アーカイブ: 2008年1月

第27号:ほめられる。

今日は早朝からコンサルの仕事で出かけた。
朝早いので、車での移動中、ねむくてねむくて仕方がなかった。
仕事先では、良い計画が作りたいとか、問題を解決したい経営者の方が待っている。
勇気、行動、感動を提供して、生きるよろこびを創れると良いなといつも思っている。
問題点を解決したり、夢や課題を実現したりして・・・。

と、いつものかっこいいことを言いながら、実は、誉めてもらったり、
認めてもらったりすることを求めていたりもする。

なので、自分が認められないと、カチッとスイッチが入ってめちゃくちゃイライラしたり、
腹が立ったり、もっと悪いときは、文句を言ったり、いろいろなところにあたったりもする。
自分でわかっていながら、この衝動は抑えがたいものなのである。

「いらいらが起こるときは、何が起こっているのだろうか?」

  1. 自分が大切にしているものを否定されている
  2. 自分自身が尊重されない状態になっている
  3. 自分が仲間に入れない状態になっている

大きく分けると、このようなことが起こっていると考えられる。

特に、1.や2.に関しては、最近あまり発生していなかったものなのだが、
突如として表れ、自分の心をかき乱し、駆り立てられるように、その埋め合せをしようとする。
自分でもびっくりするくらい、そこにエネルギーを引っ張られる。

いわゆる2極化現象である。
人とのコミュニケーションや関わりの中で、自分と相手が言っていることとの間に、
対立的な関係が出来上がることがある。
これは、1対1で話しているときも、ミーティングで話をしているときも両方とも発生する。
ひとたび発生すると、コミュニケーションの目的を外れ、相手との戦いを余儀なくされる。

「どうしたら2極化の状態を避けられるだろうか?」

  1. 自分と相手との会話を俯瞰し、客観的になる
  2. 相手を100%で受け止め、味わう
  3. 攻撃的になる人とは、極力、距離をおいて付き合うようにする

経営者として、コーチとして、一人の人として、いろいろな立場から検討してみるも、
自分のイライラはどうやってもおさめることができないような気がする。
“展覧会の絵”として書いた大地に自然に立った木でも、多分、無理なような気がする。
コーチとしては、自分をコントロールにできないことに腹も立つし、自分にOKといえなくなる。

「率直に自分の感情を伝えてみたら・・・?」

どうしても、俯瞰したり、受け入れられなくなるほどイライラすることは、
相手に率直に伝えてみようと思った。
まさに、今年のテーマである「自分を楽にする」を軸にした行動である。

コーチングセッションの最後には、必ず「今日のセッションはいかがでしたか?」
と質問し、フィードバックを得るようにしている。
その中で、最近は、コーチングセッションについて、ほめられることが非常に多くなった。
そうすると、力をくれるし、心から感謝したくなる。
そういう人からだと、ちょっとしたアドバイスも受け取りやすいし、何とかしたいと思う。

ほめられるって、ちょっと気恥ずかしくて、「それほどでも・・・。」と感じて、
自分が否定されるのと同じくらい、受け取りにくいフィードバックだけど、
しっかりと受け止めて、その中にある大切な強みを伸ばして行きたいと思う。 

自分自身になかなかOKが出せない自分がいますが、
しっかりと相手を受け止め、自分の感情と向き合い味わえるようになります。
そうしたら、もっと生きるよろこびが創れるから・・・。

今日もありがとうございます。
もっと深く、もっと広く、包み込むような枝を伸ばしていきたいです。

第26号:がんばれ。

コーチングやカウンセリングなどの世界では、「がんばれ。」というのは、
あまり、お勧めではないらしい。
精神的に不安定な人に、「がんばれ。」って言ってはならないというのはよく聞く話だ。

とはいっても、私の場合、挫折や失敗、そして立ち向かい、一つずつ乗り越えてきた経験から、
がんばるとか、努力とか、一生懸命とかという言葉が、異常なほど好きだ。
これらの言葉だけで、涙を流すことができるくらいだ。

