アーカイブ: 2009年5月21日

第379号:存在の意味

今日はマッチングプラザというイベントに参加した。

当社の大切なクライアントである企業のブースに間借りして、

コーチングや経営コンサルティングのチラシをまいたのである。

昼前には、先日、我が日本大学の後輩から突然の研修の依頼があり、

それに対応すべく、商談に向かったのである。

 

創業して約7年半くらいだろうか。

そして、仕事の量がどんどん増えてきて、忙しくなってとてもうれしい。

逆に、忙しくないと心配で心配で仕方がなくなる感覚や、

休んでいると悪いことをしているような感覚がある。

今日はもちろんクライアントの支援という大切な仕事なのだが、

すっきりとしない感覚が残る。

 

「何がすっきりしない感覚を生んでいるのだろうか。」

  1. 自社の付加価値を生んでいないこと
  2. 売上に貢献していないこと
  3. 自分を100%生かせていないこと

書いていて感じたのだが、物の捉え方だと思った。

自分がそこにいることで、いろいろな効果を生んでいるはずなのに、

プラスの点をしっかりと感じられていないと思った。

「どうすれば、もっとその場にいる価値を高められるだろうか。」

  1. 自分が具体的な目標を持って、そこに集中する。
  2. 来場者に商品の魅力を届けるという目標
  3. アンケートの回収目標
  4. スタッフを育てるという目標

瞬間的に自分の役割や責任をしっかりと感じればよいのである。

そして、何をどうするかという計画を持つのである。

この仮説と検証を繰り返し、微調整を重ねることが成長につながると思った。

そういう面では、私が話しかけた時のスタッフの笑顔が特に印象に残っている。

 

今日も自分を承認してみる。

「ひとりひとりがそこにいる意味をしっかりと感じてあげられたね。」と言ってみた。

「もっともっと、命を膨らませてあげよう。」と返ってきた。

ひとりひとりの存在を値引することなく、100%でかかわれる自分で言いたいです。

今日もありがとうございました。

第378号:安住すること

今日は夕方の商談がもっと大きなテーマであった。

というのが、今は本当に多くの研修・セミナーを受注させていただき、

私たちが本当にしたいことであるコーチングや経営戦略コンサルティングによる

よろこびを生み出す活動ができている。

とはいっても、経営コンサルティングという分野における経営環境も常に変わっている。

安住の地はないのだ。

そういう面で、安住の地を求めるための商談だったのである。

 

結論としては、経営に安住の地はないということだろうか。

安住の地を求めようという姿勢が、保守的であったり、受け身であったり、

自分勝手であったり・・・、経営的にまずいものを生み出すものだということがわかった。

 

「どう経営したらいいんだろうか・・・?」と考えてみると、

当社の人間中心アプローチの考え方がそのまま出てきた。

  1. 顧客満足:自分の都合ではなく、お客様が本当にしたいことを実現する
  2. 従業員満足:関係者やスタッフの能力を高め、モチベーションが上がる
  3. 経営者満足:経営者の満足は熱い想いに基づき、顧客と従業員を満足させること

最近、ブログを書かなくなってから、相手を熱く思うこと、

相手の望んでいることを感じること、そして、欲しいものを惜しみなくあげること、

少しお留守になってしまったのかなと思った。

 

今日も自分を承認してみる。

「自分らしく生きるために、ブログを書くことを選んでいるね。」と言ってみた。

「もっともっと、コーチとしての誇りを感じて、発信して行こう。」と返ってきた。

相手の想いを大切にし、感情と視点を常に感じられる自分で言いたいです。

今日もありがとうございました。

第377号:事実を認める

今日は商工会議所の日だった。

私は商工会議所に行くのが本当に好きだ。

というか、厳密に言うと好きだった。

要するに、昔ほどは好きではなくなったと感じている。

何がブレーキをかけているのだろうか。

初心を失いつつあること。

  1. 担当者との関係が希薄になっていること
  2. 時間が足りなくなり、多くの仕事をこなすことができなくなってきている
  3. 私以外に多くの専門家が登録となり、自分のポジションが不明確になっている

要するに、自分のその場における存在意義や重要感が少なくなっているのだろう。

声を掛けてもらうだけでは埋められないし、期待されても全て対応できるとは限らない。

「自己責任で考える。」というキーワードが浮かんだ。

人は事実を受け止めるのが苦手だ。

私は特にその傾向が強いと思う。

要するに、現状は自分自身が生んでいるという事実を受け入れにくいということだ。

逆にこんな風に考えることで、自分の道を選択することが可能になる。

思い切って、自分らしい選択をしたいと思った。

熱い思いや相手を思う気持ち、そして、自分らしくいられるよう・・・。

意志決定しなければならないことはたくさんある。

 

今日も自分を承認してみる。

「事実を受け入れられない自分と向き合うことができたね。」と言ってみた。

「その痛みが感じられなくなるくらいしっかりと向き合ってみたら。」と返ってきた。

愛とよろこびを届けたいという熱い想いを持って言いたいです。

今日もありがとうございました。