アーカイブ: 2008年10月3日

第273号:密かなる欲望。

今日は、今までの疲れを全て洗い流すかのように寝た。
本当は、明日の研修の準備に時間をしっかり掛けたいのだが、
体と心がついていかず、朝は7時くらいまでゆっくり寝た。

そして、昨日は夕方17:40分頃に鍛える師匠と一緒に、
総社のうどんよこたで大盛りのかき揚げうどんを食べて以降、
何にも口にしていなかったので、朝ごはんを食べようと思い起き出した。

1件のスケジュール変更もあり、健康診断以外には何にもなかったはず、
と思った瞬間に、ガビーンときた。
朝は食事したらいけない、ということに気がついたのである。

慌てて健康診断の案内を見ると、やっぱり、今日の0時以降はダメだと書いてある。
なら、もっと遅く食事すればよかった!!
めちゃくちゃお腹が減っているのでショックである。

というわけで、午前中は明日の準備を腹が減りながらも少しずつ進めて、
昼前には会場である商工会議所に向かった。

3階ということなので、エレベータであがると、私がとても好きな人である
1人のおもろいおっちゃん指導員と、笑顔が素敵でグラマーな女性、
私が出勤すると笑顔でお茶を入れてくれる女性の3人がいた。

そして、「お待ちしてました!!!」と声を掛けてくれた。
めちゃくちゃうれしかった。
お待ちしてくれたという言葉には、私がその人の心の中にいたということなのだ。

ちょっとはずかしいのだが、紙コップを持ってあちこち行ったり、
着ているものを脱いだりというのが健康診断なので、
なんとなく普段とは違う空気に、妙な親近感というか、一緒にいるという感覚がした。

男性も女性もいろいろな検査をしてくれる方を、はしごしながら歩いていく。
あほな私は、ひとりひとりに質問をしたり、今の自分の状態を伝えたりしながら、
会話を楽しんでいく。

じっと相手の瞳を見ながら話をするのが、めっちゃ楽しい。
看護士さんということで、特に女性の方が笑顔で気に掛けてくれると異常に心地よい。
特に、心電図のところにいた人はとてもかわいらしかった。
(ルックスも好みなのだが、そのホスピタリティ溢れる姿勢がたまらなかった。笑)

余裕があると、我ながらろくなこと考えないなと思いながら診断を受けた。
最後の胃の検査で、バリュームを飲んで気持ち悪くなった私は、すごすごと家に帰った。

帰ってからは、食事をしてまたパソコンに向かった。
やるべきことに手がつかず、メールやブログを読んだりダラダラしてしまった。
疲れもあるし、なんとなく心のエネルギー不足だと判断して、思い切って寝ることにした。
本当に夕方ごろまで寝ていた。

目が覚めるて、商工会議所の素敵な笑顔の女性やおっちゃんの顔、心電図の看護士さん
そして、ある人からのメールのことを考えていると、気付きが振ってきた。

人の気持ちの中に入り込んで、その人の心の中で生きたい。

今までの自分を振り返ってみた。
そうすると、ないがしろにされたり、他の人と比較されていい加減に扱われると、
その人自身への関心が低くなる。
ひょっとしたら、その人にとって一番になりたいという想いがあるかもしれないと思った。
(何の分野でもいいんだけど・・・。)

・・・母がいない。
・・・自分を見つめ続けてくれる人がいない。
・・・そして、愛に飢えているのかな・・・。

そう考えると、妻は本当にありがたいのだが、
今現在、男の子2人、そして、お腹の中にもう1つの命がある。
私よりは、そちらを大切にするべき時である。

そう考えていると、妻の手間や苦労を少しでも受け止めてあげて、楽にしてあげて、
理解してあげることが大切なんだろうとあらためて感じた。
そう目標設定を考えてみたい。

「妻を楽にしてあげるために、直ぐ始められることは何か。」

  1. 食器洗いを手伝う(結構やっている)
  2. 早く帰って、お風呂などの子供の世話をする
  3. 空手の行きかえりは完全に自分がする
  4. 妻に任せている会計処理の仕事を自分でする
  5. 肩をもんだり、マッサージをしてあげる

妻に何がいいか、聞いてみた。

  1. 足のマッサージ
  2. 何かおいしいところに食べに行きたい(いっぱいある)
  3. お風呂掃除
  4. 耕君、龍君の相手

最後に、「耕君、龍君の相手をしてくれてたら、そんなに家事が負担と言うことはない。」
ということが印象に残った。
自分のことより、子供たちの楽しみやしあわせを優先して考える妻に頭が下がった。

というわけで、私がすることは下記の通りである。

  1. 食器洗い(夕食後毎日)、お風呂掃除(夕食前毎日)
  2. 耕君、龍君の相手(休日昼、夕食前後毎日)
  3. 妻の足のマッサージ(週1回)

