アーカイブ: 2008年9月

第269号:占い。

今日は商工会議所の日だった.
朝夕の冷え込みでどうやら風邪を引いたようだ。
頭が痛くて、消化器系の内臓に痛みのようなものを感じる。
そういえば、息子たちがも鼻水を流したり、ゴホゴホやっているのを思い出した。

今日は商工会議所の日であるのに、なんとなく晴れ晴れした気分ではない。
着いてからある1本の電話の着信で、気持ちがそっちに引っ張られ、
なんか暖かいものに引き付けられたようになった。
体調が悪いときには、自分の心のゆれも大きくなるのである。

今日の仕事は、創業セミナーの企画や、創業者への相談であった。
一応、やる気のある3人創業者の気持ちを感じながら過ごすことが出来たし、
それから、商工会議所の笑顔のカメラマンが、写真をいっぱい取ってくれた。
いつでも写真取ってあげるからって言われて、
一緒にコミュニケーションを楽しんでいる感じがとっても良かったし、うれしかった。
「共に楽しむ」って言う感じである。
(おまけに飲みに行く約束もしたよ。)

そして夕方は、農商工連携、および、新製品開発の打合せの予定であったが、
都合が悪くなり、日を改めた。

そして・・・、今日は岡山大学インキュベーションに入るのだが、
いつも何がイベントがあったり、重要な意思決定があったりする時に相談にいく、
占いのおじいさんに会いに行った。
父が長年付き合ってきた人である。

「私に関連する大切なことで、今まで何を占ってもらってきたか。」

というか、もともとは父が大切だと思うことを占ってもらっているわけだが・・・。

  1. 実家の建て替え
  2. 私の結婚相手、時期の良さ、そして、その相性
  3. 関東から岡山に帰るときの時期や方位
  4. 耕之助の名前
  5. 龍之助の名前
  6. 有限会社エヌティ・クリエイトの名前と開業の時期
  7. そして、今回の新設事務所の方位と移転の時期

数々の人生のイベントにおいて、意見をもらっている。
その昔、父が家族に関する大きな意思決定をしたときから話をしているらしい。
なぜか、今までこのおじさんにアドバイスしてもらった結果上手く行っている。

というわけで、今回も相談し、岡山大学インキュベーションへの入居の予定を、
11月5日水曜日の大安吉日とした。
そして、事務所開きは潮が大きく満ちる10時とした。

「このように占いをし、何かを決めることにどんな意味があるのか。」

家族のしあわせや事業の発展を願うことである。

つまり、自分で自分がしあわせになるということを宣言し、確信することでもある。

行きたい方向を決めて、後ろから押してもらうような感じである。

もちろん、名付けなどにおいては“ノー”と言われたこともある。
しかしながら、それは宇宙の法則との交信であり、
それと合わないことはしないということだと理解している。
結局、その結果は納得がいくように自分が意思決定しているということになる。

そして、おまけに今回はこんなことを言ってくれた。
私についてである。
これは、紙に書かれたままをそのままブログに書いて見る。

西田和英
昭和45年6月12日生(男) 庚戌3 壬午1
・一生の運勢の良い人
・資格免許を持って職業につくと良い
・人の上に立ってリーダーとなる
・行動力のある人
・店長、社長、部長となる
・元気な体、よく動く、働く
・スポーツマン
・金銭運の良い人
・頭の良い人

運勢の良い年 19、20、22、25、26年度
少し休運の年 18、21、23、24年度

というあんばいである。
白髪で伏目がちのおじいさんであり、その瞳をしっかりと見ることはできないが、
伏せた瞳の向こうでは、私の幸せを願っている一つの心があるように感じた。

どちらにしても、今年も含めて向こう7年は4勝3敗、
そして、基本的に運勢の良い人ということなので、大きな心配要らないそうである。
今回も自分を信じてみようと思えるようになった。

その自分を信じようと思った瞬間に不安が立ちこめ、本当だろうかと思える。
これが自分の心理的なポジションの変化による、反応だということもわかった。

その後、家に帰って空手に行き、いい汗をかいた。
ちょっとだけ、自分の心の位置が悪いせいか、不安だったり、寂しかったりした。
その後も寝るまでその心はおさまらなかった。
風邪のせいということにしておこう。

夜、フリーマガジンの美咲の竹内君から電話があって、
「自社サイトでブログ取り上げていいですか。」っていってた。
ちょっと恥ずかしかったけど了解した。

さらに、12月号で“チェンジ”というテーマで出版するけど、
また記事を書かせてもらうことになった。
それと同時に、森田恵子についても良い形で取り上げてもらうこととなり、
更に話を進めていると、私との対談形式の記事を作るということになった。
ライターとして妄想の女王を起用しても面白いかもしれない。

私としては、いろいろな形で、周りの人と深いつながりができ、
そして、皆が望みをかなえて、生きるしあわせを感じてもらえると私もうれしい。
これからそんなことを一生かけてやっていきたいと思った。

今日も自分を承認してみる。
「自分の寂しさとも向き合い、人のしあわせをエネルギーに変えられていたね。」
といってみた。
「そう、自分の生きるテーマに沿って、エンディングのイメージへ向かっているね。」
と返って来た。

今の自分の生き方に自信を持って、大声で叫びたいです。
今日もありがとうございました。
またお会いしたいですね。

第268号:野球少年の心。

今日は日曜日、昨晩から耕に明日の朝はジョギングに行くと伝えておいた。
少し疲れていたのか朝はゆっくり目が覚めた。
そして、嫌がる耕と一緒にジョギングに出かけた。

準備運動をして、軽く走り始めた。
まだまだ、グズグズしている耕を想うと、気持ちが前に向いていないことがわかる。
遊園地の坂を上り、細いトンネルを通った。

その細いトンネルの中で、いつも壁に手をつき、足上げトレーニングをする。
いつもなら足をつかみ、その足を私の手を使ってあげるイメージを作るのであるが、
今日は比較的フリーにして、腰が下がらないように押さえていた。
本人の力で足上げトレーニングをしたのである。

