アーカイブ: 2008年7月

第188号:自慢話。

最近、暑くなってきたせいか、朝起きるのが少々つらくなってきた。
ちょっと、疲れが溜まってきているような気がする。

今日は、目が疲れているというのを感じるのと、
あと、胸が締め付けられるような感じで、若干の痛みを伴っているようだ。
胸に手を当てて、自分の想いを感じてみてもちょっとエネルギーがおかしい。
今日は移動中も運転が危ないくらい、眠たくなった。

午前中は改善計画のミーティング、午後からはISOのミーティングだった。
そして、夜は久々に空手に参加した。
最後の締めは、私のコーチとのセッションであった。

今私がお世話になっているコーチは、コーチングラボウエストのプロコーチである。
朝からいろいろなことがあったし、疲れているのだが、コーチングになると元気になる。
なにやら、溜まったことを吐き出すが如しである。

「私の中に何が溜まっているのか。」

  1. 行動したことで、自慢したいことや誇らしい気持ち
  2. 実現したい自分の想いやビジョン
  3. うまくいかないことの悩みや愚痴
  4. 自分自身にとって大切なこと

なんか、私のコーチと話すときは、正直言って、悩みや愚痴を話したくない。
というか、良い報告をして思いっきり自慢したい感じである。
愚痴は聞いてくれる人はいるが、思いっきり自慢話を聴いてくれる人はいない。

思いっきり自慢話をした後は、スッキリして、次のアクションにつながるような気分になる。
さすが、コーチという感じで、本当にしゃべりたいことをしゃべれる。
別に、私がネガティブな思いから逃げているわけではない。

といいつつ、ちょっと悩んでいることを振ってみたら、テーマをクリアにする質問が来た。
そして、自分の責任で考えられなくなっているときには、
以前、私が話した言葉の中で、自分の想いに矛盾している部分を思い出させてくれる。
そこには全く痛みは無い。

そこから先は、自分がどう自身と向き合い、消化していくかが鍵を握っている。
ただひたすら自分が選択肢を生み出し、自分で選択する。
良くても悪くても、選択し、実行する。
そうすれば、おのずと学習が進むのである。

今日も承認してみる。
「自分と向き合えていない自分に気が付くことが出来たね。」といってみる。
「正直に向き合える姿勢が、我ながら好きだよ。」と返って来た。

自分に正直に向き合って、痛みを感じながら言いたいです。
今日もありがとうございます。

第187号:コーチ像。

今日も早朝ミーティングのため6時に家を出た。
最悪なことに財布を持たずに家を出てしまい、昼食はお金を借りることになってしまった。
情けなかった。

それはともかく、今日は本当にうれしい一日だった。
朝のミーティングではずっと支援してきた成果が現れ始め、今後の展望が開けるようになった。
社長も絶好調、というか、絶口調という感じである。

昼からは、ISOの取得支援である。
正直いって、前回言ったことが十分できていないので、NO!といいたいところであるが、
みんなが一歩一歩だが、忙しい中、前進しようという取り組みが見え、いいなと思った。

夜は、妄想の女王とセッションした。
逃げることなく、真摯に自分と向き合おうとしている姿が、とても愛しく感じられた。
その上、自分にとっては私を日本一のコーチだと承認してくれた。
本当にうれしかった。

さて、今日一日の自分の活動を通じて、自分の姿を振り返ってみる。
出来るだけ、タイプ3の客観的な位置から自分のコミュニケーションを見てみようと思う。

  1. 相手の目を柔らかい視線で見つめ、微笑んでいる
  2. 否定することなく、相手に耳を傾け、全身で受け止めている
  3. 深めたり、広げたり、必要なところだけ質問を投げかけている
  4. うれしいときや楽しいときは一緒によろこんでいる
  5. しっかりと瞳を見つめながら、厳しいことでもズバッといっている
  6. 宿題が出来ていないときは、残念そうな顔になっている

ネガティブな面も考えてみる。

いい質問がでなかったり、どうしていいか解らなかったりした時、不安そうな顔をしている。
自分と関係のある話のとき、矢印が自分に向いているため、自身がなさそうな顔になっている、
ミーティングの時、誰か一人の人に集中したコミュニケーションとなり、
メンバーの一人一人に対して視線をおくれていないときがある。

