アーカイブ: 2008年5月

第147号:大輪の花。

今朝は早朝ミーティングでスタートした。
昨日のミーティングの結果がヒリヒリして、どうも前向きな気持ちになれないのだが、
あることをきっかけに、多少の感じる力と張りは確保できていると思った。
スパッと吹っ切れない自分がいるのも同時に感じている。

今日は何よりも経営支援センターの設置がなによりも大きなニュースだ。
この私も倉敷商工会議所の3人の専門家の中の1人として採用されたのである。
相談日は毎週月曜日の9~17時である。
是非とも気軽に相談に来て欲しい。

ということで、10時から開所式が行われた。
倉敷市産業労働部、信用保証協会、国民生活金融公庫などのトップの方々、
そして、副会頭、さらには、各倉敷関連の商工会議所(玉島、児島、高梁、井原、笠岡)の
担当者の方々が集まり、お祝いの式典を実施した。

地域力連携拠点事業(経営力向上・事業承継等先進的支援体制構築事業)ということで、
初めて公的な支援機関の一員として活動を開始したのだが、
今まで感じたことのない感覚がある。

なんと言っていいだろうか。
胸が高鳴るような感覚だろうか。

「胸の高鳴りはなんと言っているのか。」

  1. 倉敷の代表として任命されたことの責任が心地よい
  2. 自分の行動が世の中に影響を与える
  3. もっとふさわしい知識、情報、人格を身に付けたい

最近、自分のウィークポイントであったヴィジョンが明確になりつつあるが、
今回この役目を頂いたのが、さらに自分のありたい姿を明確にしたような気がする。

自己紹介の中で言ったことだが、
「自分がここにいる意味」をしっかりと感じて、中小企業と倉敷商工会議所のために、
しっかりと支援をして行きたい。
それが、自分の生きる意味であり、「生きるよろこびの渦を創る」事につながるからである。

プレゼンテーションのシーンが2回くらいあったが、緊張して十分に伝えられなかった。
その点では、昔からいるA経営研究所の先生は落ち着いたもので、
見習わなければならない。

でもね、想いもスキルもマナーも負けてないよ。
少しでも自分の想いに沿って、シンプルに行動していこう。
恐れることは何もない。

今日も承認してみる。
「ますます、地域への想いが本物になってきたね。」といってみた。
「一花咲かせたい自分もいるね。」と返ってきた。
素直に自分の一部として受け止めたい。

大輪の花を地元倉敷に咲かせ、皆に生きるよろこびを提供できる私になります。
今日もありがとうございます。

第146号:激昂。

昨日の夕方、ちょっと力が抜けるようなことがあり、
めずらしくアルコールを飲んで、気が付いたらリビングで寝てしまっていた。
というわけで、2時過ぎに起きてお風呂に入り、現在に至るのである。

外は雨の音がしていて妙に心地が良かった。
すっきりとしているが、ちょっとした寂しさとそれを埋めたいという気持ちだ。
仕事もたくさんあるのだが、そこからのプレッシャーやストレスは感じていない。

安心できるよう、今日の打合せで必要なものだけ準備し、もう1回寝た。
ちょっとだけ、幸せな気分になった。

朝はコーヒー館でコーヒーを飲みながら、コーチングでスタートした。
更に、顧問契約も1つ決定し、ISOのコンサルティングのほうも順調であった。
知人のお見舞いにもいけて、うれしそうな顔も見れたし最高と思っていた矢先だった。

自分としたことが、最後のミーティングで久々に腹が立って怒ってしまった。
というか、「わおー」と吠えてしまったのである。

「何に怒って吠えたのだろうか。」

  1. 質問に対してまっすぐ答えないこと
  2. 理解しようとしない姿勢
  3. 最後までベストを尽くそうとしない姿勢
  4. 自分自身の説明力のなさ
  5. 自分のしたいことができないもどかしさ

振り返ってみると、やっぱり自分が言っていることや、
意図する方向に進まないことに対し、腹が立っているような気がする。
それに加え、「熱く生きる」とか、「一生懸命」とか、
「受け入れる」、「聴き切る」という自分の信念とあまりにも違うからだろう。