そして・・・、また走り出したが、異変が起こった。
遊園地を通り抜けたところから、急なのぼりの坂道になるのだが、
そこに差し掛かったところで、耕が「よしっ」と叫んだと思うと、
全力疾走でその坂道を登って行ったのである。

一生懸命に追いかける私(といっても私はさすがに全力ではない)、
前をしっかりとにらみ、渾身の力を込めて、ひざを前に押し出す耕、
もう後30mくらいのところで、「最後まで!」と叫ぶ私。

基本的には、この坂をゆっくりでも走って上るのが嫌で走るのを拒んでいたのに、
今日はそれに向かって耕が立ち向かったのである。

上り切ったところで、ゆっくりと呼吸を整えながら、いつもの見晴らしの良いところに。
ついた瞬間に耕を抱きしめて、「よくやったね。気持ちが前向いてたね。」と、
思いっきり承認した。

満足そうに遠くを見つめ、小さく頷く耕の横顔は自信に溢れていた。
更に質問してみた。

「今日の眺めはどうだい。いつもと違うか。」

「うん、違う。」と小さく頷き、返って来た。

「なにが、どうちがうの。」とききたかったが、
じっくりとその感覚を体で味わっているのが感じられたのでやめておいた。

そこから、小学校の裏のグランドが見える場所に出た。
中庄ビッグボーイズという少年野球チームが練習をしていた。

そうしたら、グランドの中から手を振る“歳を取った野球少年”がいた。
先日あるクライアントの施工業者としてばったりと会った一つ下の幼なじみだった。
子供たちを指導したり、野球の話を語る野球少年の瞳は、
もう一度甲子園やプロ野球への夢へ向かっているような感じがした。

同時に先日の耕の誕生日に父からバットとグローブがプレゼントされたを思い出した。
父は子供のころから野球選手になりたかったらしく、その夢を未だに持っているのだろう。
夢というのはこんな風に次の世代に伝染していくのだろう。

家に帰って朝食を食べながら、江川が出ている日テレの朝の報道番組を見ていると、
桑田真澄の引退さよならイベントを開いているシーンだった。
どうやら欽ちゃんを始めとした有志によるさようなら試合が行われたようだ。

最後の最後まで野球が好きで、夢をあきらめずに、
白球を投げ続けた一人の男がユニフォームを脱ぐシーンであり、
その生き様に感動し心が震えた。
いろいろなことがあったと思うが、きっと、その野球人生をまっとうできたのだと思う。

「あきらめをなくし、生きるよろこびの輪を創る」

私が生きていて、この世の中で実現したいことが再度確認できた。

昼前からは、加藤せい子ちゃん率いる総社の“ちみち”のイベントを家族で見に行った。
本当に多くの参加者が楽しそうに町を歩き、
さらには、メインストリートにはいろいろな仕掛けが施され、
それも、主催者側が用意したものもあるが、どちらかというとその地に住む人が、
工夫し、その手で作り出したものが多いように感じた。
活気とエネルギーのあるイベントであった。

多くの人が動くイベントだからこそ、いろいろな問題はあるのだろうが・・・。
最高の出来だと思った。

せいこ子ちゃんは街中を自転車で観察していた。
そして会って、手をつないだ。
真剣な瞳には、リーダーとしての誇りと責任が感じられた。

夜は師匠との打合せであった。
相変わらず、私のばらばらに出てくるやりたい話しを、整理しながら聞いてくれる。
そして、お互いに人のよろこびについて意見を交換したり、
カウンセリングやコーチングの手法を持つ支援者としてのスタンスについて、
お互いの理論から答えを求めようとするプロセスが本当に楽しかった。

今後の方針も含めていろいろな物がまた見えてきたし、
実施すべき超短期、短期、中期の課題も明確になってきた。
本当に感謝である。

今日も自分を承認してみる。
「自分のエネルギーが強く動く方向に、時間を使っていくことが出来たね。」
「結局メールやブログの時間は長く使ってしまったけど、エネルギーが大切だね。」
と返って来た。

本当の想いを大切にし、その人を信じ、生きるよろこびを分かち合う自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第267号:緊張と緩和。

今朝は朝起きてブログとメールを書いた。
特にブログは毎日30分以内で書くというコミットメントを、
昨晩のコーチングセッションの中でしたので、早速取り組んでみた。

結論から行くと、測定してなくてわからなかったのだが、
昨日の昼ごろ少し書いたものがあったのと、意識的に早くしたので、
いつもよりは短かったと思う。
シンプルな感想としては、まだまだ早くなったという成果は感じられない。

でも、エネルギーは高くなっている。
午前中のミーティングでもしっかりと相手の気持ちを受け止め、味わい、
弱みや苦手なことも考慮しながら、進めていくことが出来た。
途中で自分の我が出るシーンもあったが、基本的にコンサルティングなので、
OKということにした。

昼からは一旦家に帰り、一路大阪へ。
CTIジャパンの組織である関西鍋に参加するために向かった。

家を出て中庄駅に着いたときくらいから、なんとなく自分の気持ちが変化したように感じた。
楽になったような感覚や、軽くなったような感覚がしたのである。

「何が楽にさせたり、軽くさせたのだろうか。」

  1. 義務とか責任とかから逃れられること
  2. (新幹線にのる)しばしの間、ゆっくりと思考をとめられる
  3. 開放されること
  4. 寝られること
  5. 好きなように出来る

なんか拘束されていたり、責任として重く感じていることから、
開放されたいと思っているようである。
結構、仕事が楽しいといいながらも、ゆっくりと休みたいという欲求があると解った。
これも、エネルギーを高く保つための重要なファクターである。