今年は、「自分を楽にする。」ということをテーマに取り組んでいるが、
「がんばれ。」という言葉が、「自分が楽になるかどうか。」とも関係があるように感じる。

「がんばるという言葉のどこが良くないのだろうか?」

要するに、「~するべき」とか、「~しなければならない。」とかという、
自分の思いと違うことをしたり、義務感を感じてしたりすることは、
心にも身体にもよくないし、十分な力を発揮することができないということではないか。
がんばり過ぎるとストレス状態が続き、ストレス性疾患だって起こるかもしれない。
嘔吐や発熱のみならず、円形脱毛症や性機能障害、さらには、うつ病等にもなりかねない。

もっと自分の意思で道を選び、熱く燃えるハートを持っていれば、
がんばらなくても、自然にありたい姿に迎えるはずだ。
でも、私には「がんばれ。」といってあげたい場面がある。

「がんばれっていってあげたい場面は、どのような時か?」

「真摯に自分とむきあおうとしている時だ。」

なかなか、自分にとって望ましくないことや、自分の悪い点や弱点、
さらには、過去のつらい経験などと向き合うことは非常に難しい。
それを考えるだけで、またたくまに苦々しい気分となるのでふたをしてしまう。
感情的になり、自分の存在そのものを否定してしまったりすることがある。
でも実はそれが、自分のしあわせな人生を作り上げるための重要なヒントになったりする。

私の場合だと、自分と父と母との関係の中にそれが発見でき、
自分が「できない。」と感じ、自己イメージが低くなる理由がはっきりしたし、
強みや弱み、そして、共にいられないものなども明確になった。

最近、ミュージシャンの大黒真希さんが見事に復活しようとしている。
そのインタビューの中で、彼女はこのように言っていた。
「自分を知っていることが、最高の強みだ。」
彼女の場合は、かっこよく行きたいとか、傷だらけであるということ、
そして、だからといって、飾ったりするのではなく、生のままであることが、
生きている本当の自分だと・・・。

だから、私は、“自分と向き合おうとしている人”にエールを送りたい。
「がんばれ!負けるな!絶対にできるよ!」と・・・。

これは、自分にとってのエールだったりもするかもしれない。
一緒に生きて行きましょう。
楽しみながら・・・。
楽しいかどうか、しあわせかどうかも、すべて自分で選ぶことができるから・・・。

読んでいただき、ありがとうございます。
自分も他人も裏切らない自分になるよう、「がんばれ!」といいたいです。

第25号:勇気とは。

晴れの国岡山も一面の雪となった。
それにしても、体育館でやる空手は寒かった。
ずる休みしようと思ったけど、子供の手前そうもいかないし・・・。

寒くて、すがすがしい、「ツーン」と胸の奥まできれいになりそうな感じがする。
そういえば、今5歳になる耕之助を抱っこして、初詣に行った日も雪が降っていた。
雪が降ると、その時の神妙な気分が蘇ってくる。
阿智神社の巫女さんが雪が降ったときほど、神様とつながりやすくなるといってた。
妙に体に力が湧き上がってくるような気がした。
この子と生きて行こうと・・・。
これが勇気かもしれない。

「勇気とはいったい何なのか?」

このブログの中でも、“勇気”というのはキーワードのように使われてきた。

辞書によると、
いさましい意気。困難や危険を恐れない心。だそうな。

新しいことを始めようとするとき、必ずといっていいほど、困難を感じ不安になり、
後戻りしたくなる。
これは、現状維持機能と呼ばれるものだし、コーチングではグレムリンとかと呼ばれ、
変化から自分の心と身体を守ろうとする機能が立ち上がっているのだろう。
このようなできない理由を探さなくなった状態が勇気ではないか?

「勇気を創るには、どのようにしたら良いか?」

  1. 自分の思い(生き方や将来像)を明確にする
  2. その思いに基づく行動に価値を見出す
  3. 行動して、小さな成功を積み上げる

今年、私は、自分の思いと提供する価値を明確にして、年賀状で宣言した。
宣言したものの正直言って、今でも震え上がるほど不安になったり心細くなったりする。
でも、いろいろな方にお会いして、自分の思いを伝え、「なりたい自分になって欲しい。」
と、心のそこから熱い思いを込めて接すると何かが変わるような気がする。
これが私にとっての勇気ではないかと思う。