「私がこの世に生きて本当に実現したいことは何か。」

生きるよろこびの渦を創ることであり、
私は、勇気、行動、感動を提供するためのコミュニケーションやドラマを創ることだ。

今回の自分の態度は、意図的なものではなく、
疲れと自分のニーズの探求によるものであり、ふさわしいものではなかった。
ただちに是正処置をとるべきである。

そういえば、自分の思い通りにならないと怒るという自分を受け入れたことがない。
この自分を受け入れることで、もっと怒りという感情をもっと味わってみよう。
そうすれば、もっと自分も相手も許してあげられるのではないだろうか。

今日も自分を承認してみる。
「自分ともう一歩深く向き合うことができたね。」といってみた。
「そういう自分とも出会えたことがうれしいね。」と返ってきた。

世界中のものを受け入れられるくらいの大きな心で言いたいです。
今日もありがとうございました。
また、お会いしたいですね。

第145号:ほら。

今朝起きてみると、もう少し寝ていたいと思った。
別に精神的に何かがあってというわけではないはずだが、
最近早朝ミーティングの数が減ってきたからなのかもしれない。

それでも、じっくりと胸に手を当ててみる。
昨日のミーティングでの自分の態度がでてきた。
コーチやファシリテータとしての理想とちょっと違うような気がする。
そういったセルフイメージとの不一致や、
できなかった自分への信頼感の低下がその原因だと思った。
そんなことを感じつつ、今日は早朝ミーティングに出かけた。

今日は障害者の衣料で岡山でもかなり有名になった社長との打合せである。
お会いして話を聴いていると、本当にやる気に満ち溢れ、
ビジョンの実現に向けて十分な行動とコミュニケーションの量があるように感じる。

チェアウォーカー2008という車いすの方向けのファッションショーを、
6月1日13時に倉敷芸文館で実施するのであるが、
メディア関連の報道だけでもかなりの告知量であるし、
終了後のニュースとしての報道もかなりの量である。

それと同時に、販売の機会も増えてきており、
社内における製品企画や販促企画についても十分なコミュニケーションができつつある。

社長にいった。
「今の行動の量と質があれば、何でもできますね。」
報償による行動強化、もしくは、行動の定着を意図したコメントだ。
この調子で社長の想いを実現して欲しい。

最近、私が関わっている企業では、このような前向きなことが数多く起こる。
自分で言うといやらしいのであまり言わないのだが、本当に前向きな会社が多い。
それを見ていると、ちょくちょくうらやましさのようなものを感じる。

特に、今回のような独自の研究開発、そして、その成果としての製品、
それの発表に伴い、多くの支援者とメディアによる報道。
自分もやってみたくなってきた。

特に研究開発である。
子供の頃、博士といわれた思い出と、その中にある
その時の誇らしい感じ、探究する喜びが、ふとした瞬間に浮かんできた。

研究の成果により、世界中の人が、私たちとのコミュニケーションによって、
エネルギーが高まり、たくましく、自分らしく想いを実現する・・・。
そんなモチベーションを提供する。
真剣なまなざしと、こぼれ落ちるような笑顔を創って行きたい。

自分を承認してみよう。
「りっぱなほら吹きじゃないか。」といってみる。
「もっともっと、具体的でみんなが腹を抱えて笑えるくらいのものにしてみろよ。」
と返ってきた。

過去からもらった強みだけを握り締めて、ビジョンの実現を図りたいです。
今日もありがとうございます。
また来てください。
読んだだけで、ビジネスが成功する、しあわせにできるブログを書くからね。

第144号:純粋な質問。

今日は、そんなに早いわけでもなく、特に準備が必要なわけでもないのに早く起きた。
なんだか、最近、ハリがあるようだ。

朝起きて、あたたかいお茶を飲む、新聞を読む、ゴミ捨てに行くなど、
当たり前だが最近やった覚えのないことを次々にしてみた。
ちょっとだけ余裕があるのだが、逆にこんなことでいいのかと心配になった。