結局は、自分の想いが明確で、尊敬と祝福できるパートナーシップを持っていることが、
コーチという仕事にとって、最も重要なことだと思う。

今日はそういう面では、夜のセッションの中で、
自分のコーチ像について思いっきり語らせてもらった。
元気をもらった。

「コーチという職業なんてなくていい。」

家族や知人との関係が充実していて、暖かいものであれば、
コーチという何者か解らないような人に、自分の悩みや愚痴等を吐き出す必要は無い。
それは、本当に自分の話に耳を傾け、
否定されることなく聴いてくれる人は少ないから仕方が無いのだろう。

その上、コーチングをするとすごいことが起きるということや、
本当の想いを感じることなく、相手を否定したりすることは私はしたくない。

そういえば、ある女性とのコラボの話があるが、この方は本質思考だと思う。
努力家だし、一生懸命だし、なにより生きざまが感じられる。
楽しみであるし、紹介してくれた師匠に感謝である。

私自身が、熱い想いを持って、スキルも磨き続けるコミットメントをしたい。
たとえ、今の私が未熟だとしても、これからもっと世の中の役に立てるように・・・。
そして、あきらめを無くし、生きるよろこびの渦が創れるように・・・。

今日も承認してみる。
「クライアントの行動が変わっているし、何よりもみんなの魂がよろこんでいたね。」
といってみた。
「自分自身の不安や自身のなさがなくなると、もっとどんなことが起こるかな。」
と返って来た。
もっと、アクティブリスニングや質問力を鍛え、そして、研修のネタも集めたいと思った。
また、しばらくは、客観的にクライアントとの関係や自分を見ることに集中してみようと思う。

相手を理解し、大切に思う心を持って言いたいです。
今日もありがとうございました。
やっぱ、尊敬と祝福ですね。

第186号:未完了。

今日は、朝からちょっとつらいことがあり、胸が張り裂けそうな気分で出かけた。

おまけに、家を出ようとしたとき、耕がいないといいながら、
妻と龍が自転車に乗って困った顔をしていた。

どうやら、叱ったことが原因で、耕が1人で飛び出して幼稚園に向かったようだ。
誘拐されてたら・・・と思って、走って遊園地くらいまで探しに行った。
それでもいないので、違うルートを通って家に帰り、
車に乗って、わざと幼稚園の前を通って職場に向かった。

そうすると、妻から電話がかかってきて、幼稚園の近くで近所のお母さんが、
なきながら歩いている耕の身柄を確保しているという通報だった。

幼稚園の前に差し掛かった時、ちょうど耕が横断歩道を渡りきったところだった。
通り過ぎるときに少し車を止めて、「耕・・・」と叫んだ。
耕がこちらを向いて、顔を上げた。
じっと見詰めている様子だったが、後ろから車がどんどん来るので、
そのまま、走り去った。

朝から不穏な感じだったので、昼からはちょっとゆっくりした。
そうえいば、最近、休みを取っていないし、こめかみから流血したり、
舌や唇の裏、口角が荒れている様子もあるので、昼から病院に行った。

夜帰ってみると、今度は、龍が夏風邪を引いて、舌が赤く腫れて熱が出ていた。
おまけに、三種混合の注射の跡も大きく赤く腫れている様子である。
かわいそうで、愛しくて、寝顔にほおずりした。

耕も気を取り直したようで、「おとうさん~」と話しかけてきた。
お風呂では水を顔にかけられるのが嫌で、一緒に入りたくないらしく、
私が入ると急いで逃げるように出て行った。
かわいいものである。

あと、朝から発生したちょっとつらいことも解決し、本当に心地よくなった。
完了していないことを持ったまま走るのは本当につらいということが実感としてわかった。
そういえば、最近は未完了のリストを作ってない。

「現在、自分の重荷になっている未完了にはどのようなものがあるか。」

  1. 部屋や机の上が汚いこと
  2. 連絡をしばらく取っていない人との関係
  3. 資格の更新研修に参加できていないこと
  4. 中長期的であったり、進まない仕事
  5. 新しいサービスの案内書の作成と営業活動