というあんばいである。
毎日といっても、間違いなく仕事の都合上、帰って来ることが出来ないことが多い。
毎日というところは、毎日ではなく、週3日とすることにした。
これでも少し自信が無いかもしれない。

その上、ハラハラドキドキのスリリングな感じも無い。
妻の足のマッサージを会話をしながら、毎日と言うはどうだろうか。
ちょっと、これはとっても密接な感じで、ドキドキするかも・・・。

仕事と家族、そして、人間関係に対する価値観の間で戦っている自分が出てきた。
今をしっかりと受け止めると、私の想いや過去に対する償いのために、
家族を大切にするタイミングだと感じた。

今日も自分を承認する。
「自分の欲望を素直に認めて、それを欲しいといえることが出来たね。」
といってみた。
「密かなる欲望って言うのが、とってもいい感じでずっと持っていて欲しいな。」
と返って来た。

相手の想いをかなえ、自分をインストールするという密かなる欲望を持って言いたいです。
今日もありがとうございました。
ちょっと怖いかな。

第272号:自分を伝える。

今日も早朝ミーティングであり、寒いなと思いながら何とか布団から抜け出し、
昨日から作りはじめている資料を完成させて、出発することが出来た。

というわけで、昨日から結構なプレシャーがあって、朝気持ちが悪くなった。
風邪ではなく、単にストレスから来るものだと思う。

打ち合わせのほうは、朝からISOの内部監査員教育による導入支援、
その次はISOの導入に関してのアドバイス、
そして、午後からもISOの運用レベルアップに関しての内容であった。
まさに、ISO三昧である。

そして、夕方は鍛える師匠と一緒に県北の商工会で農商工連携のセミナーである。
1件目から2件目に移るときには、ラジオ越しに可愛い師匠の声も聴きながら、
移動することも出来て、ご機嫌だった。
大切なスタッフと何らかの方法でコミュニケーションを取ることが出来た。
うれしい、うれしい。

今日もあまり余裕がないので、できるだけ簡単に書きたいと思うが、
コーチングをやっていると、相手の感情や望んでいることを聴くことに焦点が当たり、
自分が大切にしていることを伝えるということは少ない。

それはそうだ、自分が大切にしていることを伝えるということになると、
それは、レベル1による傾聴ということになり、自分に焦点があたった状態だからである。
コーチングとメンタリングの違いのような点になるのだろう。
ただ通常のコミュニケーションにおいては、想いを伝えるということは重要である。

最近の私は、あまり恥も外聞もなくなってきているらしく、
本当にストレートに自分の心を伝えることができるようになった。

「私の気持ちを大切にして、伝える内容にはどのようなことがあるか。」

  1. うれしい、楽しい、かなしい等の自分は感情を表す言葉
  2. 相手の良いところを見つけて、誉める言葉
  3. 相手の大切にしている事を見つけて、それを認め、育て、励ます言葉
  4. 相手が望んでいるのに満たされていないことを満たす言葉
  5. 相手が望む方向に進むための事実のフィードバックの言葉

良く考えてみた。

「何のために、私はこのようなことをしているのだろうか。」

心からよろこんで欲しいし、生きる希望を持って生きて欲しい。
少しでも、ちょっとでも、1%でも、1円でも、1秒一瞬でも・・・。

そして、勇気や安心を提供し、行動し、感動を味わう。
まさに、生きるよろこびの輪を広げるのである。

最近実践できるようになったことがある。
それは、「見返りを求めない。」ということである。
逆に、完全にビジネスの世界だと、それを要求することを意識的にしているし、
それが、お互いの関係を築く上で最も重要だと捉えている。
逆に、生身の人間同士の付き合いということになると、
このハートで生きることのほうがしあわせなのである。

相手のよろこんでいる顔を見る、声を聴く、そこに自分自身がいるような気がする。
それが存在意義を感じるということなのかもしれないし、
それが自分がしたことに対して求めている見返りなのかもしれない。

こんなことを書きながら、ちょっと不安な気持ちが起こる。
いつでも、どこでも、相手のために惜しみなく持っているものを提供し、
見返りを求めない自分でありたい反面、
疲れて、心がからからで、のどの奥から手が出るほど、承認の言葉が欲しい自分がいる。
これもまた自分の真実であるので、しっかりとその感情を味わってみたい。

愛しいクライアントが私に良く承認のメッセージをくれるのを思い出した。
うれしくて、安心して、どっちがコーチか分からないくらいの力強いメッセージである。
いつも本当にありがとう。

今日も自分を承認してみる。
「自分の気持ちに素直に、想いを感じ、伝え、そして、楽に生きられていたね。」
といってみた。
「この軽い感じが、本当の自分かどうか、もう一度確かめてみたら。」
と返って来た。

ありのままの自分で、相手のために気持ちを伝え、喜びを感じる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。