今日は本当にお世話になっている会社であり、師匠である社長とミーティングをした。
最近、ゆっくりと訪問することがなかったため、仕事について話すのは久々である。
いつも自分の話を聴いてもらうことのほうが多く、ネイティブコーチである。
今日も、自分としては本当に多くの気付きが得られた。

「多くの気づきが得られるのに必要なものは何か。」

相手に関心を持って聴く。
これが一番大切なことだと私は思う。

ネイティブコーチは、必ず私に会うと、
最近、体調はどうなんだ?
仕事のほうは順調なのか?
あの時、言ってたのはどうなった?

と質問しながら、「そうか。」とにっこりわたって受け止めてくれる。
実に、心地の良い時間である。

先ほどは、興味という言葉を使ったが、このことをコーチングでは好奇心という。
この好奇心こそが、コーチングの質問における真髄だということである。

よく、コーチングの研修機関Pでは、質問についてこのように言う。
質問は自分の欲しい情報を得るために聴くのではなく、
相手が自ら考え、めぐらせ、答えを見つけるために聴くものである。
つまり、「相手のために聴く」のがコーチングにおける質問だそうな。

さらに、コーチング研修期間Iでは、質問についてこのように言う。
基本的に好奇心に基づくものの方がより素晴らしいという。
好奇心に基づく質問というのは、その人自身に対する純粋な関心によるものだそうな。

何を恐れ、何に怒り、何に悲しみ、そして、何によろこぶのか。
人間が本来欲しいと思っている感情や、欲しくない感情に基づいて動いている。
だから、その人に関する純粋な気持ちで聴く質問の中に、
気付きにつながるような宝物がある。

ダムクエスチョンというそうな。
ダムというのは、馬鹿げているとか、取るに足らないとかというような意味らしい。
子供がするような、意図のない純粋な質問だ。

「今なぜ生きているの。」

う~ん、なんでだろう。
視界が緩み、周りの雨音がじわっとしみこんでくるような感じがした。
その雨音がショパンのような心地の良い響きに変わった。
この響きの中に、生きている実感や愛しい人たちとのつながりのようなものを感じた。

今日も承認してみる。
「今日も精一杯、想いを聴いていたね。」いってみた。
「まだまだ、人のためでなく、自分のためのコミュニケーションになっていたよ。」
と返ってきた。
確かに、十分に違いを受け入れたり、間違っている人はいないという想いに沿って、
コミュニケーションできていないときがあったような気がする。
自己管理したい。

荒野に立つ大木のように誰も傷つけない、しっかりと自分の足で立っているように。
そして、ありのままの自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第143号:破顔一笑。

最近は早朝ミーティングも一段落したため、少しゆっくりとした気分だ。
といっても、早起きの癖は定着しつつあり、5時になると勝手に目を覚ましてしまう。
心と身体の疲れが少なければ、そのまま起きて行動開始となる。

そういう面では、すぐに起きて行動開始となった。
心に余裕があるせいか、ゴミ捨て作業までしたし、残った事務仕事をぱっぱと片付けた。
そして、今週のアポイントの確定ということで、最終確認をした。

今日はほぼ終日、ISOの定期審査に向けたコンサルティング、および、内部監査であった。
基本的には、良く運用できていたし、さまざまな取り組みが行われていて良かったのだが、
一つだけ、私としては面白くないことがあった。

内部監査というものは、自分の責任権限のある仕事について、ルールどおり行われているか、
あるいは、計画を実現するための能力があるかどうかを確認することが目的である。

そんな中、自分の職責への認識の薄い監督者がいて、何を言っても自分の仕事ではないと言う。
ISOの標準化という考え方、自分の職責への認識をもとに、
方針や目標の実現を図っていくという考え方を真っ向から否定するものの考え方だった。
あまりにも、ISOの理想と遠く、つらいことだと感じた。

