチャーゲームが始まる。

片っぱしから石をひろってきれいという。

一向に山が登れない。

 

途中洞窟があるのだが、そこに入って動かなくなる。

本当は一緒に楽しんだり、自然を分かち合ったりできればいいのだが、

イライラしてなかなか思うように自分自身をコントロールできなかった。

 

 

何を急いでいるのだろうか。

 

 

別にこの後何があるわけではない。

あるとすれば、車を止めた場所があまり良くなかったので気になるくらいだ。

 

自分は水晶を取るという目的を持ってきているので、

そこに真っ直ぐと向かおうとしているというのがあるくらいで、

特に急ぐ必要はないのである。

 

大きな動物の足跡があって、それに導かれながら、

あるいは、とても良い天気だったので、頂上に着くと気持ちがいいよ、

であったりと、何かと理由を付けて、上に上に上がっていった。

 

上に着くと、本当に景色がいい。

空気を思いっきり吸うと、心まできれいになりそうな爽快感があった。

 

そして、水晶があるポイントを発見し、何とかきれいな結晶に出会い、

お土産と言うか、小さな手柄をもって変えることができた。

なぜかホッとした。

 

私は山頂に砂浜のようにやたらときめ細かい砂がある。

そして、その中に石英の塊があるのだが、その砂の中で角が取れて、

まあるい形になっている。

 

そのまあるい形は自然のどんな現象で起こっているのか知りたくなった。

そうこう考えていると、地層が目に入り、いつどうやってできたのか。

それから、この山もいつどうやってできたのか。

更に、目の前に広がる山や平野の地形も・・・、等などである。

 

子供たちと分かち合いたかったが、質問になってしまい、

詰問のようにとらえた子供たちはプイッと横を向いた。

自分が本当に面白いと思うことに没入していった。

少し、つまらない気分になった。

 

無事下山し、昼からは泥のように眠った。

いつもあまり寝ていないので、必要以上に眠った。

 

夕方、ふと眼を覚まして、地球の図鑑を読みながら、

世の中の仕組みを考えていた。

 

宇宙や地球がある。

その中に自然がある。

それらを分析する科学がある。

人が生きていて精神世界がある。

 

小学校から学校で学んできたことが、だんだん塊のように感じられる。

どちらにしても、今自分が生きていることなどちっぽけなものだ。

だけど、1つの歴史であるし、その存在はきっと貴重なものだ。

大切なものだ。

 

私は、きっと人類に大きな影響を及ぼしてこの世を去るのだ。

小さなことでくよくよせず、大きな存在で生きていきたい。

そして、自然や人の素晴らしさを伝えていきたい。

 

今日も自分を承認する。

大きな視点を持ち、同時に自分の力を信じることができたね。

といってみた。

もっともっと力を抜いて、のびのびと自信を持って生きてみよう。

と返ってきた。

 

雄大な理想を掲げ、大地を踏みしめて言いたいです。

今日もありがとうございました。

第437号:分かち合う

今日は朝から鉄工センターである。

朝からテキストを最終的に準備して出かけた。

 

昨日の夕方のストレスがテキストの準備ができていないことから

発生していたということに気が付いた。

私の最も弱い所である計画を立てて、実行するということである。

それがストレスにつながっているというのである。

 

研修に入るとそんな気持ちは吹っ飛んだ。

参加者が会議の中で感じている不満や問題点、

そして、それを少しでも解決したいという姿勢、

どれもが私のエネルギーとなった。

 

特に、うれしかったのは見ず知らずのメンバーを温かく迎え入れ、

興味を持って会話をし、お互いを快く受け入れ会っている姿を見た時だ。

研修をやっていてこんなにうれしいと感じることはない。

 

私は直接何も施しているわけではないが、

目の前でとても幸せな光景が広がっている。

自分が存在しているということを強く感じる瞬間である。

 

また風呂に入っていなかったので、

いったん自宅に戻り入浴し、それから事務所に向かって出発した。

 

夕方は今取り組みをスタートしているある仕事のことで、

その反応が思わしくないので、緊急ミーティングとなった。

チラシのキャッチコピーの変更をするのである。

 

5人のメンバーでブレーンストーミングを実施する。

実習生が活発に発言する。

本当にいいアイデアが出る。

 

その真剣なまなざしや、シャープな視点、

そして何よりも、少しでも良くしたい、

自分の意見を伝えたいという気持ちがうれしかった。

 

結局、実習生から出たアイデアを採用した。

私はコーチとして直ぐにクレジットを付け、承認した。

 

今日も自分を承認する。

スタッフの意見をうれしく感じることができたね。

といってみた。

自分次第だよ。

と返ってきた。

 

教えるのではなく、分かち合う自分で言いたいです。

今日もありがとうございました。

第436号:飲み干す

今日はお休みのつもりだったのだが、結局1日働くこととなった。

といっても自営業者なので、好きなように働く権利がある!