まだまだ、他にもあるような気がする。
もっと細かいことになると、たぶん山のようにあるはず。
そう、例えば、洗車や車の中の片付けもそうだし・・・、
いっぱいあるねえ。

今年のスローガンの一つに、そういえば、風林火山があった。
ちょっと7月に入って中だるみ感もあるので、風林火山の心で出来ることはすぐする。
あるお客様の言葉にすると“有言速攻”である。
これも、ちょっとエネルギー出てきた。

あとは、大切な人は、許し、全て受け入れ、一生付き合えるように、
自分の心をコントロールしなければならないと改めて思った。

今日も承認してみる。
「自分にも他人にも優しく、そして、受け入れていたね。」
「必要な行動は、すぐ、ためらわずに出来ていたね。」
といってみた。
「理想的な自分のあり方だ。」と返って来た。

力まず、頼らず、そして、受容とスピード感を持って言いたいです。
今日もありがとうございました。

第185号:理解者。

今日は朝から商工会議所に行った。
相変わらず、いろいろな人の話が聴けて楽しい。
地域資源や農商工連携の話は、特に、地域のことも考えられて楽しい。

少しだけ、自分のコミュニケーション力のなさを感じるようになった。
やっぱり、最初は新鮮だけど、慣れてくると私自身の面白さが足りなくなってくる。
初心を思い出して、ここにいる理由をはっきり感じてその場にいられるようにしたい。
もちろん、相手をしっかりと感じたコミュニケーションでありたい。

今日は、夕方師匠とまたゆっくりと話が出来た。
ちょっと落ち込み気味な状態だったのだが、しっかりと話を聴いてくれて、
スッキリすると同時に、将来に向けて気持ちが輝きだしたような気がした。

「何が気持ちを輝かせてくれるのか。」

  1. まずは、しっかりと受け止め、理解してくれること
  2. 自分への期待や信頼を持っていてくれること
  3. 違いを認め、だからこそ一緒に出来るという承認があること
  4. ありたい姿に向かうための建設的なフィードバックがあること
  5. その場、その時のベストがあること

本当にありがたいし、私もそうありたい。
私にとってかけがえのない理解者である。

特に素晴らしいのは、師匠がよく言う「見かた」である。
1つのことを見るときでも、目の前にある事実をどう見るのかという視点の数である。

私の場合、右脳によるインプットなので、どうしても見かたが甘く、緩やかになる。
だからこそ、ゆったりとしたリズムで、寄り添うようなコーチングが出来るのだが、
もう少しシャープに見えるようになったら自分としてはうれしい。

もっともっと、磨いて行きたい。
今回考えている研究開発のテーマは、そういった意味では人の構造を明らかにし、
価値観やニーズ、そして、思考と行動をモデル化するものであり、
アクティブリスニングを強化することに向いていると思う。

極めて行きたい。
きっとそれは、「あきらめを無くし、生きるよろこびの渦を創る。」ことにつながっているから。

ちょっと、たまたま今日の占いをみていると、下記のようなことが書いてあった。
「相手から必要とされることを期待していたり、
 相手の世話をすることだけに生きがいを感じているのであれば、少し軌道修正をしてみましょう。
 ひとりの時間を楽しむようにするといいでしょう。」

たまには、占いもあたるなと思った。
少しだけでも、自分の時間を作ってみようと思う。

今日も承認してみる。
「しっかりと、人の温かみに対して、感謝できていたね。」といってみた。
「自分でもしっかりお返ししなさい。」と返ってきた。

自分の心をしっかりと支えなががら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第184号:理想の自分。

「理想の自分とは、どんな状態なのか。」

いきなりなのだが・・・。

私は、「あきらめを無くし、生きるよろこびの渦を創る。」という想いがある。
そのために、自分自身が、あきらめることなく、今を100%で生きている。
そして、「勇気、行動、感動を提供する。」のである。

「具体的には、どんな状態になっていれば良いのか」

  1. 新しいベンチャービジネスを立ち上げ、知名度が向上している
  2. 顧客のビジネスにおける成功という結果が発生している
  3. 顧客やスタッフ、自分を取り巻く人たちがみんな幸せである
  4. 自分自身が熱く生きていて、プロセスも結果も納得できている