さらに、社長や後継者のかたの理想を実現しようという想いが伝わってきて、
私自身のイライラ感を抑えがたい状態になった。
「部下を指導すること、目標を実現することがあなたの仕事だ。」とか、
「社長の想いをかなえてあげて欲しい。」とか、という言葉が頭に浮かんだ。

その時の社長は顔色を変えることなく、その人を否定するわけでもなく、
遠くを見つめていた。
すごいと思った。
「絶対にうまくいきます。」といわなかったが、心からそう思った。

さて話は変わって、ブログを書き始めて以来、本当に素晴らしい師匠に出会うことができた。
これは、しっかりとブログを通じて振り返るということをやっているからだと思う。
それと同時に、その師匠に感謝してやまない。

師匠の1人が体調不良になった。
今日お会いしたのだが、体調不良の中、笑顔で出迎えてくれた。
本当にうれしかったし、早く元気になって欲しいと思った。

あることを相談したのだが、その時もにっこり笑って、
「それはやったらいいんじゃないか。」と自分のことのように喜んで答えてくれた。
疲れ顔から、にっこりと笑った。
破顔一笑である。
とにかく、早く元気になって欲しい。

今日も夕方、田んぼ道を車で走りながら、大きく、真っ赤に咲いた太陽を見た。
生きているなと思った。
また、いろいろな師匠と一緒に生きているのが、本当にうれしいと思った。

そういえば、この業界に入るときに手を引っ張ってくださった師匠とお会いしていない。
自分自身が忙しくて、連絡することもできていない。
お世話になったのに失礼なことだし、寂しいことだ。
近いうちに連絡させていただき、近況報告をさせていただきたいと思った。

今日もありがとうございます。
本当にありがとうございます。
一緒に生きていることこそが、生きるよろこびのような感じがしました。
そんなよろこびを提供できる自分であれますように。

第142号:放棄。

昨日、一昨日とあまりにも過密なスケジュール、そして、なによりも金曜の夜の酒がたたり、
疲れているのと、久々に何もない日曜日のため、とにかくゆっくりと朝を過ごすことにした。
疲れて身体が動かないが、なぜかハートにホカホカした感覚が残っている。

ということで、やるべきこともあるのだが、ゴロゴロしながらブログを書いたり、
読みかけの本の続きを読んだり、事務的な仕事をしたりした。

この間から経営戦略を作るとか、車にも貼り紙をするといっていたのにできてなかったので、
とりあえず、車に貼り紙を書いておいた。
経営戦略のほうは、決算書の数字が確定したし、
ある支援機関でのコーディネータの仕事も確定したため、そろそろ始めようと動き出した。

そして、もっと仕事の効率を高めるために、あるいは、記録として情報共有するために、
大学ノートをつかって考えながら書きながらメモを取るという仕事の仕方にすることにした。
そうすると、もっとブログを書く時間も短縮できるかもしれない。
それをやるのだったら、万年筆が欲しいなと思ったが、とりあえず、濃いボールペンにした。

「最近、自分に足りていないことは何か。」

この問いについては、本当に沢山の答えがあるような気がする。

  1. 読書や勉強
  2. 飲みに言ったり、仕事以外の仲間と会うこと
  3. あそびや余裕、ユーモア
  4. 新聞やテレビからの情報
  5. 妻や子供とのコミュニケーション
  6. 釣りに行くこと
  7. 地域との関係
  8. 新鮮な感情
  9. 歌を歌うこと
  10. 身体を鍛えること

仕事やお金の源泉となるものもそうだし、仕事やお金と基本的に異なるもの、
そして、心がワクワクしたり、震えたりすることそのものを放棄しているようである。

これらの全てを手に入れてみたい。
手に入れたとき、私はどのようなことを感じ、何を話し、周りの人に何を提供しているだろうか。
それは、自分自身にとってどんな意味のあることなのだろうか。
そして、そのことを手にするためには、何をしたらいいのだろうか。

あらためて見直してみると、決して難しいことではなさそうだ。
生きて充実感を膨らませること、それは、自分自身で選び、責任を持って手に入れたいと思った。

今日も承認してみる。
「今日は家族との時間をしっかりと味わって、みんなの望みを感じていたね。」といってみる。
「蚊にさされなければ、公園あそびをもっともっと楽しめたのにね。」と返ってきた。