緊張と緩和を上手く組み合わせるということだろうか。
気持ちの切り替えがへたくそな私は、どちらか一方に偏る傾向が強い。
だから、疲れるのかもしれない。

具体的には、朝から晩まで働きっぱなし、もしくは休みの日に1日寝っぱなしになる。
こんなのもある。
休みの日でも1日仕事が気になって、肉体的には子供と一緒にいても、
精神的には、常に仕事のことが気になり、「何時に帰って、何時からあれをやろう。」
というようになっていることがあるのである。

「どうなったらいいのだろうか。」

  1. 平日でも緊張の中に潤いがあり、人やモノや空気を常に味わっている
  2. 何にも囚われることなく、自由である
  3. 別に緩めるのではなく、その場を100%で生きる(寝るのもそうかもしれない)

という按配である。

関西鍋に参加した。
本当にコーチングと人が大好きな人が集まっていて、心安らかだった。
コーアクティブコーチングの血の流れる人たちであり、
人生のレベルのコーチングがそこにはあるような気がした。

独立したコーチの方は比較的少なく、企業内コーチの人が中心の組織であったが、
目標管理やマネジメントについて実務者としての意見が聞けて本当にためになった。
やはり、組織と個人の目的や目標を一致させるのは難しいようである。

コーチングとしてのアプローチは、「本当はどうしたいの。」という質問を軸とし、
その個人の生き方の中で、仕事をどうして行くのかを考えるべきだと思った。
自分の好きなことを、自分の責任でやり遂げたいという人には、
会社から提示される条件などはどうでも良い話になってしまうのだろう。
もちろん、安定や安心を望む人にとっては、会社は自分の理想を実現する
最も大切な場所となるのである。

CTIジャパンの創始者から直々に手ほどきを受けて関西鍋を預る照さん、
そして、今回私のほうへご案内いただいたたえさんにオーガナイザーの相談をした。
そうしたら、本当に快く応援してくださることになった。

照さんは、もし岡山で会を立ち上げるならば、応援に行くし、
岡山のほかのメンバーにも声を掛けてくださると・・・。
たえさんは、絶対に応援に行くからといってくれた。
うれしくて、うれしくて・・・。

私は焼肉の会には出ずに帰ることにしたのだが、皆さんわざわざ大回りしてまで、
改札まで見送ってくださった。
最後はみんなとシェイクハンド!!
深いつながりという価値観が満たされ、この上ない幸せを感じた瞬間だった。
そして、ご一緒いただいた皆様方、本当にありがとうございました。

そして、たえさん、本当に心に響く言葉と焼肉の写真のメールまでくださった。
私の暖かさを放つエネルギー、笑顔について認知し、そして・・・。
再び、“勇気を持ってセンターコートに立とうとしている”という表現で、
私にこの上ない認知と励ましのメッセージを贈ってくださった。

これが、CTIの持つパワーのある本物のコーチだと思った。
また、一人でメールを見ながら涙でボロボロになってしまったが、
エネルギーが異常に高まるのを感じた。
本当にありがとうございます。

家に帰ってからは、ご飯を食べて、コーチングについてちょっとごそごそして、
相手の顔を思い出しながら、メール書いてからねた。
私もみんなにあふれ出んばかりのエネルギーを提供したいと思った。

今日も自分を承認する。
「自らの感性を信じて、本当にいい人の中に飛び込んでいけたね。」といって見た。
「そう、きっと自分のセンターコートを見つけることが出来たんだね。」と返って来た。

もっと人を深く感じ、思い、そのエネルギーを注ぎ続けられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第266号:人を想う。

今日は早朝の内部監査員教育だった。
家を出るとき雨が降っていたが、そんなに陰鬱な感じはせず、
雨粒が落ちてはじける感じが心地よかった。

それから、お客様について車を降りるときが土砂降りで最悪だった。
そして、寒さを感じながら、昨夜出したメールが返ってこないのが、
心臓に小骨が刺さってヒリヒリしているような気がした。

昨日のブログに書いた左手の儀式を車が止まったときや、
それからお客様についた時にも再度やってみる。
そうすると、ハートが安心してよみがえり、静かな気分になった。

そして、相手を想う。
・・・・・。
全てを受け入れられるような気がした。

案の定、作業があまり進んでなくて、通常だとカッと来るところであるが、
そのことについての問題点やその影響についても冷静に捉えることが出来た。

コーチングの関係にあれば、その冷静さを持って本気で関わるべきところだろう。
本来的には、大きい主題や小さい主題があればこそ、コーチングは機能するので、
今回は、めぐじらを立ててまでアドバイスする必要はないと判断した。

その後、長いお付き合いをしている企業へ行き、
その場の空気を感じつついろいろな人と話をした。
空気からは読み取れなかったのだが、トラブルが発生している模様だった。
話をすることでその現象を極力集めて、何が問題なのかを考えてみた。

イメージが出来たところで、その会社の一人一人を想ってみた。
みんなの動揺していたり、不安に思っていたり、自信をなくしたり、
そして、批判的になったりしている表情が目の前に浮かんだ。

そこから、またもISOの内部監査に参加した。
経営者に対する監査であり、従業員はビクビクしながらの監査である。
私は、マニュアルの基準と事実をもとに、アサーティブに毅然とした態度でフォローした。

みんな仕事を一生懸命に仕事しているが、
その状況の中での精一杯になっていることや出来ていないことは沢山ある。
具体的にどんなことが起こっていて、それは何が理由なのかを冷静に振り返り、
システムやプロセスの改善に結び付けていくのが理想なのである。

やっぱりこの社長はさすがだと思った。
人のせいにしたかったり、プライドが傷つけられたりするのから逃げようとしたりせず、
しっかりと痛みを味わい、自分の責任でそれを乗り越えようとする姿に感動した。

そうすると、やっぱり従業員からも「私が責任を持って・・・。」という言葉が出ていた。
私が最もISOが機能していると感じる一瞬が目の前にあった。

そして、夕方はとある商工会議所へ。
あるご当地ラーメンが出来た話を本当に楽しそうに語る経営指導員の方。
その人の瞳には、遊び心と人のつながりを大切にする心を感じた。