本田宋一郎さんは、次のように言っている。
勇気というのは、強いからだとか、勇ましいから勇気があるというのではない。
たとえ、自分にとってどんなに不利な結果になろうとも、自分が真実であり、
妥当であると考えたことを認め、それに賛成することこそが勇気である。

つまり、その人にとって真実かどうかということが大切なんだ。
行動しての成功だけではなく、それが、自分にとって真実かどうかが大切なんだね。

コーチとして、その人の思うこと、いや、その人自身を100%で受け止めてあげる。
斜めや横から見るのではなく・・・。
身体全体で受け止め、心から期待し、信じ、どんなことがあっても見方でいる。
そして、コーチとして熱いハートをもって、その人が自分の責任で幸せになることには、
“おに”になってあげたい。

今日もありがとうございました。
雪が解けるくらい、熱く感謝しています。

第24号:展覧会の絵。

ブログを書き始めて以来、初めて1日お休みした。
書き続けてきたものが中断されてちょっとだけ悔しい感じがする。
なんとなく、今日も書かなくても、“まっいいっか”という感じまでしてしまう。

今までの自分だと、おそらく、次のいずれかの道を選択してしまうだろう。

  1. 1日休んだらやめてしまう
  2. セミナーに参加していた2日とも書く

結局、私は、上の2つとも選択せず、
出張は仕方がないことだから、ブログをかけない日はそれでOKとすることにした。
こう考えるだけで、非常に楽な気分になれた。

  1. やめてしまうと、ますます自己嫌悪となる
  2. 毎日必ず書かなければならないと思えば、苦しくなる

今回の選択は、きっちりと境界線が引かれていて、とっても楽だ。

ということで、お休みしたのは、昨年7月から参加しているコーチングラボウエストの
SSPというプロコーチ専門教育を受けるためだ。

今回は“人生のキーワード”というコンテンツであり、セミナーも終盤戦となっている。
内容であるが、過去のさまざまな経験の中から、たくさんの言葉をカードに書き出し、
今後生きていくための重要なワードを見つけるというものだ。

以前、このような自分を知るコンテンツとして、“ヴィジョン・クエスト”なるものをやったが、
その時とは大きく違っている印象だ。
ピリピリではなく、ユルユル、グズグズといった空気の中で自分を見つめることとなった。

「この2日間、あなたはどのようによばれたいか?」

“かずちゃん”という呼び名を選んでみた。
自分にとっては、とっても意味があるし、もっというと、思い出したくない、
伏せて隠している言葉だ。

先日、うどん屋で幼馴染に後ろから声をかけられたときに、ギョッとしたのを思い出した。
今回も呼ばれるたびに、“嫌悪感”のようなものが、立ち上がる。

ライフラインを書いているときに、“かずちゃん”と呼ばれてた時代の自分に戻れたときに、
ある一つのキーワードが浮かんだ。
「好きなように」
甘やかされて育った自分に嫌悪感を感じ、母に嫌悪感を感じて生きている自分、
好きなように生きていはいけない、人に甘えてはいけない、こうあるべきと、
常に自分を律している自分、そんな自分に出会うことができた。

そして、その夜、温泉につかり、日本酒の利き酒を始め、料理とお酒を味わい、
人の中でいろいろな人の気持ちを味わい、“ほっこり”とした時間を過ごすことできた。
そして、出てきたキーワードは、「味わう」である。
夜は、非常にゆっくり寝た。

翌日朝、テレビを見ていると、元プロ野球選手である加藤選手が亡くなられ、
告別式の様子が放映されていた。
本当に多くの選手たちが弔辞を述べ、泣き崩れ、思い出や感謝の気持ちを表現し・・・。
人のことを思い、元気や勇気や思いやりをここまで与え続けた人はまれなのだろう。
自分もそうありたいと心から思った。
「人の中で生きる」という言葉が浮かんだ。

そして、次は、今までの“人生の展覧会”ということで、書き出したカードをヒントに、
自分の人生について、過去から現在までを作品し発表するというプログラムだ。

「どうしよっかなー」と気楽な感じでカードをめくっていると、突然木のイメージが・・・。
とりあえず、模造紙の上に、木を描いてみようと進めて行く。
下手だけど、まいっか・・・。