今ここで、一緒に生きているということを体中で感じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。
またお会いしたいですね。

第141号:自白と自認。

今日は、昨日のカラオケで飲みすぎ、そして、楽しくて、サウナで仮眠して朝帰りとなった。
めちゃくちゃくにアルコールが残っていて、気持ちが悪いし、寝不足でつらい。
といいながらも、朝8:30からミーティングがあるので家に返って、すぐ出発した。

今日も朝から晩まで打合せやコーチングがあり、夜は会議があった。
土曜日なのに、いっぱいいっぱいで余裕がなかった。

その中でも、自分がもっとも気になったのは昨日の続きのことであり、
ある方と話をしていた時に、そのことについて大きな違いに気付いたということである。
そのことというのは・・・。

好きな仕事が違うということである。

●その方が好きなこと
 →大勢の前で講演して、楽しましたり、影響を与えたりすること。

●自分が好きなこと
 →問題や課題、そして、想いを共有し、その解決を図ること。

もっと驚くことに、お互いに好きなことのみならず、嫌いなことも異なるのである。

●自分が嫌いなこと(その方が好きなこと)
 →大勢の前で講演して、楽しましたり、影響を与えたりすること。

●その方が嫌いなこと(自分が好きなこと)
 →問題や課題、そして、想いを共有し、その解決を図ること。

コーチングには、一般的によく言われるコミュニケーションタイプというのがある。
まさに、この典型的な違いということになるのだろう。

ある意味、これは、強み、弱み、価値観、ニーズの現れであるわけである。
だから、私は、人から認められたり、好きになってもらう、そして愛されること、
そして、どちらかというと、親密な関係になることがめちゃくちゃ好きである。
好意を持ってもらうと、安心させてあげたい、自分がしあわせにしてあげたいとなってしまう。

他人から好かれることが好きなど、そんなじめじめしていることを認めたくなかったのだが、
好きなものは好きだし、それが自分なんだったらいいじゃないか。
しっかりと自分を理解して、すべてを受け入れて、ありのままの自分でいられたら良い。
変に、肩に力を入れたり、回りを気にしたり、格好つけたりすることなく・・・。

そういった点で、自分にとって気になる人がまた現れた。
気になって仕方がない。
何とかしてあげたい。
愛しい感じである。

さて、今日は何を承認してみようか。
「悩みや想いをしっかりと受け止めてあげられていたね。」といったら、
「自分が本当に欲しいものにすなおになってみたら。」と返ってきた。

すべての自分を受け入れてあげて、好きになって、甘やかせてあげたいです。
今日もありがとうございます。

第140号:いっぱい。

今日の朝は早朝ミーティングがあるためまた早かったのだが、
しばらくお会いできていない方とお会いできるのでうれしく感じて目覚めた。

同時にせっかくお会いするのに、「提案書や前回まとめが無いとつまらない」と思い、
朝4:30には起きて準備をした。
思いのほか、ブログを書くのに時間がかかったので、時間に余裕がなかった。

今日はとにかく、たくさんの方とお会いした分、いっぱいの想いに出会った。
なぜか、その想いに基づいてなかなか行動できないとか、
障害となるようなさまざまな事柄が起こり、意思決定ができないとかという事が多かった。

このような時、私は「何とかしてあげたい」と自分のハートにスイッチが入ってしまうのだが、
今日は前に出るというより、グッと少し後ろに下がって受け止める感じで話を聴いていた。

「一歩下がって話を聴いているとき、何を感じているのか。」

  1. その人の想いとその周りで起こっていることの関係
  2. その人のものの捉え方や考え方
  3. その人の思い込みや固定概念
  4. その人の人生の中における現在の状態やポジション
  5. これからどうして行きたいのかという理想や希望

一歩近づいたときと違って、客観的に、俯瞰的に見ているような感じである。
だからこそ、これからどうして行くのかとか、何が障害や重石になっているのか、
とかということが見えるようになる。

