アーカイブ: 2008年7月4日

第181号:導かれる。

水曜日は2連ちゃんの早朝ミーティングだったこともあり、妙に疲れていたようで早く寝た。
内勤の仕事をやろうと朝から取り組んだのだが、なかなか思うようには進まなかった。
とにかく、ここまでやろうと決めていたところまでやった。
達成感があった。

久々に家にいるので、ちょっと横になってみた。
心地よい気分の中から、あれも、これもと仕事が浮かんできた。
しばらく、うとうとしていたようだが、すくっと立ち上がり頭に浮かんだ仕事をやって飛び出した。

向かったのは、産業振興財団だった。
専門家派遣の打合せだが、私のコーチがいるので、そこに行くのが楽しみで仕方がない。
いつも高笑いをして、ホカホカした気分で帰ることが出来る。
うれしいことだ。

そして、川島ジャンボうどんの釜揚げジャンボを食べた。
昔は麺が柔らかくてあまり好きではなかったのだが、最近好きになった。
柔らかいのだが、麺がモチモチしていて、ぬめりがあるためタレが絡んでうまい。
口に入れたときの感触がなんともいえないのである。

そして、倉敷商工会議所へ。
農商工連携の打合せである。

今回の主人公とは、あるイベントでお会いしたのだが、なぜかこの方とはつながりを感じる。
本当に魅力的だし、なぜか私を仲間にしようとしてくれる、
というか、どちらかというと私は、人の面倒を見ようとするのだが、
意外と面倒をを見てくれる人はそんなに多くはいない。

本当に肝心なところで、手をひっぱってくれる人が現れて導いてくれるのである。
振り返ってみると、中学時代のS先輩、M社のHさん、独立時のU先生、H先生、
そして今の何人かの師匠である。
本当に感謝である。

今回は、こちらからの働きかけもそんなに強くないのだが、声を掛けてくれる。
とてもうれしい。

今回の場合は、朝市で私が気合を入れてイベントに参加していたからかもしれない。
良く考えてみると、手を引いてくださった方々は、こちらからアクションした結果だ。
全て自分が選んで、想いをもって伝えているような気がする。
それを深い懐で受け入れてくれた方々だとわかった。
絶対に大切にしなければならない方々である。

整理してみる。

「どんな時に、導いてくれる人が現れているのか。」

  1. 覚悟を決めて行動しているとき
  2. 世の中のためになる想いを持っているとき
  3. コミュニケーションの量があるとき
  4. 何らかの前向きな縁があるとき
  5. 私自身が相手を理解し、受け入れているとき

全てが全部そろうということはないが、今までの経験上、
そのうちの何個かが発生しているときに、導かれるという現象が起こっているようである。
逆に私もそういった人生の変革点に立って、人を望んでいる方向へ導いてあげたい。
それが私の生きる目的であり、人生の使命のように感じた。

話を戻すことにするが、今回の主人公であるが、
地域を活性化したいという想いがあり、難しいことに果敢にチャレンジする行動力があり、
さらに、その中で培われた情報や人脈という資源が山のように存在している。
絶対に成功して欲しいし、私に出来ることは全て提供したいと思う。

さて、夕方は地元では名門だが、ちょっと今苦しんでいる企業に営業に立ち寄った。
若い社長であり、青々として、しなやかな竹のようであり、
かつ、熱い想いをもって戦っているような印象を受けた。

「絶対にうまくいくよ。」と声を掛けてあげたかった。
ある意味、話をすればするほど、愛しい感じである。
もちろん、相手が望んでくれればだが、絶対に成功させたい。
ヒーローにしたいのである。

「あきらめを無くし、生きるよろこびの渦をつくる。」という私の想いに沿って行動しよう。
そして、もう1社、同じような名門企業があるが、想いをしっかりと伝えてみたい。
今日、時間を作って訪問することにした。

今日も承認してみる。
「相手を聴ききり、深く感じ、共感してあげられていたね。」といってみる。
「そう、自分のこともしっかり感じてあげられていたね。」と返って来た。

熱く聴き、熱く伝え、共に震えられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。