さらに、ある方との打ち合わせ。
賃金制度の話で、会社が良くなることをやりたいし、本気かどうかが大切といってた。

そして、夕方は耕の誕生パーティーだった。
帰るとうれしそうにはしゃぐ耕の声が聞こえた。
おじいさんからは、グローブとバットを買ってもらい、
ケーキは名古屋で行われた愛地球博にいった時に買った、
リニアモーターカーのNゲージを基に作ったものだった。

そして、なにより今日はおじいさんと一緒に芋ほりをして、
将棋のコマを使った遊びである“金ころがし”を教えてもらったらしい。
耕とおじいさんが、理屈なく、無心で楽しんでいる姿が印象的であった。

おじいさんを想ってみる。
今生きていることとしっかり向き合い、自分の孫へを純粋に可愛いと想っている心、
そして、健やかに成長することへの祈りのようなものを感じた。
グッとこみ上げるものがあった。

そんな時私は、仕事のことで頭が一杯で、
誕生会の場に100%でいられない自分を察知していた。
なんとか70%くらいまで上げられていただろうか。
戦いではないが、おじいさんと比べて、耕を想う心は負けているように感じた。

そして、クライアントとしてのコーチングセッションが今日からスタートした。
ビジネスのスピードを上げるというテーマから、
余裕とエネルギーのあるタイムマネジメントに変った。
今日の1日の流れの集大成であるように感じた。

そして、愛しいクライアントとのメールセッション。
逆に私がコーチングを受けて、信じてもらい、勇気付けられるような感じがした。
さらに愛しさが増した。

最後になるが、ビジネスパートナーとの電話での打合せであった。
ある研修についてコミットメントを求めたのだが、大変失礼なことをしてしまった。
既に十分コミットメントはもらっているのである。

私の感じる力、そして、その感覚を大切にする力が足りないと思った。
もっというと、コーチの基本である信じるということのブレのようなものを感じ、
ぶれないための仕掛けも考えてみたいと思った。

だらだらと今日は書いてしまったのだが、
相手を想う時、私の力は最大になる。

イメージとしては、自分の中から押し出すのではなく、
相手の想いを感じて、その中に飛び込んでいくような感じである。

そして、それを実現するために左手の儀式を繰り返して生きたい。
生きるよろこびの輪を広げていくために・・・。

今日も自分を承認する。
「相手の想いをしっかり感じ、苦手な準備にも取り組んでいたね。」といってみた。
「とてもいい感じだよ。」と返って来た。

世界中を包み込むくらいの大きさで、人を想う自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第265号:対策。

毎日こうやってブログで振り返って、自分なりの改善を繰り返したいのに、
ここに来て進化が止まっているように感じる。

今日も県東部のほうへ朝から出かけて、コンサル案件に取り組んだ。
ここで待っていたのは、「聴こえているのに、反応できない病」であった。

行く途中は、森田恵子のフレッシュモーニング岡山を聴きながら、
とても心地よく、ご機嫌な感じで現地に向かっていた。
「がんばってるなー。」と思いつつ・・・。

余談だが、パーソナリティーが良いのはもちろん、
この番組の選曲は朝のすがすがしさやエネルギーが感じられて非常に良い。
眠気はかなり強かったが、おかげで居眠りするほどではなく、
無事に現地に着くことが出来た。

そして、席に座った瞬間、ある理由から参加者のエネルギーの違いがあった。
なのに、そのエネルギーをディスカウントして、自分のしたいことを先に進めてしまった。
結果として、振り返りや次の行動のコミットメントが弱くなった。

良くわからないかもしれないが、私としては結果もプロセスも不満だった。
とにかく、今何が起こっているかを把握し対応することで、
前向きなハートを作りたかったが、できていなかった。
気持ちや空気を聴くことにエネルギーを集中できていないように感じた。
ちょっと疲れているのかと思ったが、こちらのほうもスルーした。

午後一番の予定が無いので、一旦家に帰ったが、
ついた瞬間、布団に倒れこんで一瞬であるが寝てしまった。
気を失ったような感じで、動くことが出来なかった。

そして、昼からは商工会議所へ向かった。
創業の相談を受けるためである。
今日は、男らしくて、かつ、やる気に満ち溢れ、そして、十分な計画を持つ男だ。
言葉は少ないが、コンセプトについて語る姿は、とても魅力的だ。
内容に対して、笑顔でOKを贈ると満面の笑顔が返って来た。
是非とも成功して欲しい。

ビジネスプランで最も大切なのは、意図とそれに基づく仮説、そして、その根拠だ。
どんな企てを持って事業を起こすのか、誰に何をどのように提供し、
他店舗とは違う価値を生み出すのかという点である。
そして、その結果、どのような損益が生まれ、資金が必要となるのか。
また、その数値の根拠が細かく検討されているか等である。
12月オープンなので楽しみで仕方がない。

そして、ISOの導入についてのミーティングを実施した。
出来上がった組織図を拝見し、それをみるだけでも本当に多くの問題があった。
なので、修正を依頼した。

組織論の組織原則を思い出した。

  1. 専門化の原則
  2. 命令一元化の原則
  3. 責任権限一致の原則
  4. 統制範囲の原則
  5. 例外の原則

このことについて、組織論ではこれらのことは守るべきことであり、
(特に製造業は)
組織の硬直化などが怖ければ、運用面でのコントロールが必要な旨を伝えた。
検討するらしい。

このミーティングの中でも、今度は有頂天になっている自分が存在していた。
そして、一人一人の今何が起こっているかというところまでは、
アプローチできていなかったように思う。

そして、夜は空手(遅れていった)と約30分の軽いジョギングだった。
夜中は多くの方とメール、電話をした。
前向きで、楽しかった。

今日はプライベートな面では、本当に楽しい1日だったのだが、
仕事の中で自分が望むコミュニケーションと言う点では、前に進んでいない感じがした。

「どうすれば、本当に望むコミュニケーションの方向に進めるだろうか。」

  1. 例の儀式をやる
  2. その人の全体と周囲のイメージを準備する
  3. コミュニケーションのゴールとシナリオをイメージする
  4. コーチとしてのレベル2.3のコミュニケーションのイメージを持つ