時折り、グッと相手の気持ちの中に入っていくと、その想いに共感して涙が出る
という現象も起こるし、これが想いを感じる時には重要であると思う。

非常に難しいことであるが、このように自分の聴くポジションを変えていくことで、
より多くの、そして、その人にとって本当に必要な情報が得られるのだと感じた。
でも、むちゃくちゃ難しい。
だけど、今本当に身に付けたい能力であり、自分の想いを実現するためにも必須である。

今夜私は久々に深酒をした。
わたしのネイティブコーチと、1時過ぎまでカラオケをした。
本当に素晴らしい思考力、コミュニケーション力、共感力を持った方だとあらためて驚愕し、
また一歩でも近づけるようになりたいと思った。

あと、解放できない自分をカラオケの中で強く感じた。
たまたま午前中のミーティングの会話で話がでたからかもしれないが、
ありのままの自分、想いや強みに沿ってシンプルに生きることができていない自分、
そのことが気になって気になって、つらかったし、結局、問題解決できなかった。

基本的に、自分から何か影響を与えるとか、情報を提供することが苦手だから・・・とか、
あまりに違う世界だとか感じたからかもしれない。
反省したいところだが、解決策が見当たらない。

でも、問題はハッキリしているので、必ず乗り越えてみせる。
「あきらめを無くし、生きるよろこびの渦を創る」ということを自らが実践したい。
「誰とでも、どんな人とでも、明るくはきはきと話す自分。」
魅力的だ。

今日も承認してみる。
「想いや悩みを否定することなく、しっかりと受け入れられたね。」

自分からの返事を待つ。
「なかなか、いいんじゃないか。」
「もっと、できるようになったらどんな自分になれるかな?」と返ってきた。
どんな時でも、人でも「間違っている人はいない」と思ってコミュニケーションできる自分だ。

何度でもあきらめることなく・・・。
まっすぐと瞳の奥を見つめて言いたいです。
今日もありがとうございました。
また来てくださいね。

第139号:妄想。

今日は朝から長旅となった。
岡山県北で9:00から打合せ、広島県北で14:00から打合せである。
移動時間が長いので、なんとなく気分的には余裕がある。
サラリーマン時代の移動時間が長ければ長いほうが気分的に楽という感覚がよみがえった。

長旅ということになると、いろいろなことを妄想しながら車を走らせる。
今日は、訪問先の方がどんな状態なのか・・・とか、
どんな新しいその人に会えるか・・・とか、
これは悪い癖かもしれないが、自分とのコミュニケーションの効果は・・・とか。
このことは、ある意味相手を信じることや、期待すること、愛しく思えることにつながる。
今どんな思いで、何をやっているのかと、ついつい想像してしまう。

十分に準備ができていないようなときには、逆に自分のことを責めたり、
どうしようか対策を考えたりという、ネガティブな思考となる。
この場合は、いても立ってもいられないくらい苦しい時間となる。

今日はこれらの内容に加え、昨晩の続きの会社のビジョンの妄想が始まった。
インキュベーション施設に入って、生き生きと研究開発を行い、
様々な訪問の方々と、自分を卑下するわけでもなく、えらぶるわけでもなく、
自然に会話をし、次々に新しい価値を生み出していく自分。
そして、周りには一緒に楽しむ仲間がいて・・・。
悩むことなく、将来を少しだけ見据えながらとにかく前進する。
そうすれば、楽しそうなことがいっぱい出てくる。

そういえば、高校時代に好きになった女の子についても、
お付き合いが始まり楽しくなった自分を妄想したり、願い事をしたりした。
その時はその思いが通じたのか、本当に仲良くなり、想いを成就させた覚えがある。

今回は、仲間と共にしっかりと妄想して、みんなの意見を尊重し、かつ、
自分なりの意思決定をし、その妄想の中に飛び込んで行きたい。
師匠が、「帰りに飲み屋があるところがいい。」とよく言う。
仕事が終わって、めしでも・・・といいながら、いっぱい飲みながら食事をする。
そこでは、仕事での適度な疲れを感じつつ、その日に起こったことについて談笑する。
飲む日は車で通勤ではないので、終電までであり、ムリもムダもない。