「どのようなスキルをもっていれば良いのか」

  1. 相手の気持ちに焦点を当てた聴き方が出来る
  2. 俯瞰的な視点で話が聴ける
  3. 短くて、本質的な質問が出来る
  4. 必要なときに、ポイントを抑えて説明やストーリーが語れる
  5. 本当は自由に言葉を使ってみんなを楽しませる話術がある
  6. ロジカルに、MECEに思考できる
  7. 様々な角度から物事を見れる
  8. 多くの情報や知識を持ち、タイミングよく情報提供できる

「どのようなマインドをもっていれば良いのか」

  1. 全てを受け入れ、常に味方になれる
  2. あるがままの姿であり、力みも怠りもない
  3. 人も自分も値引きすることなく、まっすぐに信じられる
  4. どんなときにも良き理解者であれる
  5. 常に明るく、楽しく、しあわせである
  6. 厳しいことや受け入れたくないことでも自分と向き合える

いろいろと書いてみて、思ったのだが、こんな人間がいたら本当にすごい。
というか、ほとんどいないような気がする。

誰だって、苦手なことも、出来ないこともあるではないか。
自分に与えられた道をしっかり歩むことが大切だと思った。

今日も承認してみる。
「私なりに、少しでも良い気付きを得て欲しいとみんなのために頑張っていたね。」
といってみる。
「そうだね。使命や強みをしっかりと認識して、自分が手伝ってあげたい人を選んでみたら。」
と返って来た。

自分の想いと強みと、そして、使命を感じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第183号:甘えるな。

昨晩、少々楽しいことがあり、寝るのが遅くなってしまった。
そのせいか、今日は朝起きるのが非常につらかった。
もっと寝ていたいと思った。

そんなことも言っておられず、早速、師匠と打合せに入った。
私自身、疲れが非常に重たく、歯切れの悪い状態だった。
そのことは、今日を振り返ったときに、自分が怠っていたことに気付き、
100%でいられない自分に“NOT OK”といいたくなった。

打合せのほうは、疲れていたこともあり、自分が意志薄弱という感じがした。
例によって、師匠は素晴らしい情報や、楽しい会話を提供してくれる。
その一方で、疲れとそれに甘える自分がいて、大変失礼なことだ。

本来、私は想いやビジョンに沿って、十分な情報とやりぬくという意志をもって、
即断、即決で意思決定しなければならないのである。
まさに、風林火山の様にである。

「甘えるということの中には、どんなモノがあるのか。」

  1. なんとかなるだろうという気持ち
  2. 助けてもらえるという考え
  3. 相手の気持ちや望みを感じきれていない
  4. 快活な笑顔、大きな声で対応できていない
  5. こちらからの大切なプレゼントがない

ちょっと、大きな気付き我あったような気がする。
こちらからの大きなプレゼントを相手のためにあげる。
「少しでも多く、早く、あげる。」これが大切だと思った。

打合せ途中に、流血事件が起こった。
私のこめかみにできたデキモノをむしったとたん、急に血が流れ出た。
突然だし、大量にである。

さすがの師匠も一瞬引いていた様子だが、
これがまたすごいことに、その流血についてもまたいろいろなアドバイスをくれた。
すごすぎる。

午後からは、お会いすると、いつも大きなエネルギーを頂く、
海の向こうの会社の全国会議である。
ISOの審査結果を受けて、システム全体の見直しを図るための会議である。
またしても、社長が責任を持って改善していくということ、
さらには、従業員やお金に対する想いや考え方を聴いて感動した。

その結果が、今日の私の振り返りになったような気がする。
特に、先日の俯瞰するというイメージにコミュニケーションをするようになってから、
少し相手の気持ちへのフォーカスがゆるくなったような気がする。
非常にそのバランスが難しい。

私はどちらかというと、感情に強いので、しっかりと感情に焦点を当てながら、
時折り、一歩引いて俯瞰的に見るというほうが自分のスタイルにあっているようだ。

そう、感情を聴いたり、想いをしっかりと聴くほうが、内容がプラスであっても、
マイナスであっても、私の場合はそれを聴き切り、受け入れることで、
エネルギーになるのである。
この力をフルに活用したい。