太い幹で自然に立っている大木。
根は地面を耕しながら、それをゆっくりと味わいながら進む。
幹には、子供のころ好きだった昆虫が蜜を吸いに集まっている。
枝葉には、花が咲き、実がなり、小鳥が休んだり、実を食べに集まっている。
枝の先は、天高く、龍のように伸びようとしている。

なぜか、涙があふれ出た。
クレヨンで書いた、「人生の展覧会の絵」が出来上がった。
書き上がったときには、晴れやかな気分になっていた。

木のように、力まず、自然に立っている自分。
今までの自分は、「やんなきゃ」って力が入りすぎているように思った。
このイメージができたおかげで、少し楽になれた。

結局、「楽」を人生のキーワードとした。
今年のテーマであった「自分を楽にする」が、さらに深くなったような気がしたし、
もっと、良い人生がおくれると確信した。

ラボの皆様、SSP4の皆様、本当にありがとうございました。
なかなか直接はいえないけど、今心にしみています。

第23号:分身を創る。

やっと1週間が終わってほっと一息だ。
ちょっと、ワーカーホリックな状態に陥っているような気がする。

ワーカホリックってなにかというと、仕事中毒と言う意味である。
当人が所属している仕事以外の共同体(家庭や地域など)への参加意欲が失われることだ。
家族への参加意欲が失われているわけではないが、お客様を最優先しているし、
仕事に使っている時間は寝ている時間を含めて最も多い。
自営業の性かもしれないが、仕事中毒といっても過言ではない。

「なぜ人は、仕事中毒に陥るのだろうか?」

この問いに対する答えは、

  1. 仕事の成果によって自尊心が維持できるから
  2. 自分の存在意義そのものだから
  3. 自分の個性を主張する場であり、自分であり続けられるから
  4. 金銭的な報酬により安心、安全が得られるから
  5. 自分の想いやビジョンを実現できるから

上記の1.~3.については、いわゆる自尊の欲求と呼ばれるものであり、
4.は安全の欲求、5.は自己実現の欲求である。

つまり、1.~4.までは、いわゆる、純粋にニーズといわれるものである。
5.は、価値観に基づく欲求であるため、ここでは価値観と呼び、ニーズとは区分したい。

ニーズが満たされないと、人は欠乏状態となり、イライラしたり、やる気を失ったりする。
そんなときには、イライラをおさめようとして、逆に駆り立てられるような行動をする。
このようになると、完全にワーカーホリックな状態だといえる。

価値観は、自分の想いにも通ずる。
満たすというより、選択し、膨らませて、ワクワクしながら実現させるものだと思う。

そういえば、会社を興して以来、がむしゃらに仕事をしてきた。
仕事のし過ぎで、疲弊して、自分への信頼感を失ってしまうこともあった。
でも、最近は心の揺れが小さくなっているような気がする。
何かあった場合を除いてだが・・・。

「何が、自分を落ち着かせているのだろうか?」

もちろん、仕事の確保や金銭的な報酬が満たされてきたということもあるし、
コーチングをはじめて以来、自分の仕事のスタイルが確立されてきて、
自分の個性や存在意義も感じることができるようになってきた。
でも、それらのニーズが満たされただけではないような気がする。

人生を生きる理由が明確になってきたからだと思う。
「生きるよろこびの渦を創る」、「協働のよろこびを創る」
これらを実現するために、呼吸をし、生きている。
ちょっと、最近くどいと思われるかもしれないが・・・。
だから、私はワーカーホリックを脱して、“よろこびを創り出す人”へと進化しようとしている。

やっとタイトルに戻ることができるが、自分の存在意義や方法にもこだわるのではなく、
“よろこびを創り出す人”になりたい。
また、そういった人を、世の中に送り出していきたい。

先日から一緒に活動してくれている大学生の正記くん、
話すたびに成長している感じがする。
自分の周りから、素晴らしい人が育っていってくれたらいいなと思う。

会社の経営でも人を創る、家庭でも人を創る。
人間は生まれてきて、子供を産み、育て、社会に貢献できる人を創ることが、
使命なのではないかと思うし、もっというと責務なのではないか。

