アーカイブ: 2010年1月17日

第409号:噛合わない

今日は午前、午後と別の会場での研修となった。

午前中は私が講師として入るのが初めての会場であり、

午後は昨年4月から数え切れないほど実施している会場である。

 

午前中はコーチングに関連するものであり、

その会場では何度もコーチングの研修は実施しているのだが、

エヌティ・クリエイトが実施しているワーク中心の物はなかったようだ。

 

製造業の従業員の方を対象としたものであることから、

普段は機械と向き合っていて人と向き合うのが苦手な人が多い。

今日も数人、人や自分と向き合うことに抵抗のある方がいた。

 

いつも私は想う。

そういう人に限って、本当は人と話がしたいし、

より良い人間関係を築きたいと考えている。

 

でも、人と向き合うことで、自分自身と向き合うことを強いられ、

そのストレスの結果、引っ込み思案になってしまうのである。

本当は人の中にいたいというメッセージを今日もしっかりと受け取っていた。

決して、噛合わない状態ではないし、学びや気付きも確実に起こっている。

 

その一方で、噛合わないということが発生する。

こちらからの問いかけに対して、全く関係ない答えが返ってくるケースだ。

それは、組織や講師や参加者に対する不満や反発いう形で発生する。

ようするに、ニーズが立ちあがって、言いたくて言いたくて仕方がないのだ。

 

多くの場合、せっかくの前向きな空気を壊すことにつながる。

それはその人の勝手なことを何を聴いても延々と繰り返すことが多い。

 

「講師としてどのように対処すべきか。」

 

まずは、クレームと同じようにしっかりとキャッチする。

そして、しっかり聴ききったうえでこちらから言いたいことを言う。

これが理想形だと思う。

 

でも、止まらないケースがある。

その際には、対決する必要が生じている。

自分がしていることを冷静にフィードバックする。

そして、自分がしていることがどんな影響を及ぼしているのかを伝える。

さらには、自分の発言の向かうところをしゃべらせる。

もっと言うと指摘する。

そして、その価値観や欲求を徹底的に壊す。

みんなのためにならないと・・・。

 

講師という仕事も楽ではない。

みんなの学びを深めるという強い使命を持って教壇に立つことが大切だと思う。

もっともっと、良い影響を与えたい。

 

今日も自分を承認してみる。

受講生の学びを深め、より良い人生になって欲しいと心から想っているね。

といってみた。

自分自身の欲求に負けるな!

と返ってきた。

 

目の前にいる人に純粋な想いを持って言いたいです。

今日もありがとうございました。

また会いたいですね。

第408号:集団への参加

今日は朝から岡山大学に入り、野崎と一緒に打ち合わせに行った。

大切な顧問先、情報システムの改善等の案件が中心だった。

車が止まった関係で、近所の自動車整備会社に立ち寄ったり、

研修の顧客や、不動産会社等など、所要を済ませた。

 

その中で、特に印象に残ったのが、

以前、異業種交流会に入っていて退会したのだが、

その時のお世話役の方にお詫びに伺ったことである。

 

突然の訪問なので私が悪いのだが、

訪問して奥に通されイスに座ったら、仕事がない、

お金がないという話がスタートした。

 

良く良く話を聴いていると、私たちが仕事を欲しいと

営業に訪問したと受け取っているという様子であり、

要するに出せる仕事はないということが言いたいらしい。

 

ここでは、あまり詳しくは書けないが、別の理由で訪問しただけに、

何となく、悲しい気分になった。

結局、モノ売りになってしまった自分が悲しかった。

 

「なぜモノ売りになってしまったのか。」

 

別に仕事をくださいといって歩いたわけでもなければ、

泣き落したわけでもない。

むしろあまりそういったことは言わなかったくらいである。

 

1.「会を止める = 仕事にならなかった」と捉えられている

2.コミュニケーションの量が少なくなってしまった

3.あまり一緒に行動しなかった

 

などが、その理由としてあげられる。

 

そういえば、会に入ってあまり良い結果になったことが無い。

それは、きっと私の取り組みが悪いからである。

 

仕事を人と一緒にやる時は、計画を立てたり、

チームワークを発揮したり、役割と責任を重視する必要があるが、

私はむしろ自分がのびのびと好きなようにやりたいたちらしい。

 

これは、広告業界や営業プロデューサー的な仕事が多かったため、

歯車になるのを嫌っている自分の性格も災いしているのだと思った。

 

これから集団に参加する時は、しっかりとしたビジョンと、

取り組み方を明確にすることにした。

 