その人と会う前に、今何してるんだろうとか、その人の事を想うことはとても気持ち良い。
ちょっと切ない表情が浮かんだり、バタバタとしているシーンが浮かんだり、
楽しく談笑しているシーンが浮かんだりするが、その人の背景が感じられるように思う。

そして、自分があったその瞬間からどんな状態なのかを察知し、
会話の中ではまっすぐにその人を信じ、全てを受け入れる。
こんな一連のことを思い出すために、私は左手で右の襟元をつかみ、
心臓付近や首元に問いかけるのである。
「大丈夫」とささやきながら。

これをバッターボックスに入る前に丁寧にやってみよう。
私の場合、丁寧とか具体的にというのは、苦手なことなのだが、
これを丁寧にすることで、自分の望んでいるコミュニケーションが手に入れられると思った。

今日も自分を承認してみる。
「今時分が出来ていないことに向きあい、対策を考えることが出来たね。」といってみた。
「自分のことも、きっぱりと信じて進んでみたら・・・。」と返って来た。

背筋を伸ばして、大地を踏みしめ、そして、自分のハートに自信を持って言いたいです。
今日もありがとうございました。

第264号:関係性。

今週は、コンサルスケジュールのキャンセルが多く、なんとなく変な感じである。
秋分の日があったのが、その理由としては大きい。
逆に私に余裕というプレゼントをしてくれているのかもしれない。

というわけで、少しでも前にということでHCDのコンテンツを整理した。
他にもやることは沢山あるし、緊急性が高いものもあるにもかかわらず、
なぜか、HCDを先に進めてしまった。

結局、仕事は夕方18時からコンサルが1件と、21時からコーチングが1件だった。
でも、それ以外のことも含めて、楽しいことがたくさんあった。
・龍も一緒に幼稚園に耕を送りに行ったこと
・森田恵子のフレッシュモーニング岡山というFM岡山の番組を聴いたこと
・昼から耕のガールフレンドのかなちゃんのお母さんと話しをしたこと
・ISOコンサルを提供している企業の方と、生産管理について語り合ったこと
・成長した妄想の女王と久々のセッションをしたこと
・そして、HP作りや販促コンサルタントについて自分が好きな人を巻き込めたこと

書いてみて今感じるのは、一見バラバラの内容に見えるけど、
いろいろな人と想いを感じあったり、一緒に生きていくということが欲しいのだと思った。
これが、私の純粋で基本的な想いである。

今日は基本的に晴れ渡るような気分だったのだが、いろいろな心の動きを感じた。

「想いとは裏腹な微妙な心のゆれを書いて見たらどうなるか。」

  1. こんなことに時間を取られていてはダメだ。やることは沢山あるのに
  2. 知識が減ってきている。この方向で本当にいいのだろうか
  3. 大きな主題が見つからず、どうしよう
  4. 言葉を発した後の“何が起こっているか”が、見えなくてダメだな
  5. 反映や認知や比喩、そして、質問が言葉にならなくてダメだな
  6. みんな愛しくて仕方がないけど、味わい切れず、言葉にならないな

こんな具合である。
いかに自分にダメだしをしているかが良くわかるし、少しあせっていたり、
先を急いだり、結果を求めたりすることで、十分に味わい切れていない。
私自身のいろいろなディスカウントが大きいように感じる。

「私の理想的なコミュニケーションはどのようなものか。」

  1. 相手に100%のエネルギーを注ぐし、感じ取っている
  2. 何が起こっているかその瞬間を味わい、率直に口にしている
  3. 相手を信じているし、その全てを受け止めている
  4. 欲に支配されたり、不安になっていない
  5. 型にはまらず、自然体でいることができる

ある研修の時にやった手をつないで押し合うようなイメージがよみがえってきた。

キーワードとして「信頼」という言葉が浮かんだ。
この信頼関係があるからこそ、協働が生まれるのである。
まさに、意図的な協働関係である。

お互いに一緒にいることで何を手に入れたいのか・・・。
この部分を良く擦り合わせしておかないと、お互いに不幸になるのである。
でも、今まで持っている関係性を変化させることも大切なことがある。

やっぱり、人同士は望ましい関係に焦点を当てて、かかわりを持つのが大切だと思った。
いままで、持っている関係を劇的に変化させるのも面白いかもね。
ちょっと、ワクワクドキドキしてきた。

今日も自分を承認する。
「相手との関係性を感じ、より良い方向に変化させようとしていたね。」といってみた。
「まだまだ、良くわからないことがあるけど、感じて望むことが大切だね。」と返って来た。

人との出会いにワクワク・ドキドキしながら、好奇心全開で言いたいです。
今日もありがとうございます。

第263号:頭よりハートで。

今日は早朝から京都に向かった。
コーチングラボウエストの合宿勉強会に行くためである。
本当は昨日から始まっているのだが、仕事の関係上、都合が付かなかった。

勉強会の会場は京都の北山の近くにあるセミナーハウスであるが、
生活道路を通り抜けて、その奥にあるコスモスが咲き乱れる畑を通り抜け、
森の木々の間にセミナーハウスがあった。
そこには非日常があって、ラボのその気遣いというか、その考え方の奥深さを感じた。

私のSVに会い、社長に会い、同期をはじめメンバーの方と会い、
緊張した面持ちで、セミナールームに入った。

入ってみるとギョッとした。
一人一人の現状分析のシートが全て書いて貼ってあるのである。
内容は・・・、あまり言わないほうがいいのかもしれないが、ほとんど全てである。
たぶん、恥ずかしいと思ったり、誇らしいと思ったりするような内容である。

