アーカイブ: 2008年5月18日

第133号:隙間。

今日は広島の県北での仕事で、朝6:30に出発した。
昨日の夕方とどいたアイに乗って、久々のマイカー遠征である。
福山東まで山陽自動車道に乗っていくのだが、ETCがついているのでスムースである。

天気は非常に良いのだが、なんとなく、からっとした気分ではなく、
ちょっと、霧というか、靄というか、何かうっすらと気持ちを覆っていている感じである。

いつもであれば、自分の内側から出てくるパワーで吹き飛ばすようなイメージなのだが、
あばら骨が痛いのと、風邪をひいている関係で、それだけの余力がない。
ただ、ダランとした感じで、現地に行くのがいっぱいいっぱいである。
現地でも、十分に対応できるか心配になる。

朝早いせいか現地に着くのが早かったため、訪問先の近くの成羽川のほとりに車を止めて、
窓を開けて外の空気を入れながら、30分くらい寝た。
それまでのピリピリした感じではなく、いい空気で気持ちが安らかになった。

今日はあまり痛みも感じず、打合せのほうも力が抜けて、スムースに話が進んだ。
あばら骨が折れてからというものあまり我を張ったり、欲を満たそうとしたりしなくなったため、
力が抜けて、かえってよい効果が生まれているような気がする。

岡山に返ってからの自分は、力の抜けたあるがままの状態で、ある面談に向かったのだが、
話をしているうちにだんだんいろいろなところにしこりを感じ始め、気持ちが暗くなっていった。
ネガティブな感情に共感し支配されていき、自分自身もネガティブな感情を持つようになり、
人を受入れる隙間が小さくなっていくような感じがした。

「人を受け入れる隙間とはどんなものか。」

  1. 相手を理解し、異なる価値観を否定しない心
  2. 尊敬と祝福できる心
  3. 生きるしあわせの渦をつくりたいという自分の想い

「じっくりと感じるほど隙間が小さくなるようなときはどうしたらよいのだろうか。」

  1. 静かにその心を受け入れる
  2. 自分にしてあげられる対応のすべてをしてあげる
  3. もし自分に非があればしっかりと謝る
  4. さらっと聞き流す
  5. 後で吹き飛ばす

今年のテーマの「自分を楽にする」方向で考えると、4.5.もありだと思った。

その後、飲み会では楽しい雰囲気の中でおいしい食事を頂いた。
独立して以来、ある意味、自分は好きに生きているせいか、
サラリーマン同士の関わり方や、その気持ちが奇異に感じるようになっているのに気づいた。
もっともっと、しっかりと理解してサポートできるようになりたいと思った。

自分に言ってみた。
「痛みに耐えながらも、お客様の生きるしあわせを提供しようとしていたね。」
「もっともっとできるよ。きっと。」と返ってきた。

もっとまっすぐに相手を信じ、この世のすべてを受け入れながら言いたいです。
今日もありがとうございました。
また来てくださいね。