今日も自分を承認する。

相手の反応の中から、自分の悪い点を発見し、

改善するための行動を考えることができたね。

といってみた。

もっと事前にイメージしたり、計画を立てたりできるようになって欲しい。

と返ってきた。

 

集団に参加する人々の期待とエネルギーを膨らませる自分で言いたいです。

今日もありがとうございます。

第407号:温かい

今日は朝から県北の町に商工会の専門家として訪問した。

少しでも提案をしたいという想いで、少し早く家を出て、

事務所で書類を創ろうとした。

 

ところが・・・、

この間から寒い日に愛車のアイが調子が悪かったのだが、

今日は何と、家から500m位進んだところで止まってしまった。

 

エンジンが揺れるような音だったので異常なのはわかっていたが、

前の2回はエンジンが温まると進めるようになったので、

まあ大丈夫だろうと思って進んでいたら、今回は違った。

 

突然、エンジンが止まってしまった。

最悪である。

再度エンジンをかけてみると、かからない。

しばらく頑張っていると、かかったけど直ぐに止まってしまった。

もう無理だと思い、助けを求めた。

 

その次の瞬間、エンジンがかかり、エンジン音の揺れはなくなっていた。

またとてもタイミングが悪い。

すぐ連絡して、かかった旨を伝えた。

 

若干遅れながらであるが、岡山大学に到着、そして、

野崎を乗せて県北の町へと旅立った。

 

県北の町も異常な寒さであり、備中町の山の上に上がるのは中止し、

下界!? で打ち合わせすることになったり、

午後に有漢町の方へ行くと、水が流れているところが凍っていたり、

立っていると風が肌を切るかのように冷たかったりした。

 

いろいろなことが起こったり、風は冷たかったりするのだが、

人がとても温かかった。

商工会の指導員の方々、企業の方々、みんなが温かいのだ。

何故かわからないけど、頭が下がるような思いをした。

 

「なんでこんな風に感じるのだろうか。」

 

自分自分で生きていて、売上や利益を上げる、

あるいは、上げさせるために、本気になればなるほど、

人間味というものが薄れているように感じるのである。

 

リーダーシップの理論にPM理論であったり、

マネジリアルグリッドだったり、いろいろな理論があるが、

人への関心と仕事への関心の両方を大切にできる人が、

成果を上げるリーダーということなのである。

 

まさに、今身をもって自分自身がその分岐点にいることを感じた。

このことは身の回りの人だけでなく、

地域や企業の中においても大切なことであると思った。

 

その望みをかなえるために向けられる愛だと思った。

 

今日も自分を承認してみる。

今日出会った人々から、その温かさを感じ感謝することができたね。

と言ってみた。

もっともっと、自分からも温かさを与えてみたら。

と返ってきた。

 

寒空の下でも、周りの方の頬が赤くなるくらいの温かさで言いたいです。

今日もありがとうございました。

 

 

 

第406号:自己責任

今日は朝から岡山大学の事務所に入った。

少し早く起きて入ったので、気持ちが良かった。

 

2人の研修生を迎えているので、朝は野崎と自分と4人でミーティングした。

ついつい、ネイチャーゲームでの気付きや、閑谷学校の話などを、

30分以上もしてしまった。

もちろん、研修の状況と問題解決などもしたのだが、

うれしかったのか、自分のことをとてもたくさん話してしまった。

 

その時の自分にはいろいろな気持ちがあるように思う。

 

1.    その体験の面白さ、すごさを伝えたい

2.    自分が気がついたこと、つまり自分を伝えたい

3.    少しでも何かの気付きにつながると良い

 

等などである。

 

自然の中で生きる。

そして、自然な自分でいられると良いのだが、

今日も成果につながらない時間が増えてしまったような感じがして、

イライラしたり、苦しくなったりした。

 

何がそうさせているのかは、売上が無いということへの恐れだと思う。

やみくもに心配になるのではなく、もっと計画して楽になれると良い。

 

今日も自分を承認する。

スタッフを通じて成果を上げるということを真剣に考えていたね。

と言ってみた。

もっともっと、自分の責任として考えてみたら。

と返ってきた。

 

 関係する全ての人のしあわせに責任を感じながら言いたいです。

今日もありがとうございました。

 

第405号:ネイチャーゲーム最終日

今日はネイチャーゲーム最終日である。

昼からは検定試験があり、合格できるか不安である。

 