と言った方が適切だと思う。

 

結局、午前中にあるプロジェクトのミーティング、

それから、新たなコンテンツ開発に関連する打合せが2つである。

 

しかしながら、疲れとストレスを持ったまま今日に突入したので、

いろいろなところで不具合が発生した。

 

どんなことが起こったのか?

 

「不平・不満や愚痴が多い」

「否定されると跳ね返したくなる」

「話が伝わらないとイライラする」

 

我ながらとても情けないものがある。

そして、その疲れもピークになると全く相手の声が聴こえなくなるのである。

基本的に私は聴くということに多くのエネルギーを割くので、

通常は会話がとても円滑である。

 

でも、私が話が聴こえなくなると、会話がとんでもないような方向に行ったり、

収拾がつかなくなったりしてしまう。

そういう意味では、コーチやファシリテータとしてとても機能している。

我ながら素晴らしいことだ。

 

じゃあ、どうして臨めば良かったのだろうか?

 

1.適切な量の睡眠や食事を取る

2.ウォーキングなどをしてストレス解消して臨む

3.自分の想いや相手の想いを感じることにフォーカスする

4.何をしゃべっても安心であるという場を作り、

スペースチェックしてから臨む

 

等などである。

貼り紙を読み返したり、左手の儀式をしたり、こぶしを突き上げたり、

自分が本当にありたい姿と常に共にいることが大切だと思った。

 

今日も自分を承認する。

疲れとストレスの中で、相手の存在を常に尊重しようという場にいられたね。

と言ってみた。

たまには、うまくはぐらかして楽してみたら?

と返ってきた。

 

相手の想いを味わい溶かし飲み干すほどのリーダーシップを持って言いたいです。

今日もありがとうございました。

 

第435号:気持ちの味

今日は早朝ミーティングに始まり、

営業活動とエヌティ・クリエイトのプロジェクトの進行管理をした。

 

正直、今日は凄く疲れた一日だった。

疲れたというよりはストレスが溜まったといった方が良いかもしれない。

 

疲れとストレスが入り混じっている。

苦々しいものや、ちくちくするもの、かっとくることなどがある。

それをじっくりと味わってみる。

 

「あまりに失礼だ!」

「なんでそんなこともわからんの!」

「こんなにしてあげているのに・・・」

 

などなど、いろいろな気持ちが出てくる。

自分でここに吐きだして、書いていてもまことにネガティブな感情だが、

ごくごく当たり前のようにこのような感情は起こっている。

 

普段はこんなことを言ってはダメとか、

もっというと、こんな感情を持ってはダメとかと思って蓋をしてしまう。

実はそれがストレスとなり積み上がり自分を苦しめるのである。

 

その怒りや苦しみの向こう側には、自分自身の信念のようなものがある。

「出会いや紹介を大切にすべきである」

「お世話になった人に泥を塗ってはならない」

「時間は効率的に使うべきだ。」

「自分が本当にしたいのなら、直ぐにやるべきだ」

「相手の気持ちを大切にしてあげるべきだ」

 

というような具合である。

私が自分で会社を初めてここまでやって来れた理由ばかりである。

 

特に最後の自分と相手の気持ちのどちらを優先するかはとても難しい。

こちらの気持ちを伝えている途中に、

相手の気持ちが噴出して自分の気持ちが全く尊重されなくなる。

いわゆる逆ギレのような状態である。

 

なかなか難しいのだが、自分が思い通りに発言しても、

相手の気分を害さないような人間になりたい。

まさに、孔子の世界である。

 

今日も自分を承認してみる。

腹が立ってもしっかりと相手の気持ちを理解することからはじめられたね。

といってみた。

その気持ちがネガティブなものであってもおこることのない自分でいなさい。

と返ってきた。

 

全ての人の気持ちを尊重できる自分で言いたいです。

今日もありがとうございました。