そして、自分のお客様本人、あるいは、その会社の従業員の方が、
命の火を燃やして、生き生きと働く職場や、感動のドラマが次々と現れる。
私たちも、お客様の成果を共有でき、ともに、尊敬と祝福の関係ができる。
感謝し、感謝されている。
しこりやとがったものがそこには一切ない。

素晴らしすぎる。

「ここに向かって今すぐにはじめられることは何か。」

「経営計画を立てることだ。」

よく私たち経営コンサルタントは、人に指導するときは必ず言う言葉である。
しかしながら、経営コンサルタントは文書化された理念や方針、そして、経営計画、
そして、手順をもっているケースは非常に少ない。

経営コンサルタントや経営コーチにこだわることなく、
自分たちが望んでいる世界を実現するためにビジネス展開を果たして行きたい。
そして、「生きるよろこびの渦」をこの世の中に広げて行きたい。
力まず、そして、あきらめず、しっかりと歩みを進めていこう。

明日は、まず経営計画書のフォーマットだけでも準備しよう。
そして、会う人にこの計画を伝えてみよう。

今日は何を承認しようか。
「まっすぐに信じ、相手の想いをしっかりと受け止めていたね。」といってみる。
「ごめん、まだまだだ。」と返ってきた。

もっともっと、真実のテーマを見つめながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第138号:いい感じ。

昨日は笑いすぎなかったせいか、今日はあばらの状態が非常に良い。
朝起きるときに、あまり気にすることなくすっと起きられるくらいだった。
これで調子に乗っているとまた・・・とおもったが、大丈夫。
しっかりと痛みは残っていた。

今日も、早朝ミーティングであり、朝から飛び出した。
とっても、気持ちのいい朝だった。

経営者の方と会って話をするということはやっぱり素晴らしいということを感じた一日だった。
かねてから新規事業を2人3脚で取り組んできた企業は、やっとその新規事業の目が出始め、
少ないながらも売上の予定が立つようになってきた。

この理由は、社長の想い、意思決定、そして、行動がある。
今日は特にその行動量が極端に増えていることに驚いた。
その結果が売上であり、社員からの信頼の獲得につながっていると思った。

また、ISOの取得支援の企業であるが、
今日は現場の方に会社のシステムを伝えるためのミーティングを行った。
その中で社長は経営理念を伝え、方針を発表した。
幸せ作りだそうな。

経営者の方の持つ情報量や能力、そして、思いは誰よりも負けないため、
通常は社員を攻める方向にそのことが機能してしまうことが多い。
しかしながら、今回は社員が失敗してもそのすべてを受け入れているような気がした。

私自身も経営者の器が見えたような気がした。

「今の心境を一言で言うと・・・。」

「いい感じ。」である。

自分の想いを感じながら、ひたすら行動する。
そこには、何にも障害はない。
誰も否定することなく、すっと立っている。
私で言うと、「展覧会の木」の状態である。

昨日のビジョンが更に明確になっていく。
O君と話をする中での気付きであり、自分の時間価値の目標が明確となったことである。
5月はビジョン作りの月なのかな。
ビジョンができたら経営戦略も作らないと・・・。

今日の締めくくりに妄想の女王とコーチングのセッションをさせていただいた。
会うたびにそのイメージが膨らみ、彼女の頬を緩ませ、楽しくさせている。
その話を聴くたびに楽しくなる私だった。
「きっとできるよ。」と言ってあげるのを忘れてないか心配になった。

今日はほめられるかな。
「みんなの生きるよろこびを感じられていたね。」
といってみると、次のように返ってきた。
「感じられていない人もいたし、自分の気持ちが勝っていたときがあったね。」
つらい、レスポンスであったが、もっとコーチとして生きることをしっかりと選びたいと思った。

まっすぐ信じ、聴き切ることのできるコーチの心で言いたいです。
今日もありがとうございました。