アーカイブ: 2008年12月15日

第344号:CAT2-1回目。

12月13、14日の2日間は京都に行ってまいりました。
ブログの更新も遅れてしまい、ちょっとたまってしまいましたが、
何とか復活したいと思いますので、また、宜しくお願いします。

さて、というわけで、昨日は宿題をしようと夕方からの時間をしっかりとっていたのだが、
結局、日常の生活や仕事で、ためにためた疲れに負けて、寝てしまった。
早く寝たので、途中で起きて宿題に取り組めると想っていたのに、
朝まで微動だに出来ない位疲れて、布団から出ること、書類に目を通すことが出来なかった。
誠に恥ずかしい限りである。

といっても、全く何にもしないで参加するのは失礼なので、何とか書類を用意し、
その中の宿題であるDVDによる観察と問題点の週出の作業をした。
ところが・・・、少し見たくらいでは、そのプロセスの動きが全く見えないのである。

正直、げっと思った。
音声が良く聞こえない、その上、映像が小さくて根気よく見ないと良く見えない。
だからというわけではないのだが、その映像のミーティングの中でどんなことが起こっているか、
全く解らないのである。

「宿題が十分に出来ない。」

そうでなくても厳しい研修であるCATに参加するのに、
そうでなくても他のコーチに比べて、ファシリテータの基礎知識や経験が浅いのに、
準備が出来なくて、ショックでショックで立ち直れなくなってしまった。
休むわけに行かないので、ボロボロになる覚悟を決めて家を出た。

新幹線に乗って、書類だけでも目を通した。
またも睡魔が襲ってきた。
眠い目をこすりながら、何とかプログラムについて理解した。

そして、ミーティング会場にたどり着き、机に座った。
その瞬間から、宿題が出来ていないこと、それから、宿題についての問いに
対してビクビクしていて、もう今回の研修の成果が決まったように感じた。
おまけに、日頃の不摂生で相変わらず体調も思わしくなかった。

コーチングラボウエストの本山会長の長年蓄積してきた集大成とも言える研修である。
CAT、つまり、チェンジエージェントトレーニングである。
最近はファシリテーションという言葉がトレンドであるため、
ファシリテータ養成講座ということになっている。

でも、本来の意味は、組織変革のための推進者ということなのである。
膠着したり、澱んだりしている組織に変革を引き起こすのである。

『組織が変わるための“一摺りのマッチ”になる』

非常に解りやすくて、モチーフになるようなイメージが湧く言葉だった。
NTCがやろうとしているHCA(人間中心アプローチ)にも通ずるところがあるように思った。

研修のほうは、前回のファシリテーションのDVDを観察し、起こっていることを見つけ、
そして、その場をどう活用し信頼関係を築き、ミーティングのタスクを実現していくのか
を検討するのである。

いつも本山会長が言っている“尊敬と祝福”の関係を構築するのである。
そのためには、今回“福音”という言葉が出てきた。

“福音”とは、辞書で調べると下記のようになる。
1 喜びを伝える知らせ。よい便り。「―をもたらす」
2 イエス=キリストによってもたらされた人類の救いと神の国に関する喜ばしい知らせ。
 また、福音書にしるされているキリストの生涯と教え。

要するに、研修で使われる言葉はすべて福音でなければならないということなのである。
そうすることで参加者を性善たらしめ、ミーティングを成功へと導くのである。

EQの中でも前向きな言葉を使うことで、前向きな気持ちを作るとあるが、
これこそが、まさに“福音”だと思った。

夜は、CATメンバーの忘年会ということで、本山会長お勧めの鶏鍋の店に行った。
白濁したコラーゲンたっぷりの秘伝のスープに野菜やとうふが入った鍋が
めちゃめちゃにおいしかった。

