アーカイブ: 2008年7月13日

第190号:溺れる。

今日は朝から県北の企業に行った。
ロングドライブなので眠たくなったが、途中、車を止めてコーヒーを買ったので、
なんとか目が覚めて、たどり着くことが出来た。

久々の訪問だったが、後継者の方が、
自分らしく、しっかりと地面に足をつけて立っている感じがした。
今まで感情をあまり見せなかった人に、少しずつ熱いものが湧き出ているような感じがした。

最終的に、契約の話になったのだが、一旦中止とする事にした。
その方が、私の目から見ても非常にエネルギーの高い状態になったと見えたので、
快く、終了させることを受け入れた。

「もう、かならず、自分の力でやっていける。」

言葉にすると、こんな感じである。
ちょっと、寂しい感じもするし、複雑な思いもあるがそれは仕方がない。
しっかりと門出に拍手を送りたい気分になった。

そのことが原因で、移動中にはちょっと寂しくなったが、
ある人と電話で話をすることで、楽しく、うれしい気分になった。
そんな時、話をすることが出来ることに感謝である。

昼からは、雑貨・カフェネットに参加した。
今日は、砂川さんという飲食やFCに強いコンサルタントも来てくれて盛り上がった。
3月末に発足した会であるが、7月にはビストロ、8月にはカフェをオープンさせる。
素晴らしいことだし、是非とも成功して欲しいと思う。

その後、JMBSコンサルタントグループの例会兼食事会に参加した。
久々にあうメンバーの表情は、東京での成果に関して自信に満ち溢れ、素晴らしいと思った。

そして、代表がいう従業員の教育は“愛”だという言葉に感銘を受けた。
受け入れ、絶対に出来ると信じ、かかわり続ける。
これは、リーダシップでももっとも大切な部分だろう。

出来ないからといって、自分が率先垂範しすぎて仕事を奪ってしまうのは良くない。
でも、顧客満足や社内のコミュニケーションなど、管理職の手本となって、
従業員の不安を取り除いたり、承認のメッセージを送り続けることには、
率先垂範がもっとも必要だということである。
とても勉強になったし、何よりも、勝手な自分に反省した。

そして、家に帰って妻と創業塾の準備をした。
久々に、妻の想いを感じながらである。
最近、家にいないので妻とも子供ともゆっくりと外出する時間がないのだが、
たまには、買い物や旅行に連れて行ってあげたいと思った。

振り返ってみると、今日一日、いろいろな波の中でジャブジャブ溺れていたような感じがする。
その波の中で、自分自身のニーズで翻弄されて、想いを感じられていない。
自分の想いや、相手の想いにフォーカスできていない。

「あきらめをなくし、生きるよろこびの渦をつくる」ことでもっとも大切であること、
つまり、要するに相手が望んでいることを十分に感じきれていないのである。
自分の心をかき乱していることを発見し、処理しないとダメだと思った。

今日、CTIの研修ガイダンス資料が来ていた。
ちょっと、ワクワクである。
また、コーチとして初心に戻って、新しい自分を求め続けて行きたい。

今日も承認してみる。
「波にもまれながらも、自分自身をなくしてしまうことなく生きられていたね。」といってみた。
「大丈夫。心配しないで、精一杯、進んでみよう。」と返って来た。

前向きな視点を持って言いたいです。
今日もありがとうございました。

第189号:真理。

今日は早朝ミーティングだった。
昨日ほどの胸の痛みのようなものは和らいだが、
久々に空手の練習に参加したせいか、ちょっとした筋肉痛を感じている。

眠気もそんなに強くなかったが、なんとなく、自分の考え方が理解されず、
ちょっとした欲求不満状態を感じた。

この状態になると、後で振り返ったときに、私の心はヒリヒリし始める。
結局、自分のニーズが立ち上がり、相手のことが理解できなくなるからある。

コーチングの場合だと、完全に聴き切り、受け入れるモードなのだが、
コンサルティングの場合は提案もあり、そのことについてこだわりがある時がある。
もちろん、受注という自分のメリットを生み出すことの場合もそんな状態となる。

自分にとっては辛いことに、欲求不満状態が自分自身の自己イメージと対立する。
どうしても起こってくる欲求不満状態と、自分はそうありたいということの対立である。
想いで生きるか、ニーズを満たすことで生きるかである。

まさに、自己矛盾が起こっている。
師匠はそのことについて、時折り指摘してくれる。

更に、自分が正しいと思うことが受け入れられないということに焦点を当てると、
私にとっての事実と、相手にとっての真実は異なるということが起こる。

その中には、私は「~すべき」という強い信念も存在していることが解った。
それは、私自身にもいつも言い聞かせていることだったり、
コンサルティングをしていく上でも軸ともいえる部分だ。

師匠には反論されることもあるが、私のこの経営に対する考え方は真理であると思う。
相手のために、こうした方が良いと心から思うことが良くないことを起こす。
これが、コミュニケーションを窮屈にしてしまうのである。

つまり、事実、真実、真理という言葉の狭間でのせめぎあいが起こるのである。

事実とは、起こっている事柄自体であり、誰が見ても同じものである。
真実とは、事実を見た結果、誰がなんと言おうが、その人にとっては正しいことである。
真理とは、この世の中で、唯一、誰にでも正しいことである。
本来、辞書をひいて正しく書くべきであるが、頭にあるものを書いてみた。

「私は、どうしたらいいのだろうか?」

私が、真理であると思って伝えていることを、その人は受け取れないのだから、
「~しなければならない」というのを、「~したほうがいい」位に置き換える必要がある。

また、「この人は受け取れない」という判断をすると、どうしても、その人を値引してしまい、
尊敬と祝福の関係が作れなくなってしまうのである。

自分が受け入れられないということ、損得勘定が邪魔をしているかもしれないと思った。
ただ、自分のニーズが存在していることを自分で良く知っていると、
いろいろなことが起こってきたときに、あわてずに受け入れられると思った。

その後は、ある社長であり、師匠である方と打合せをしたが、
プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントを説明すると、気づきがあったと感心してくれた。
それ以上に、私に対しても承認してくれた。
とにかくうれしかった。

今日も承認してみる。
「自分が承認されたことに、しっかりとよろこびを感じられていたね。」
「素直な感じがいいね。」と返って来た。

自分の信念も大切にし、でも、相手の本当に望んでいることを大切にしながら言いたいです。
今日もありがとうございました。