今日も、承認してみる。
「疲れていても、懸命に取り組んでいたね。」といってみた。
「もっと、自分の想いをしっかりと感じてごらん。」と帰ってきた。

自分自身があきらめないで、言いたいです。
今日もありがとうございました。

第182号:俯瞰。

昨日も妙に疲れていて、早くから寝てしまった。
起きると5時になっていて、すべきことをぱっぱと片付けた。

といいながら、将来のかかったプロジェクトである事業計画書がまだ出来ていないため、
朝食後は、息子たちにかまうこともなく、仕上げに入った。
いざ詳細に書き始めると、意外と抜けやモレやダブりなど、細かいことが気になる。

前回、窓口の方に相談したところ、あまり、細かいことは言わないということだったので、
適度に、内容がわかる程度になんとかまとめられたので提出した。

同時に、昨日声を掛けた経営者の方から、丁重なお断りのメールが帰っていた。
ちょっとショックだったが、基本的に自分だけの力でやってみたいという思いのようだ。
非常に素晴らしいことだし、応援したいと思った。

その人のことを想い、お手伝いさせて欲しいと願ったので、ショックな面があったのだが、
本人が自分の力で何とかしたいという想いをグッと感じるとエネルギーになった。
人を信じる力のような気がした。

今日は師匠の社長に会いに行った。
その社長、あるいは、社長を取り巻く人たちとのコミュニケーションがいつも楽しい。
その中でも、今日は自分自身のネガティブな考え方に気が付いた。

まず、目標管理シートであるが、師匠は開口一番「いいのが出来た。」と報告してくれた。
通常だと、出来ていないところを指摘したくなるところだが、誉めてやってくれといわれた。
私としては、コーチでありながら、出来ていないところを見つけたい気分になっていた。

どうやら、この目標管理シートを作るにあたって、みんなが集まって話をしたり、
師匠がストーリーが見えるように書くようにという指示を出したようだ。
みんなの想いが込められているような気がして、うれしくなった。

そして、金融機関の方がこられて話を聴いていると、
私はついつい金融機関の方に対して文句が言いたくなる。
まさに、ネガティブなコメントを突きつけたくなったり、尋問したくなる。

そんな時でも師匠は良いところを誉めたり、その人自身を受け止めようとしていた。
素晴らしいコーチである。
あらためて自分の姿勢を問い直したくなった。

今日は、心に痛みをほとんど持たない状況のため、
少し浅いところでコミュニケーションしているような気がする。
なので、全くといっていいほど、例のエネルギーは湧いてこないような感じがする。

このことは、つまり、相手の瞳を見つめて、心の中に分け入り、
その人の想いを深く感じ、たとえ自分にとってよくない話であっても、
その人のために、受け止め、そうなって欲しいと願うということを意味している。

そこに私の心のエネルギーが発生する。
要するに、交流分析で言う値引きしているときには、発生しないのである。

今日は逆に違った視点で捉えようとしている自分がいた。
いわゆる俯瞰のスキルである。

たまたま、私の岡山コーチにお会いしたときに、
コーチングラボウエストの下村社長の話になった。

本当にこの方は、いつも飄々としていて、その澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。
というか、私の心に焦点はあたっていなく、常に客観的である。
要するに、俯瞰のスキルを使って、自分自身をも他人のことのように描写的に伝える。

人生という大きな流れの中における自分、
今起こっていることの人生における意味、
そして、本当はどうありたいのか・・・。

「そんなこともあったなぁ。」とか、
「こんな風にしていきたいと思っているみたいですわぁ。」
「きっと、こんな場所に来ているんじゃないかなぁ。」
とか、自分のことでも人ごとのようである。
このような視点からちょっと軽い気分で、今日一日いられたのかもしれない。

これをコーチングやファシリテーションで活用すると、その人や、コーチとしての自分や、
その場自体を客観的に見れるようになる。
そうすると、関係性、現在の状態、ゴールの達成状況や人生ににおける意味が見えてくる。

