アーカイブ: 2008年11月25日

第325号:無視される。

今日は振り替え休日であるが、あえて仕事を入れて、活動することにした。

一日のスケジュールはあえて書かないが、私としては非常に苦しい出来事があった。

「どんな苦しい出来事だったのか。」

  1. 受け入れられない
  2. 拒絶
  3. 無視、軽視
  4. 声が届かない
  5. 話がかみ合わない
  6. 気持ちが届かない
  7. 気持ちを感じられない

まさに、ディスカウントである。
世の中では結構起こっていることであり、当たり前と思う人も多いと思う。
よくよく考えてみると、自分自身の存在自体を否定されるくらい重大なことだと思うが、
コミュニケーションを学んだからそう思うのだろうか。

色々な会社に出入りしていると、会社によっては本当に人がきちんと向き合い、
その瞬間や人との対話を大切にすることを大切にする会社があったりするし、
逆に、本当に我が出張って、人のことより我先に前に行くタイプの会社もある。

あるいは、社長が社員の悪口ばかりを並べ立てて、
会社中がネガティブな空気で満たされている会社もある。
足の引っ張り合いが起こったり、縦、横の連携が出来なくなったり、
顧客満足度を高める活動が停滞したりする。

こういったネガティブなパワーは、ガンのようにあっという間に広がり、
人や組織を蝕んでいくのである。
そして、一旦染み付いたガンをきれいに洗い流すことは不可能に近いくらい難しい。

あえてそのことについて話し合いたいと思い、ひざを入れようとしても逃げたり拒絶したりする。
そもそも、私がここにいなくても良いと言わんがごとくである。

「これを直すために出来ることは何か。」

  1. 経営者の想いや価値観を注入する
  2. 自らが100%で向き合う、取り組む
  3. 自分の想いを語る

まさに、ビジョンメイキングやコーチングの研修をやったり、
グループコーチングや、コーポレートコーチングを導入するという対策がぴったりである。
自らの良心に問いかけ、自分自身で気付きを得るのがやはり最高の方法だと思う。

今回は私自らが体験したことであり、この寂しさやつらさは計り知れないものだった。
その一方、企業や家庭や社会の中には、当たり前のように、
否定や無視や拒絶などたくさんのディスカウントがある。

少しでも多くの人や企業のそんな呪縛から解き放って行きたい。
そうすることが、この世の中を愛とよろこびで埋め尽くすことにつながるから。

今日も自分を承認する。
「ディスカウントにも耐え、相手の幸せを本当に願うことが出来たね。」と言ってみた。
「もっともっと、本気で、相手の幸せを思ってごらん。」と返って来た。

こんなディスカウントを世の中から排除するという使命を感じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第324号:空手岡山地区大会。

今日は、少林寺流錬心館空手、岡山地区大会だった。
朝起きると出発25分前の6時20分であり、慌てて妻と子供を起こした。

私のほうはブログがかけてないので、相変わらずPCをつつきながら、
子供達に服を着ろ、持って行くものを準備しろと指示していた。
向き合わず、口だけである。
コーチとしてはいかがなものかと思った。

久々に家族でのお出かけ!?だったので、少しでも良い1日にしようと、
怒らないことを誓って、車に乗り込んだ。
そして、今日は試合なので緊張するところなのだが、特にそんなことも無く、
淡々とした調子で現地入りした。

試合会場である桃太郎アリーナには、空手の胴衣をした挙士が集まっていた。
大勢であり、子供が多いが大人もいるし、男性のみならず女性も多い。
それにもまして、父兄の数も甚大なものがある。

今日、私は午前中に組み手と型の試合、午後からは耕の型の試合があった。
朝の時点では特に緊張するわけでもなく、まああまり練習できていないから・・・、
と試合前から負けたときの言い訳を考えながら過ごしていた。

そして、サブアリーナに選手は集められ、年齢層別に列を作った。
そのまま1時間くらい、何をまっているのかわからない時間が続き、
胴衣一枚で過ごしていたため寒さで身体が震えた。

やっとの思いで入場が始まり、開会式であった。
来賓席には議員が並び、議員嫌いが沸々と湧き上がってきた。
「本当に意味がわかってんのか?」

そして、だんだん、自分の気持ちが引いて行くのがわかった。
スポーツや武道という純粋な思いのある場所には議員はいないほうが無い。
個人の想いを感じても良いのだが、こんな場所に出てくる神経を疑う。
しかも、代理を立てるのなんか言語道断である。
「全く意味が無い。」

そんなことはさておき、開会式が終ると直ぐに組み手の試合となった。
コートに向き合って座った。
別に勝ちたいとは思わなかった。
そんなところが自分としては非常に中途半端で嫌なところだ。

試合が始まった。
背の小さい相手で、大学のOBで白帯だが、本当は違うと思った。
結果としては、最初の2分間で、副審同時3人、赤(自分)1本だった。
ということで、ルールでは1分間の延長戦となった。

この時に私は疲れて、もうふらふらとなっていた。
本当にしっかりと心も身体も鍛えてきた人は、ここで力が出るのだと思ったが、
その時の私は、「もう終れば良い。」と思ってしまい、戦意は喪失してしまった。

