アーカイブ: 2010年1月21日

第412号:思い切る

今日は商工会議所だった。

商工会議所にいるといろいろな相談がある。

1回で姿が見えなくなるケースもあるし、

何回も続けて熱心に来所するケースもある。

 

今日もそういう意味では、熱心に来所される方が来た。

とても素晴らしいビジネスプランの方である。

その話を何度聞いても素晴らしいし、計画書もすごい。

文句をつけがたい内容なのであるが、

さまざまな経営資源の不足によって行動が起こりにくくなっている。

 

こんな時こそ、経営コーチの出番だと思い、

相手を心から信じて、「壁の前で立ち止まっているように見えます。」と、

感じたことを率直にフィードバックした。

その反応としては、しっかりと受け止めて頂き、

「すぐ行動する」と宣言を聴くことができた。

思い切って伝えて良かったと思う。

 

逆のパターンがある。

行動ばかりが進んでいて、戦略や計画がまとまらないケースである。

「動きは大きいけれど、効果的でないように感じます。」と伝えてみる。

このフィードバックに対しては、ほとんど、スルーパスした様子だった。

行動で不安や隙間を埋めているのだろうか。

 

更に事業計画のチェックの段階で、具体化したりまとめたりするために、

私はかなり質問を利用する。

そうすると、「分からない」という反応や、

「自分のしゃべりたいことだけをしゃべる」があるケースである。

要するに思考停止したり、考えることから逃避している状態である。

私は思い切ってフィードバックする。

「大切なことを置き去りにしているように見えます。」であったり、

「考えることをあきらめているように感じます。」という具合である。

言葉でごまかしているケースである。

 

私は常に自分の使命やプレゼンスを常に感じるようにしている。

そういった自分のあり方があるからこそ、本気でその人のために、

厳しいことや言いにくいことも伝えられるのだと思う。

その向こう側に、よろこびの渦があると信じて・・・。

 

今日も自分を承認してみる。

相手のために思い切って、そして、愛を持ってフィードバックできたね。

と言ってみた。

本当に心から相手の成功を願っているか見直してごらん。

と返ってきた。

 

自分の欲望ではなく、相手を想う気持ちを熱く感じながら言いたいです。

今日もありがとうございました。

また宜しくお願いします。

第411号:応援する

今日は国公立大学のセンター入試である。

エヌティ・クリエイトの事務所は岡山大学の中にあるため、

車での乗り入れができないのである。

 

なので、岡山駅の駅リンくんでレンタサイクルを借りて事務所に向かった。

自転車ではしると普段あまり気がつかないことが感じられる。

例えば、商店街のはずれにある飲食店であったり、

心地よい風であったり、その中にある香りだったりする。

 

とてもいい気持ちで岡山大学の南北道路を転がしていた。

すると、道や植え込みの中に普段は見られない張り紙や看板が目に入った。

 

良く見ると、鉄軒精神という言葉が飛び込んできた。

まさにわが母校の創始者の名前である。

更に読み進めると、次のように書いてあった。

 

最後まであきらめるな。

集中しろ。

絶対にできる。

 

等などである。

今日はセンター試験であるが、先生やPTAや在学生からの熱いメッセージである。

何故かわからないが、胸と目頭が熱くなった。

 

勉強というと少し暗いイメージがあるが、勉強が本分である学生にとっては、

とても大切なことであるし、がんばっていることである。

そこに、熱いメッセージがある。

 

「今までがんばってきたことが報われてほしい。」

 

そんなメッセージを受け取って熱くなった。

なんだか、忘れかけたものが蘇ってくるように感じた。

事務所に入ってカップラーメンを食べた後、

なんとか感動を残したいと思ってデジカメを持って行って写真を撮った。

 

今日も自分を承認してみる。

自分もこんな温度を提供してみたいと本気で思ったね。

といってみた。

もっともっと相手の望みをしっかりと感じることが大切だね。

と返ってきた。

 

懸命に生きている人を純粋に応援できる自分で言いたいです。

今日もありがとうございました。

第410号:自然の中で

先日のネイチャーゲームに触発され、

今日は息子の2人を連れて、

近くの山に入った。

子供たちのネイチャーゲーム力には驚かされた。

 

自然を味わいつくし、ちょっとしたことに好奇心を持って、

想像を膨らませるのである。

鳥の鳴き声、道に落ちている糞、草むらの物音等などが対象である。

 

その一方、私は山に入っても何も見えなかったり、聞こえなかったりする。

味わうとか好奇心というより、何か必要なものだけを見つけようとしていて、

楽しんだり、深く見つめたりしていない。

 

普段の仕事の癖で、自分の想いと関係があるかないかという視点や、

損か得かというような視点で判断していて、純粋な好奇心ではないのである。

 

だから、「見つけなきゃ」とか、「早くしなきゃ」とかという雑念が入り、

自然を受け入れたり、味わったりできないのである。

 

 今日も自分を承認してみる。

忙しい中にも時間を見つけて自然の中で生きているね。

と言ってみた。

もっと仕事とプライベートにメリハリをつけてみたら。

と返ってきた。

 

もっともっと自然の喜びを感じ伝えられる自分で言いたいです。

今日もありがとうございました。