それはさておき、今日も朝から自然を更に感じるゲームが続く。

朝一番は指導実習である「私の木」というゲームである。

これは、ペアになり目隠しで木を共に味わい、

その木をプレゼントするというものである。

 

まさに、木を使ってコーチングである。

五感の全てを使って木を味わう中で、

人間が感じたことから、起こる感情や思考を言葉にしていくのである。

 

その時、その瞬間の物の捉え方で感情が起こるのがわかる。

まさに、ダンスインザモーメントである。

その木が経験してきたことは木に現れている。

 

切り口があったり、キズがあったり、根が大きく張っていたり、

様々なことが起こっている。

人間と同じである。

 

ペアになったのは素直で優しい、そして、理論派の女の子だった。

初日のカメラのゲームから一緒だったので、とても落ち着いてできた。

終わった時、声が優しかったと言ってくれた。

うれしかった。

 

それから、大地の窓という落ち葉に埋もれて自然を味わうゲームをした。

落ち葉の匂いがよかったし、小鳥のさえずりが心地よかった。

自然と一体化しているように感じた。

 

こんな風に自然を体感した後、ナチュラリストたちの詩を読んだ。

私は自然の一部であるということを感じた。

自然の中にある自分。

そして、それは木や草花や動物と同じように自然なのである。

人間だからと言って、別にそれは特別の存在ではない。

 

「自分はどのような木なのだろうか。」

 

最近を振り返ってみると、自分だけが枝を張ろうとして、

周りを顧みず、バタバタ、ガサガサ、トゲトゲしているように感じた。

ただ、自分だけでなく周りの人の成長を願ったり、

あきらめていたり、悩んでいる人をありたい姿するという想いがある。

 

以前、コーチングラボウエストの研修の中で、

展覧会の絵というワークを行い、私は自分を木に例えて書いたことがある。

理想としては、熱いハートはあるが、優しくて、大きい木である。

 

近いのは近いのだが、少し違う面があるように感じた。

もっと修行が必要である。

 

それから、木を輪切りにしたキーホルダーに一言コメントを入れて、

感じたことや想いを身につける仕組みがあった。

私は、「自然の中で生きる。」としたためた。

展覧会の木のように、自然の中で周囲に恵みを与え、

共生している状態を目指して・・・。

 

検定もめでたく合格し、私としては環境に関連するスキルが身につき、

とてもうれしい。

ビジネスにも生かすことができるだろう。

 

家に帰ってから、右腕にかぶれを発見した。

葉っぱの中に入ったからだろうか、小さなプチプチがいっぱい出た。

まあそれも仕方がない。

 

今日も自分を承認してみる。

自分の木を再度見つめることができたね。

と言ってみた。

いろいろなことが起こっているけど、全て生きているということだね。

と返ってきた。

 

人も自分も否定することなく、自然の中で生きる自分で言いたいです。

今日もありがとうございました。

第404号:ネイチャーゲーム2日目

昨日の寒い朝に比べて、比較的暖かい朝だった。

ネイチャーゲームの朝はなんと7時である。

通常の研修では考えにくい早さである。

しかしながら、朝の心地よさは格別である。

 

今日も朝から晩まで本当に多くの楽しいゲームが続いた。

五感の全てを使って自然の中に1日中いるという体験は、

毎日仕事に追われている自分にとっては貴重だと思った。

 

いろいろな感覚が研ぎ澄まされていったり、

仲間と一緒に無邪気に楽しんだり、

心が動いたことを語って、感動を分かち合ったり、

いろいろなことが起こっているのが感じられる。

 

自然や人に触れて、自分に起こっている感情を味わうと、

素直でなかったり、汚れていたり、

その逆に、純粋だったり、優しかったり、

自分の気持ちにもいろいろな種類があるのが感じられる。

 

40年近く生きてきて、自分自身が大切にしてきたものや、

知らず知らず思い込んでいることや、心の傷などがあるのだろう。

どちらにしても、望ましくない感情が起こっている時の違和感が、

自分としては誠に心地悪いというのに気がついた。

 

夕食の後、リーダーである「ジャイアン」のリードにより、

「夜は友達」というゲームがあった。

要は寒空の下、防寒着を着て、ぶ厚いレジャーシートを持って、

夜中の森の中に懐中電灯もつけず入り、

身をひそめて座って、動物たちに近づこうというものである。

 

約20人が施設の近くの森の奥深くに入り、池のあるところに行った。

10m間隔で座って動物が現れるのを静かに待った。

すると、池の向こう側で、鹿が甲高い声で鳴き、

森の木々の間を歩く音が聴こえた。

 