こんなコーチもやってみたい、下村社長のようになりたいという憧れからチャレンジしていた。
結構気楽な感じで、いつものような心のエネルギーは必要ない。

「俯瞰するのと、心に焦点を当てるのはどう使い分けたらいいのか。」

  1. 事柄→感情→意味のそれぞれの段階で、心→客観と捉える
  2. ノンバーバルに集中し、その中での感情、その中での意味と捉える
  3. 事柄と本人のシナリオの関係の中から、感情と意味と捉える
  4. 事実と物の捉え方、そして、その人にとっての真実という視点で見る

実に難しい。
感覚の世界であるが、アクティブリスニングをしないと、聴きたいことがわからなくなってしまう。
常に相手の望むことや困っていることを意識しながら、聴くと良いのだろう。

今日は、そういった点ではいろいろと挑戦出来てよかったのだが、
相手を想うエネルギーを使えない自分に、セルフイメージとのギャップが生じて、
少し苦しくなっているようである。

いろいろな手法があるが、やはり今起こっていることに集中して、
その人の望むところに連れて行ってあげたいと思う。

承認してみる。
「自分が今必要なスキルである俯瞰のスキルにしっかりと取り組んでいたね。」といってみた。
「もっと、意識してやってみたら。」と手厳しく返って来た。
一つずつトレーニングを積んで行きたいと思った。

全てはお客様の成功のために、と生きている自分を感じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第181号:導かれる。

水曜日は2連ちゃんの早朝ミーティングだったこともあり、妙に疲れていたようで早く寝た。
内勤の仕事をやろうと朝から取り組んだのだが、なかなか思うようには進まなかった。
とにかく、ここまでやろうと決めていたところまでやった。
達成感があった。

久々に家にいるので、ちょっと横になってみた。
心地よい気分の中から、あれも、これもと仕事が浮かんできた。
しばらく、うとうとしていたようだが、すくっと立ち上がり頭に浮かんだ仕事をやって飛び出した。

向かったのは、産業振興財団だった。
専門家派遣の打合せだが、私のコーチがいるので、そこに行くのが楽しみで仕方がない。
いつも高笑いをして、ホカホカした気分で帰ることが出来る。
うれしいことだ。

そして、川島ジャンボうどんの釜揚げジャンボを食べた。
昔は麺が柔らかくてあまり好きではなかったのだが、最近好きになった。
柔らかいのだが、麺がモチモチしていて、ぬめりがあるためタレが絡んでうまい。
口に入れたときの感触がなんともいえないのである。

そして、倉敷商工会議所へ。
農商工連携の打合せである。

今回の主人公とは、あるイベントでお会いしたのだが、なぜかこの方とはつながりを感じる。
本当に魅力的だし、なぜか私を仲間にしようとしてくれる、
というか、どちらかというと私は、人の面倒を見ようとするのだが、
意外と面倒をを見てくれる人はそんなに多くはいない。

本当に肝心なところで、手をひっぱってくれる人が現れて導いてくれるのである。
振り返ってみると、中学時代のS先輩、M社のHさん、独立時のU先生、H先生、
そして今の何人かの師匠である。
本当に感謝である。

今回は、こちらからの働きかけもそんなに強くないのだが、声を掛けてくれる。
とてもうれしい。

今回の場合は、朝市で私が気合を入れてイベントに参加していたからかもしれない。
良く考えてみると、手を引いてくださった方々は、こちらからアクションした結果だ。
全て自分が選んで、想いをもって伝えているような気がする。
それを深い懐で受け入れてくれた方々だとわかった。
絶対に大切にしなければならない方々である。

整理してみる。

「どんな時に、導いてくれる人が現れているのか。」

  1. 覚悟を決めて行動しているとき
  2. 世の中のためになる想いを持っているとき
  3. コミュニケーションの量があるとき
  4. 何らかの前向きな縁があるとき
  5. 私自身が相手を理解し、受け入れているとき

全てが全部そろうということはないが、今までの経験上、
そのうちの何個かが発生しているときに、導かれるという現象が起こっているようである。
逆に私もそういった人生の変革点に立って、人を望んでいる方向へ導いてあげたい。
それが私の生きる目的であり、人生の使命のように感じた。

話を戻すことにするが、今回の主人公であるが、
地域を活性化したいという想いがあり、難しいことに果敢にチャレンジする行動力があり、
さらに、その中で培われた情報や人脈という資源が山のように存在している。
絶対に成功して欲しいし、私に出来ることは全て提供したいと思う。