ここまで書いて、恥ずかしい話だと思った。
結局、疲れと精神的な弱さで、軽く入った上段突きで負けてしまった。
それでも、別に恥ずかしいとも、悔しいとも思うことが出来なかった。

やっぱり、空手に取り組む姿勢が100%で無いということなのだろう。
自分の生き方としては、ある意味もっとも忌み嫌うことであり、
本来許せないことであるが、今日はあまりそのことに対しては感じなかった。

それより、試合直後、本当に息が上がって立ち上がれなくなり、
吐き気を催し、全身に急激な痛みが走った。
後で妻に話しをしただけで、誰にも言わなかったが、相当消耗していたのだと思う。
自分の体力的な限界というのは、普段出力していないからわからなかった。

それから、防具の準備をしていなかった。
そのため、超美男子の先生にお借りしたのだが、私の試合の直後、防具を返し、
それをつけて戦った超美男子の先生が直ぐに負けてしまったのが、
私にとってはとても残念で、迷惑をかけてしまったことを反省している。

それから、直ぐに型の試合となった。
一試合目は知人との試合の予定であったが、試合を休んでいて、
体調不良か、何かあったのか心配になってしまった。
要するに不戦勝であった。

そして、2回戦目は、後の演舞でブロック割をした岡山を代表する選手でだった。
勝ち目が無いと思いつつも、一生懸命にやろうと思って懸命に南光を打った。

後にフィードバックをもらったが、声(気合)は非常に良く通っていたようである。
動きのほうは遠くてよく見えなかったようだが、私としては、
連突き→前蹴り→突きのところで身体がぐらぐらになったのが気になった。
結果としては案の定負けてしまった。

私の試合については、試合前に思っていた通りの結果であったので、
正直なんとも思わなかった。
ただ、こんな気持ちで試合に臨んでしまったことが、口惜しい。
テニスのときにこんなことは無かったし、もっと熱くなれたように思う。

対策としては、もっと時間をとって、あるいは、メリハリをつけて、
負けたくないという執念がわくまで練習することだと思った。
まだ白帯だし・・・。
というわけで私のほうは終了した。

そして、耕の型試合である。
メインアリーナから出ると、子供達が型の練習している。
そして、耕もその中にいて、でも全く練習していないのである。

ダイキが私のところにきて言った。
「耕くんは、全く練習しないんだよ。」っていった。
私は言った。
「練習した人が最後に勝てるんだよ。」っていった。

耕はそれでも練習をすることなく、私が話しかけるとこういった。
「絶対に勝つよ。」
妻に後で聞いたのだが、昨日1人で練習していた様子だった。
本人はその時点である程度実感していたのだろう。

そして、試合になった。
1回戦は試合が無く、2回戦「しこ突き」からスタートだった。
耕の明るくて、元気で、魂の入った声が会場に響き渡った。
そして、4本の旗があがり勝利した。

3回戦目の前蹴りでは、副審2対2の微妙な判定であったが、
大きく声を出していた耕に主審の軍配が上がった。
この試合で準決勝進出が決まった。
耕の誇らしそうな笑顔が、目に焼きついた。

そこから、しばらく休みに入ったのだが、色々と回想していて、
中学校のときにテニスの試合に出ていたときがよみがえった。
コートサイドに父の姿を見たことが無かったのだが、
私も父に頑張っているところを見て欲しかったなと思ってしまった。

そして、準々決勝戦は拳手法であり、ちっちゃいけど、気合が入っていて、
腰が低い、力強い女の子に負けてしまった。
負けても、あっけらかんとして、さわやかに振舞う耕に、
親ばかながら本当に純粋で優しい好青年だと思った。
その子とも試合が終った後、談笑している様子だった。

これが、今日の成果である。
耕のたっての希望もあり、くら寿司に夕食に行った。
めちゃくちゃ込んでて待たされてイライラしたが、怒っちゃいけないと思って、
努めて笑顔でいたのだが、やっぱり・・・。
ダメだなっと思った。

「何が、イライラさせているのか。」

  1. どの位まったらいいかわからないこと
  2. 待っていることでの時間の浪費
  3. お腹が減っていること
  4. 疲れているのに立ったまま待っていること
  5. ここで無いといけないという耕のわがまま

どれを取ってみても、合理的な大人の論理があったり、
それから、自分勝手な考え方によるものである。
耕が頑張って試合で勝って、その勝ったことを心からたたえようという意識は、
上記の振り返りの中からは、まるで無いのである。

ただ、その怒りを抑えようとしていたし、
味わおうとした時に、味わいきれない感覚が残ってつらくなった。
何が邪魔をしているのかということになるのだろうが、
それは、耕の気持ちを理解しようとしない自分自身なのは明白である。
子供のよろこびを受け止められない、嫌なやつだと思った。

今日も自分を承認する。
「少しでも耕の気持ちを汲んで、楽しく、笑顔で、夕食を食べようと意識したね。」
といってみた。
「その気持ちが大切だし、我慢してでも乗り越えられたね。」
と返って来た。

相手のうれしい、楽しいという気持ちを大切にしたりする心、
勝負で絶対に勝ちたいという心を、しっかりと鍛えて言いたいです。
今日もありがとうございました。