アーカイブ: 2008年6月12日

第159号:師匠の復活。

今日も早朝ミーティングであり、疲れも積もり、朝は眠かった。
しかしながら、昨日、「今を楽しむ」ということを、具体的に感じた結果、
なんだか妙に楽しくて、ふわふわ、ワクワクという感じである。

ミーティングのほうも、午前、午後ともに、楽しい感じである。
逆に楽しい雰囲気が出すぎてしまって、厳しさを忘れてしまってはいけないと途中で気付いた。
相手の成長を願い、敢えて、厳しいフィードバックをする。
あるいは、ゆるゆる進んでいるものをペースアップする。
私は、行動と成果にコミットメントするのである。

福山で今日はミーティングがあったのだが、
体調を崩してしばらく静養中であった師匠が久々にミーティングに参加してくださった。
若干、ウエイトダウンしたようだったが、相変わらずのトークであり、お元気そうで安心した。

さらに、病み上がりにもかかわらず、私のことを気にかけてくれて、
仕事のほうもまた一緒に・・・といってくださってうれしいし、懐の深さが感じられた。
少しでもご一緒させていただいて、いろいろなことを教えて欲しいと思った。

まさに、尊敬と祝福の関係にあると思った。
復活がこころからうれしい。
ずっと元気でいて欲しい。
師匠の想いがかなって欲しい。

ちょっとばたばたしていたので、今日はあまり話しをすることは出来なかったのが残念だった。

「でも、尊敬と祝福の関係はどのようにしたら作ることが出来るのだろうか。」

師匠が、私にしてくれたことを振り返ってみたい。

一番最初は、私を信じて仕事を出してくれたところから始まった。
もちろん、それにあたっては何度かお会いしたのだが、
しっかりと私の性格やビジネスのスキルを受け止めていただいた。

さらに、コンサルタントとして私を尊敬して扱ってくれているような気がする。
現場でミスがあっても、きちんとフィードバックをしてくれて、
あとは、私の想いやスキルを信じて否定したり、それ以上、問題としない。

そして、自分の過去の経験談や生きる教訓などを、押し付けることなく、率直に語ってくれる。
否定的なメッセージがないので、心地よいし、少しでも学びたいという意欲が湧く。

また、私が一番自信のないユーモアたっぷりに、表現したり、自嘲したり・・・。
人生が楽しいものでなければ意味がないということが、言葉の端々から伝わってくる。

一緒に生きるよろこびを感じられる。
私が師匠にして上げられることはなんなのだろうか。
少しでもなにかできないだろうか。
中トロでもごちそうしてみようか・・・。

そういえば、もうすぐ父の日である。
父のことも、しっかり考えてみようと思った。

今日も承認してみる。
「まっすぐ信じてあげられていたね。」といってみた。
「信じているけど、今何が起こっているか、相手の気持ちはまだまだ・・・。」と返ってきた。

ミラーリングで身体の動きをあわせると、相手の気持ちにフォーカスできるような気がした。
ちょっと意識的にやってみよう。

尊敬と祝福の関係を常に作り上げることを宣言して言いたいです。
今日もありがとうございました。

第158号:ヒア&ナウ。

今日は早朝ミーティングで幕開けした。
早朝ミーティングとはいえ、ISOの現場導入であり、結構緊張した。

現場の方々の想いや考え方を踏んづけてしまわないように、
細心の注意を払ってコミュニケーションをとったのだが、
伝えたいことを相手の状態に合わせて変えるため、十分に整理できずに伝えてしまった。
具体的にどんな状態かというと、ちょっと前のめりな感じになってしまった。
反省することはあるが、その場に合わせることに集中したのは良いことだと思う。

その後、師匠の社長に会い、先日の“栄養にする”という言葉に付いて意見をもらった。
この言葉の意味がどうしてもわからず、その後ももやもやしたままだったのだが、
師匠からそうだと思える言葉を頂いた。

「どんな毒でも栄養にするとはどういうことか。」

通常、毒と感じられるような事柄や言葉に突き当たってしまうと、
毒が強すぎて吐き出してしまったり、始めから触らないように逃げてしまったり、
更には、戦ったり、押さえつけようとする。

私の場合ということになると、あまりきついものはムリだが、
コーチという仕事柄、異質なものでも全て受け入れようとする。
ただただ受入れる。
ある意味、それが相手の理解につながるし、コーチングの理念を実現することとなる。
これだけでは、栄養にはなっていないような気がする。

師匠曰く、「人間の異質な部分や苦手なものを取り入れて、自分の器を大きくすること。」
ではないかと、言っていただいた。
それが、自己の成長感を感じさせたり、人との関係を築くための礎となる。

さらに、ちょっと話は変わるのだが、「子育てが終わったら楽しくなる」とか、
「義母の介護がなくなったら幸せになる」とか、「これが終わったら楽しくなる」という人ほど、
楽しくなったり、幸せになったりしない。
そういう人に限って、いつも不平ばかりをいっているという話があった。

「将来に期待する」という言い方をすれば、それは素晴らしいことであるが、
「今」から逃避、あるいは、「今」を否定することにつながっていないだろうか。

「栄養にする」というのは、今目の前で起こっていることの全てを受入れ、消化し、
自己を成長させること、そして、自己の成長をよろこぶことではないだろうか。

そして、私は宣言したい。「ヒア&ナウで、常にしあわせに生きる。」
今が楽しくなければ、将来楽しいことは起こらないし、しあわせかどうかは自分が決めることだし、
人をしあわせにするかどうかも、自分がベストを尽くしてしてあげたい。
まさに、「一期一会」である。

今日も自分を承認する。
「しっかりとしあわせに、楽しくいきられていたね。」といってみた。
「今日は本当に楽しい、しあわせを選んでいたね。」と返ってきた。
とてもOKな感じである。

自分にも、お会いする全ての方にも、OKを感じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。