それから、さらにそれに対して、会長のファシリテーションとアドバイスがあるのである。
みんなの全てを把握していて、否定することなく、暖かく包み込みながら、
厳しくアドバイスをし、まさにリーダーシップというか、メンターである。
そして、惜しみなく支援を提供する。

日本で唯一のプロコーチ養成機関なのである。
収入○○○○万円以上のコーチが20名だそうな。
私はそこにいて勉強させていただくことだけで十分だと思った。

そして、ラボの資源を使って何をしたいのかということについてペアセッションとなった。
私は女性の人気者とご一緒させてもらった。
その中で、一番の問題点は自分のコミュニケーションに関しての課題であり、
誰と何をしていく上でも問題を引き起こす悪玉であり、サボタージュである。
このサボタージュについて、また、コーチと一緒に問題解決したいと思った。

それから、リソースを活用したいことということなのだが、私がいつも身を置いている
製造や営業の現場改善のプログラム作りやその販売というところだろうか。

そして、人材難である製造業、販売業、介護福祉関連などの離職率の低減や、
採用難への解決策の話をしたら、即答でそのやり方について説明しくれた。
すごすぎる。

さらに、ペルソナ手法についても、その手法についても具体的な説明をしてくれたり、
その概念についてもっと勉強するようにアドバイスしてくれた。

ただ、同時に、今自分が進めようとしていることは本当に私がしたいことであり、
コーチングやファシリテーションのスキルが必要であるのである。
私が今のビジネスを成功に導くためのヒントが必ずここにあると確信した。

もたれかかったり、求めすぎたり、尽くしすぎたりすること無く、
自分の軸でしっかりと地面に立ち、仲間と一緒に歩んで行きたいし、
自分のやった実績で、逆に影響を与えられるようになりたいと思った。

「自分の力を信じる」

本当に多くの立派なコーチやコンサルタントが目の前いにいると、
どっちが上か下かなどを比較し、偉そうになったり、萎縮して卑下してしまう。
だからこそ、熱いハートをもって、具体的な行動をとって、
しっかりとした自信を築いていきたいと思った。

それにしても、最近、愛しく感じる人が目の前に現れると、異常な反応がおきる。
それは、私が生きている意味を感じる瞬間であり、とてもよいことなのである。
ハートの中でその存在が大きくなり、その人のために何が出るかを捜し求めてしまうし、
ずっと共に生きて行きたいと感じてしまう。
男女問わずである。

歳を取ったのだろうか。
なぜ、こんな風に熱くなるのか、またゆっくり見つめてみたい。

今日はそれと同時に、耕の空手の小さな大会があったのだが、
それを応援しに行くことはできなかった。
非常に、残念。
雄姿を見たかった。

今度は11月23日であるが、こちらのほうは自分も試合に出る予定であるので、
自分の姿も見せたいし、耕の頑張っているところを瞳に焼き付けたい。

今日も自分を承認してみる。
「人を好きになり、愛しく感じるハートがとめられないね。」といってみた。
「そのエネルギーを上手く活用してみたら・・・。」と返って来た。

頭で考えるより、ハートの熱さや震えを大切にして言いたいです。
今日もありがとうございました。

第262号:桃李。

今日は商工会議所の日だった。
あまり準備の要らない仕事なので、朝起きて前回の報告書を作成した。

同時に、最近、手元の資料作成が進んでいないのを感じているため、
朝の時間を使って、少しでも前に進もうという意図で、HCDの資料を作ったり、
インキュベーションの申請書を書いたりした。

1週飛んで商工会議所に出勤した。
なんとなく、いい感じだった。
みんなと少しずつ言葉を交わす感じが、社会の一員である感じがする。
ただ、なんとなく薄雲がかかっているような感じがするのである。

「この薄雲は何で出来ているのか。」

  1. 人やその場を味わい切れないことへの不安感
  2. レベル2.3による傾聴モードに入れない不安感
  3. 思ったような成果が上がらないこと
  4. ある人へからのメールが来るかどうかの気がかり
  5. 愛しいクライアントの状況

なんとなくだが、研修のスタートで実施したスペースチェックのようなノリである。
今の自分の気持ちの状態をシェアし、伝えることで平静な自分を取り戻すのである。
これが、朝の時点で誰かとできると、本当に1日がすっきりとした気分で、
あるいは、安心感を持ってスタートできそうなのである。

今日は、午後から面白い話になった、
経営革新計画を取りたいという企業があり訪問したが、
私としても、非常に興味のある分野であるし、経営革新計画が無かったとしても、
是非ともお付き合いしたいビジネステーマを持った人と出会うことが出来た。
とてもうれしいし、多分長い付き合いになるだろうと感じた。

まさに、ご縁である。
今までやってきたこと、やりたかったこと、今まさにやろうとしていること、
そういったこととの関連性が、非常に深いのである。
不思議なご縁というのは、本当にあるなと思った。

そういった点では、今日チラシが完成していたビジョンメイキングセミナーで
ご一緒する森田恵子さんも同様であるし、
今日も一緒に県北の商工会でセミナーをやった鍛える師匠も同じである。

後は私がいかに徳のある人格を持って、それだけでなく、ビジネスのスキルを持ち、
メリット、というか、しあわせを創り続けることが出来るかどうかが大切である。

「桃李不言 下自成蹊 (桃李いわざれども 下自ずから蹊を成す)」
桃や李はものを言わないが、その花や実を慕って人々が集まるので
木の下に自然に道ができる。

という言葉を思い出した。
耕の誕生した時に、畑に李の木を植えた。
また、昔からある白桃の木がある。

うちの庭のように、そんなよき人に囲まれた人生が手に入ると良いなと思う。

今日も自分を承認する。
「しっかりと人の気持ちを受け止め、味わおうとしていたね。」といってみた。
「今ひとつだけど、もう一歩落ち着いて、やってみたら。」
と返って来た。