さて、夕方は地元では名門だが、ちょっと今苦しんでいる企業に営業に立ち寄った。
若い社長であり、青々として、しなやかな竹のようであり、
かつ、熱い想いをもって戦っているような印象を受けた。

「絶対にうまくいくよ。」と声を掛けてあげたかった。
ある意味、話をすればするほど、愛しい感じである。
もちろん、相手が望んでくれればだが、絶対に成功させたい。
ヒーローにしたいのである。

「あきらめを無くし、生きるよろこびの渦をつくる。」という私の想いに沿って行動しよう。
そして、もう1社、同じような名門企業があるが、想いをしっかりと伝えてみたい。
今日、時間を作って訪問することにした。

今日も承認してみる。
「相手を聴ききり、深く感じ、共感してあげられていたね。」といってみる。
「そう、自分のこともしっかり感じてあげられていたね。」と返って来た。

熱く聴き、熱く伝え、共に震えられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第180号:痛みと共に。

今日は早朝ミーティングで出かけた。
昨日の夜、更に乗り越えた壁が、自分にエネルギーを補充している。

前向きな心だろうか、それとも、戦う心だろうか。
これってひょっとしたらストレスホルモンがバリバリに噴出している状態かも知れない。
自分にとって望ましくないことが向かってきても、グッと心に力を入れると、
それがエネルギーに変化する。

だからといって、独りよがりな状態ではない。
だからといって、無理をしているわけでもない。
相手がいる場合は、その人のことを深く感じて何とかしてあげたいと思う。

そして、胸に手を当てると生きていることの証である震えを感じる。
木々が緑色に燃えているが目に飛び込んでくる。
音楽の音色やリズムが胸に染み渡る。

春や秋の空が澄み渡って、そのせいか、見るもの全てが美しく見えた日を思い出した。
昔のそれは、自分から望んで創ったものではなく、
お天とさまや、人から与えられたものという印象が強かったが、今回は違う。
自分で作り出している。
自己コントロール感が強い。

ちょっと話が変わって、
恥ずかしい話なのだが、またも空手の組手の練習の中で負傷してしまった。
前回は水月付近で、ちょうど肝臓の上付近の肋骨が骨折したと思われるが、
今回はもう少し上の辺りで、右の胸の付近である。

月曜日に負傷し、火曜日はそんなに痛みを感じなかったのだが、
前回と同じように、水曜日には、時折り体が伸ばせないくらい痛みが強くなった。
今回は、骨というより、いわゆる肉離れのような感じがする。

ということで、体を動かした時、右胸に痛みが走るのである。

「この右胸の痛みの中には、何が潜んでいるのだろうか。」

  1. 自分の状態をわかって欲しいという気持ち
  2. 相手に対する甘えや、自分に対する甘え
  3. その時もっている悩みや苦悩
  4. 自分を嘲笑する気持ち
  5. 生きているという実感

まさに、普段の自分そのものである。

でも、今の自分には、この痛みそのものもエネルギーに変えられる様な気がする。
痛みと共にいて、それを味わうことに心地よささえ感じる。
この痛みがあるからこそ生きていて、人を理解し、受け入れ、
支援したいという気持ちになれるような気がする。

「あきらめを無くし、生きるよろこびの渦をつくる。」という私の想いも、
実は、今まで生きてきた中の痛みとそれに立ち向かうことで出来ていると思った。
そして私は、勇気、行動、感動を提供するのである。

今日も承認してみる。
「相手の気持ちを全て受入れ、望みを感じてあげられていたね。」といってみた。
「素晴らしかったぞ。」と返って来た。

私はどんな人でも、その人の望みをかなえてあげられると、信じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第179号:キャンパス。

今日はちょっと久々の早朝ミーティングだった。
昨晩、遅いミーティングがあったのだが、最近の浮ついた気持ちに終止符を打とうと、
いつもより気合を入れて、相手の想いの実現に向けて、強く責任もって出かけた。

私の想いやありかたが明確であったせいか、お客様には伝わった感じがした。
むしろ、相手の気持ちが十分つかめていなかったかもしれない。
まだまだ、いろいろなコトがクリアになっていない。
いわゆるアクティブリスニングが出来ていない状況である。