バカなことに夜は宿泊先も取らず、京都に来てしまったので、
京都駅周辺の量感を片っ端から当たって、なんとか泊まるが出来た。

正直、あまりに自分の不甲斐なさに夜は落ち込んでしまったが、
ある人に話を聴いてもらって、受け止めてもらったら元気になった。
からからに乾いた心に、しっとりとした水分が流れ込んできたように感じた。

今日も自分を承認する。
「最後まで放棄することなく、その場に居ることが出来たね。」と言ってみた。
「精一杯そこにいることが出来たんだね。」と返って来た。

至らないことをすべて受け止めても、自身を愛すことの出来る自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第343号:有意義。

岡山県南東部にある海辺の町で早朝ミーティングである。
今日はいつもとは場所での実施である。
朝早いので、渋滞に巻き込まれることもなく行くことが出来た。

今日はここ数年初めてと言うくらい、濃い霧がかかった朝だった。
しっとりと濡れた空気の中を車で走らせる。
少し窓を開けると、肺の中まで冷たくて、きれいな空気が入ってきて、
心までが洗われるような感じがした。

今日は、午前中は、経営革新、ISOを活用した技術伝承、
昼からはラボに入り、鍛える師匠と打ち合わせをした。

午前はISOの仕組みを使った技術伝承がとても有意義な時間だった。
いままで、主要な責任者のみでその問題点を洗い出してきたが、
今日からは現場の職長レベルの方を巻き込んだのである。

そうすることで、原価や品質を計画する段階を原因とした問題点が、
あきらかになり、それと同時に自分の役割や責任が明確になるのである。
関係している以上、その責任を逃れることは出来ないし、
積極的な関与が必要となるのである。

そんな中、声の大きい人によるミーティングの独占が行われていた。
私はそれを阻止しようといろいろと試みるが、なかなかとめることが出来ない。
若手の参加者も、数人はコメントする気を失っている。

「これは、どんな問題が発生している状態なのか。」

  1. 一人舞台に飽き飽きとしている
  2. 自分に話しを振られなくて良いと安心している
  3. 話したいことがあるのに話せない
  4. 何の結論も出ないのに無意味だと思っている
  5. 私の意見はどうせ通らないと思っている

私の介入に感づいたのか、社長が行った。
「あと何分だと思ってんだ。」

その一言で、ミーティングの空気が一遍に変わって、みんな話が出来るようになった。
あとで、社長に話を聞くと、「有意義な時間にしたかった。」ということだった。
若手を参加させ、発言させることこそが、会社の活性化につながるという
社長の信念というか、確信のようなものを感じた。
今日もとても有意義な時間だった。

昼からは、鍛える師匠による私に対する意思決定ミーティングである。
いろいろな懸案事項を整理してくれて、それをなるべく即決するという、
意思決定のトレーニングの様でもある。

そんなに大きな課題を持って望んだつもりも無いのだが、
結果としては、かなり多くの、そして、重大な意思決定が行われたように思った。
非常に、有意義というか、有効性の高いミーティングになった。

そういえば最近は、目の前の緊急性の高いものばかりに終始して、
なかなか、自らのことをそのままにして走っていたように感じた。
そんな状況を察知して、すかさずそれを要求してくれる鍛える師匠に感謝である。

夜は家でゆっくりとしたのだが、これがこれが、食事をすると同時に眠気に襲われ、
ダウンしてしまった。
明日から始まるチェンジエージェントのための研修の準備は全く手が付けられなかった。

有意義にするのは日常であって、その時その時を100%で、かつ、
効率的でなければならないなと思った。
私の一番苦手なことである計画や優先順位を明確にすることを始めてみよう。

今日も自分を承認する。
「お客様との時間を有意義にするために、自身の改善が必要ということに気がついたね。」
と言ってみた。
「当たり前だけど、具体的な改善計画を持ってみたらどうかな。」と返って来た。

想いを持つことははもちろん、具体的な計画に裏打ちされた自信を持って言いたいです。
今日もありがとうございました。
もっと一緒に有意義な時間を作って行きたいですね。