みんなが息をひそめて聴いているような緊張感が走った。

姿こそ見えなかったが、生きている自然に襲われたような衝撃だった。

 

施設に戻る途中、リーダーの「ジャイアン」が皆をあつめて、

闇の中で、鹿が出た様子について語っていた。

とても、熱っぽくて、うれしそうで、子供のように純粋だった。

 

更に、本人が鳥取砂丘付近で拾ってきた流木のキーホルダーを配った。

なんだか、自然を愛する人の仲間の証のように感じた。

 

ネイチャーゲームリーダー、つまり、「自然案内人」っていうのは、

本当に自然を愛する人なのだと感じた。

私自身もそうありたいと思った。

 

今日も自分を承認する。

自分の心で起こっていることに気付き、素直に味わうことができたね。

と言ってみた。

生きて感じているという真実があるね。

と返ってきた。

 

大きな自然と、それを共に味わえる仲間と共に言いたいです。

今日もありがとうございました。

 

第403号:ネイチャーゲーム初日

今日はネイチャーゲームリーダー養成講座の初日である。

 

と言いつつも、今日は早朝からかねてから支援している

新ブランドがファッションの祭典であるIFFに出展するため、

最後の打ち合わせのために訪問した。

 

イベントに持って行く資料の最終確認をすると、

ほとんどの資料がそろっていた。

若干の修正と追加をして2時間ほどでミーティングは終了した。

 

ブランドとしての完成度はまだまだであるが、

携わってきたスタッフもバイヤーからの評価を楽しみにしている。

是非とも頑張って来てほしい。

 

 

その後、一旦家に戻り、ネイチャーゲームの準備をして家を出た。

今回の講座では修了試験に合格すると資格が貰えるので、

宿泊の準備だけでなく、書類関係の準備も必要だった。

 

それも大事なのだが、ここのところ寒波が押し寄せていて、

異常な寒さである。

ネイチャーゲームなのだから、あたりまえだけど、野外で行われる。

ということは・・・、寒いはずである。

 

寒いのが苦手な私は改めて想像してみると、ゾッとした。

会場である備前市の閑谷学校に到着する前に、

和気町にあるシマムラによって最近はやりの股引を買って行った。

少し安心した。

 

会場に着いてからは、疲れもあったのか、研修室で少し眠ってしまった。

そして開講式が行われ、直ぐに屋外での研修となった。

 

アイスブレイクになったり、自然への関心が深まるゲームでスタートした。

ネイチャーゲームでは、フローラーニングという考え方がある。

これは、受講者の状態や態度に合わせてゲームを選択するというものである。

 

段階としては次のようになる。

 

1.    熱意を呼び起こす

2.    感覚をとぎすます

3.    自然を直接体験する

4.    感動を分かち合う。

 

今日は初日であり、上記の1や2のゲームが多かったように感じる。

 

受講生も自然や子供を愛する人たちであり、

徐々に肩の力も抜けて、ユーモアや笑いのあふれる時間になっていった。

単に自然を味わうだけでなく、人と人との触れ合いの中で起こってくる

感情や学びを深める時間であったように思う。

 

「自然への気付き」というネイチャーゲームの目的がある。

この言葉の奥深さが徐々に徐々分っていくような気がした。

2泊3日がとても楽しみである。

 

それから、閑谷学校には孔子廟があり、全国でも有数の朱子学のメッカである。

長くなるので説明は避けるが、論語の読み合わせをやっているのである。

先日、ある商工会議所の専務理事より、

論語の読み合わせをやりたいというオファーがあり、

ちょうど、講師はどうするかとか、カリキュラムをどうするかと、

思いめぐらせていたところである。

何とも不思議なご縁を感じた。

 

庶民が学ぶ、そして、岡山のリーダーを育てる閑谷学校。

まさに当社エヌティ・クリエイト目指す教育の原点があるようにも感じた。

 

夜は小学校の山の学習のようである。

夕食で、「美味しい晩御飯、頂きます!」と声を揃えていい、

シーツを引いて寝床を作ったり、みんなでお風呂に行ったり、

とても楽しかった。

 

今日も自分を承認する。

自分が本当に求めていることに一歩ずつ確実に近づけているね。

と言ってみた。

楽しそうとか、やってみたい、という気持ちに素直でいられているね。

と返ってきた。

 

したいことや、好きなことに、子供のように真っ直ぐな自分で言いたいです。

今日もありがとう。