ご縁を大切にして、少しでも多くの徳を提供できる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

所感!
これから京都にいって、ラボミーティングです。
もっと、ポイントを絞って、強いメッセージが贈れるといいなと感じた。

第261号:拠りどころ。

今日は早朝から倉敷の朝市である三斎市に支援スタッフとして参加した。
私はこの三斎市に参加して、イベントを盛り上げるのがとても好きである。
そして、そこに参加する人々と言葉を交わしたり、
気持ちを感じあったりするのが、とても気持ち良い。

今日も今まで話しをあまりしなかったスタッフとも言葉を交わせたし、
来場者の方とも微笑みあったり、ちょっと恥ずかしそうに遠慮されたり、
そういったふれあいがなんともいえないのである。

今日は、12月から立ち上げる“パーソナルアイデンティティを確立するためのセミナー”
の会場を見るために、鍛える師匠とともにあるお寺さんのセミナールームに視察に行った。
そのため、ちょっと後ろ髪を引かれつつも、三斎市は途中で退散したのである。

一旦家に帰ってから、師匠と共に出発した。
行く先には、今日ちょうどセミナーをやっている可愛い師匠もいる。
空は曇り空、いつ降り始めるのか解らないような天気である。
なぜか解らないが、気持ちはスッキリしなかった。

会場につき雨が降りそうなのに、入口から一番遠いところに車を止めてしまった。
これが帰りに大変なことになった。

会場に入り、セミナールームにたどり着いて少しだけ覗き込んだ。
そうすると、目立ってしまったらしく、一斉に参加者の方々がこちらを向いた。
後ろにひっくり返りそうになりながら、可愛い師匠に声を掛けられて奥へと入った。

ちょうど、参加者の人の1分30秒のスピーチとフィードバックが行われていた。
アナウンススクールの講義の一環ということで、本当にしっかりとした指導をする師匠が、
ちょっと怖くもあり、やっぱり、スペシャリストなんだということを感じた。
だんだん萎縮していく自分を感じていた。

さらに、悪いことに最後に一言コメントを求められた。
私は何を言おうかしどろもどろになって、「しっかり。」ということしか言えなかった。
師匠のほうは、発声や服装など、様々な視点からのフィードバックをしていた。
「やっぱダメだー。」と思った。

「何がダメだーなのか?」

  1. 消極的な自分の心
  2. 師匠と比較しての視点の少なさ
  3. その場の聴衆や空気を味わい切れていないこと
  4. 否定的な受け取り方

後で話をしていて思ったのだが、
師匠とは、もともとの意図していることが違うということがわかった。
それは、表現者に対して、きちんとフィードバックしないと失礼だという考え方である。
私は、自分が表現するということより、頑張って欲しいという気持ちのメッセージや
つながりを贈りたいのである。

最近、師匠がいろいろな人やモノを肯定的に受け取る分、
どちらかというと自分のほうが、むしろいろいろなことを否定的に見ているので、
そのあり方が、セルフイメージとのギャップを大きくしている。
その結果、なんとなくだが、自己否定感が起こっているように感じる。
修行が足りないと思った。

今日はそのまま家に帰ったが、気分が沈んだままで、起き上がってくる気配が無い。
やっぱり、私は承認されたり、期待されたり、人から好きだといわれたり、
人からエネルギーをもらわないと立ち上がれないのだろうと感じた。

そんな時、妻が夕食でお好み焼きをするから、
もやしと焼きそばを買ってきて欲しいということなので、買い物に行くことにした。
最初、耕に一緒に行くかと声を掛けたのだが、疲れたから嫌だといわれて、
ますます、暗い気分になった。

ちょっと恥ずかしい話なのだが、スーパーに着いて自分の癖を思い出した。
精肉売場の前についた時、半額のラベルのついた商品を探しているのである。

失業していた時や、自分でコンサルタントを名乗って仕事を始めた時など、
当時の不安や心配な感覚がよみがえってきた。

「本当に自分に出来るのだろうか。」

「このままいったらどうなってしまうのだろうか。」

「少しでも節約して、お金を手元に残そう。」

「スーパーで半額を買って何が悪い! 変んないじゃないか。」

等などである。

そんなことを考えつつ、半額のスペアリブを手に取った。
そうすると、なぜか解らないけど、久々に腹の底からわきあがるようなエネルギーを感じた。

「このエネルギーの源は何か。」

  1. これ以上落ちることは無いという安心感
  2. 自分の力で這い上がる、立ち向かうという価値観
  3. ここまで頑張ってこれたという自信

そんな風に考えていると、最近の自分はどうかしていたとあらためて反省した。
なんでも、好きなものにお金を掛けて、手に入れたり、口に入れたりする。
ある程度のことは、それで解決できる。

直ぐに人に頼ったり、お願いしたりする。
「自分で出来るところまでやってみろよ。」って思う。
お客様や仲間と同じ過ごすのでも、自分の軸をしっかりと持った上で、仕事を渡す必要がある。

「結局、自分の拠りどころってなんなのか。」

  1. 自分の想いや将来の姿
  2. お客様やスタッフの笑顔
  3. 今までの経験やその中で培われた自分
  4. 愛しい人たち(家族やクライアント)

結局はバランスなんだろう。

今日も自分を承認する。
「ここまで、どれだけ多くの壁を乗り越え、成長してきたか・・・素晴らしいよ。」
といってみた。
「自分の原点や初心をしっかり感じて生きてみたら。」と返って来た。

今ここにいる自分、そして、今回りにいる愛しき人々を信じて言いたいです。
今日もありがとうございました。

第260号:マイコーチ。

今日は久々にオフにしようと思ったので、いつもよりゆっくりと起きた。
起きて何をするのかというと、やっぱりブログである。
ゆるゆるとブログを書き始めたが、特に予定がないせいか、いつも以上に時間がかかる。
そんな時に、長男の耕が、「朝ごはんだよ。」と元気よく呼びに来た。

リビングに行くと、チーズの入ったハムを敷き、
その上に目玉焼きが乗ったハムエッグとサラダと野菜のスープがきれいに並んでいた。
目玉焼きは、7割くらい火の通ったサニーサイドアップである。
たしか、この言葉は師匠が教えてくれたはず・・・。