それと同時に最近の“届かぬ思い”や“浮ついた心”が浮かび上がってくる。
“届かぬ思い”というのは、解ってくれないとか、受け入れてもらえないとかというと、
他力本願の極みのような感じがして、今の自分の状況とは違うので、
正確に表現してみようとした。

私にとって刺激的な社長が言った「栄養にする。」という感覚が解るような気がする。
マイナスのエネルギーでもなく、だからといって、からっと晴れたエネルギーでもない。
グッと心に力を入れて耐えると、じわっと湧き出してくるような力である。

経営者の器はこうやって広くなると感じた。
ちょっと話がずれるが、ジョージベンソンの“変わらぬ思い”という曲が妙に聴きたくなった。
大学時代の大切な人が買ってくれたCDをかけてみた。
懐かしい気持ちや研ぎ澄まされた気持ちがよみがえってきた。

元の話で今日の仕事の内容に戻るが、ある会社の外国人の職長が、
胸を叩きながら、仕事はこっち(ハート)が大事だといっていたのを思い出した。
そして、その部下の方が真剣なまなざしで目標を語る姿が印象的だった。

あと、経営改善のお仕事を手伝っている企業だが、
社長が従業員のために会社を何とかしたいという想いや、
会社を新しい経営に変えて行きたいという前向きな姿勢、
そして、社長が自分の存在価値を感じて、自分で責任を持って進めたいという姿勢に、
生きるということを前向きに捉えられるような気がした。

更にその社長は、嫉妬心という言葉を使って、命を燃やすということを語ってくれた。
鉄腕アトムの手塚おさむの話である。

そして、先日ISOの継続審査のお手伝いをさせていただいた企業に伺った。
一緒に改善して行きたいというお互いの気持が一致し、継続させて頂くことになった。
つながった感じがこの上なくうれしかった。

生きるって素晴らしい。
うれしいことだ。

更に今日は、岡山大学インキュベーションセンターの入居に関する打合せだった。
岡山大学に入るのは、ほぼ初めての経験なのだが、
事業計画書を持参し、師匠とO君と集合して担当者の方にあった。

プロジェクタを使って、まだ不十分ではあるが、事業計画を説明する。
自分が経営者として評価の目にさらされているのを感じる。

それと同時に、ベンチャー企業として研究開発を試み、私たちの想いにしたがって、
社会に新しい価値を生み出す計画を、自信を持って伝える。

「そこには、どんな気持ちがあったのだろうか。」

  1. その想いの誇らしさ
  2. ただの人では終わらないぞという決意
  3. スタッフに対する信頼と責任
  4. 目の前に広がる違う景色への期待
  5. 自分が大きく変わることの魅力

同時に、この岡山大学の全国5位の広さのキャンパス内において、
もう一度、キャンパスライフが過ごせることへの率直なうれしさがあった。

師匠とともに、学食までの道のりを歩いてみた。
夕暮れのキャンパスで、大学生が思い思いにベンチに座って談笑する姿、
ゆっくりとくつろぐ姿をみていると、普段感じることのない余裕や心地よさがあった。

「自由」という文字が浮かんだ。
しばらく、仕事や家族のために頑張り続けた自分にとっては、
選択肢に入らない言葉だったように感じた。

もう20年も前に、静岡県三島市の大学のキャンパスにはいり、
4月に桜のトンネルを抜け通った、学生という自由を手に入れたときの感覚がよみがえった。
もう二度と味わうことができないと思っていたことがそこにあるような気がした。

うれしくて仕方がない。
ありがたくて仕方がない。
みんなに感謝である。

と思っていると、経営者としての責任や不安、孤独感等の気持ちがすっと隙間から入ってきた。
こんな気持ちもなんでもすべて栄養にしたいと思った。

今日も自分を承認してみる。
「寂しいことやつらいこと、責任や不安、孤独感など、全てのことを前向きに捉えていたね。」
といってみる。
「大丈夫。エネルギーになっているよ。」と返ってきた。

この世の中の全ての人の寂しさ、怖さ、悲しさ、怒りの全てを受け入れて言いたいです。
今日もありがとうございました。
もっともっと「生きるよろこび」を届けたいです。