太陽の入る部屋で朝の空気を吸いながら頂く朝ごはんは、なんともいえない。
まさに“生きている実感”である。

昨日は疲れがあまりに強く、ちょっと例外だったのだが、
先週の東京でのセミナーを受けて以来、自分の生き方に変化が見られるように感じる。

「自分の生き方の変化は何か。」

  1. 自分自身がその瞬間を意識的に味わうこと
  2. 相手のために、本気で人と向き合うこと
  3. 心の距離をグッと縮めること

子供と会話をするときでも、最近は忙しさにかまけて、
今思えば適当なコミュニケーションになっていたような気がする。

子供に近づき、抱きしめたり、ひざに乗せて会話をする。
横から瞳をじっと見つめながら、何を見つめているのか感じながら・・・。
そうすると、その子の大きな主題が見えてくるように感じるし、
何よりもお互いに一緒に生きている実感を得ることが出来る。

その瞬間、必ずといっていいほど、何かを指差して、
「お父さんあれっ!」といいながら、その目に見えているもの、
その子の心の中にあるものなどを、えもいわれぬ程の安心した表情で、
情報を共有しようとするのである。

私は耕の表情を味わいながら、話を聴く。
まさにこれが私の理想のコーチ像なのである。

恋愛したときもこんなことが良く起こっていた!?ではないか。
確かそうだったような記憶がある。
一緒に同じ時間や場所、目に見えていること、
そして、お互いの現在の感情や過去を一緒に味わうのである。

午後からは、耕と一緒にマスカットスタジアムまでジョギングした。
例によって、耕は両コマとも外した自転車で、私は自分の足で走るのである。
コマが取れて得意そうな顔で自転車をこぐ耕がかわいい。

というわけで、2人は出発した。
最初は、私もウォーミングアップということでゆっくり走る。
体が温まった頃になると、耕が前を走り始め、得意そうにびゅんびゅん飛ばしだす。
私は必死に追いかけ、ちょうど良いペースになる。

そのときの私は、肺に思いっきり空気が入って、膨らんでいるような感じがする。
ちょっとした痛みのようにも感じる。
徐々に心臓にも負担がかかってきたのか苦しくなってくる。
走りながら、「今生きているな。」と思う。

そのスピードが更に続くと、苦しさに耐えられなくなったり、足が思うように上がらなくなる。
「もう歩きたい。」と思うと、どんどんその足が動かなくなる。
一緒に走っているときにいつも自分が耕に言う言葉を思い出す。

「ひざを前に、おなかから前に!」

「しっかり先を見つめて!」

耕は、たまに私を振り返って、にっこりと笑う。
私は思う。

「ここで止まる訳には行かない。」

「もっと、頑張ろう。」

そうこうしていると割と早く限界が来る。
立ち止まると、耕も立ち止まって、「お父さん、どうしたの。」という質問が来る。
私は答える。

「ちょっと、足が痛くなって。」

いい訳だなと思う。
そんな自分はあまり好きではないので、また、走り始める。
こんな具合である。

公園にウォーキングしながら入ると、芝生の直線のところがある。
そこでは、思いっきり、全力疾走に近いスピードで走ってみた。
耕はこういった。

「お父さん。早すぎるよ。」

フィードバックである。
私はとてもいい気分である。
思いっきり承認されたような感じである。

そして、ジョギングが終わると、耕はアスレチックで遊び始める。
いろいろなことに挑戦したり、工夫をしたりするのが楽しそうである。
私は思う。

「本当に、純粋に楽しむことってあまりないな。」

そういえばコーチングをはじめてから、クライアントの想いを本当に感じて、
そこに向かって深くつながりを感じ、共に歩んでいることが、楽しくて仕方が無い。
もっともっとそういった関係を作っていきたいと思った。
これが今の私の純粋な想いのように感じる。

さらに、その後は耕も自転車を降り、ジョギングでお墓まで一緒に走った。
今日の耕の気持ちは、前に向いてなくて、どちらかというとその場に立ち止まっている。
体を見たら、エネルギーが進もうとしていない、足は引きずるような感じで、
頭と体が左右にふらふらとゆれ、目はうつろな感じである。

いつもの眺めの良いところのゴールを提示し、心の曇りを取ろうとするが、
なかなか晴天にはならない。
なんとか眺めの良いところにたどり着き、少し休憩した。
向こうの山の緑、それから、近くの草木のざわめきが気持ちが良かった。
耕もいつものお気に入りの屋根つきの場所に座って、リラックスしていた。

少ししてまた走り出したが、結局、またうつろな目に戻ってしまったので、
走っている途中に、耕の肩を抱きしめ、頬を合わせて思い切り言って見た。

「気持ちを前に向けてみろ。お前は強いんだぞ。」

信じて伝えた。
耕の目には力が戻ってきた。
そして、お墓で手を合わせながら、家族みんなにお礼を言った。
家で食べる秋刀魚の話をしながら帰途に着いた。
近所の叔父さんが、「秋刀魚焼くのいいな。」と声を掛けてくれた。

耕と過ごす休日のジョギングのひと時は、
耕という名のマイコーチとの刺激的なセッションの時間になるのである。
そのうち龍も、それから、おなかにいるまだ名の無い命もコーチになってくれるだろう。
一緒に生きていくことが楽しみになってきた。

子供たちの瞳や鼓動を感じながら、怠ることなく100%の愛を届けたい。
しあわせや成長を願い、厳しい父であることも忘れてはならないし、
自分自身の生き方に自信を持っていられるようにしたい。

今日も自分を承認する。
「子供の純粋な想いをしっかりと受け止め、真正面から向き合うことが出来たね。」
といってみた。
「そうすると、かわいい人で心の中がいっぱいになるような気がするね。」
と返って来た。

心を膨らませ、生きるよろこびの輪を広げられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。