私、西田和英の“分身を創る”と、とんでもないのが増えて大変になってしまうが、
経験、ノウハウ、そして、良い想いだけでも伝えられたらうれしいと思う。

明日はコーチングラボウエストのセミナーに参加するため、お休みとさせて頂きます。
「人生の展覧会」を描き、「人生のキーワード」を見つけて来たいと思います。

青年の主張に付き合っていただき、ありがとうございます。
いつまでも、熱く語っていきたいと思います。

第22号:ごめんなさい。

今日は朝から落ち着かず・・・。
できていないことが小骨のように刺さってヒリヒリしているようだ。
しかも、最近調子に乗って連日夜更かしをしているせいか、
明らかに疲れがたまっている。
朝起きる時も、もうすこし・・・寝ていたいと思った。

何とか朝の準備を済ませて家を出ようとするも、
あれやってない、これやってないと、トゲトゲしたものに引っ掛かって、
なかなか家を出ることができないし、
家を出たのはいいものの、朝のラッシュと高速道路の工事で、
今度は約束の時間に間に合うかどうか微妙になってきてイライラした。

ヒリヒリ、トゲトゲ、イライラ。
昨日までの背中を押されスッキリとした感覚に、雑音が混じってきた。
おまけに、車で走っているとき、またできていないことに気がついた。

そういえば、たくさんの引合いや受注をいただいているのに有頂天になり、
何か大切なものを置き忘れているが時があるような気がする。

「置き忘れているものは何か?」

  1. 仕事を出してあげようという相手の気持ち
  2. 自分が絶対に何とかしてやろうという気持ち
  3. 初心や今までの苦労したこと、失敗、経験

「どこに置き忘れているのか?」

  1. お客さんとの会話の中
  2. コーチングを学んだ京都
  3. 忙しくバタバタして散らかった机の上

コーチングは「答えは相手の中にある。」という基本的な思想に基づき、
セッションの中では相手に答えを考えさせるというスタンスを取る。
ひょっとしたら、自分の忙しさとか散らかった机の上に、
創業したときに書いた言葉を置き忘れてしまったのかもしれない。
特に、コーチングというもっともらしい、言い訳をつけて・・・。

今日はとにかく、“ごめんなさい”といいたい。
みんながくれた、大切なプレゼントを食べられなかったり、
せっかくいただいたのに返さなかったりしているかもしれない。

“ごめんなさい”と謝るだけでは足りない。
自分のことも大切だけど、周りの方の期待に応えるために・・・、
もっともっと、“協働のよろこび”を創り出していきたい。
創り出すだけでなく、熱く生きること、今を100%で生きること、
そして、自分にできる100%の力で受容し、励まし、そして、
“私がしてあげられること”を責任を持って確実に提供して行きたい。

自分、自分と自己中心的にいうのではなく、すべては大切な人や社会のために・・・。
今はできていないことも、必ずできるようになるよね。
「風林火山」の心、「自分を楽にする」というスローガンに従えば大丈夫。

今日もありがとうございました。

第21号:背中を押される。

今年に入ってなんだか不思議な感じがする。
なんとなく、まわりの人から背中を押されるように前へ前へと進んでいく。
今までのように、何をさせてくださいと言わなくても・・・。

たとえば、セミナーのお話をいただいた時に、
今までなら引き合いだけで終わっていたものが、仕事として決まっていく。
あるいは、ある企業から紹介が立て続けに発生し、十分な仕事の量が出てくる。
まだ少ないけど、雑誌などのメディアから頼んでもいないのに取材依頼がある。
一緒に前進していく仲間が現れる。

このように良い話が増えていくのは、自分がコンサルティングでもコーチングでも、
とにかくお客様のためにと思って一生懸命にがんばっているからだと思う。
が正直言って、以前と比べて技術や知識が上がったからという訳ではない気がする。
どちらかというと、運がいいとしか思えないようなこともある。

「運を味方につけるためにはどうしたらいいのか?」

  1. 自分の将来のビジョンや想い、あり方が明快である
  2. いつもポジティブで、行動的である
  3. 自分のためより、人や社会のために生きている

今支援させていただいている企業があるが、新規事業を立ち上げ、想いを明確にし、
新規事業を動かし出した瞬間に必要な支援者がすべて集まってしまった。
本当に不思議なものである。
今の自分もそのような段階に徐々に入って行っているような気がする。

「自分は何をする人なのか?」

 伝える人?
 励ます人?
 助ける人?

あきらめを感じている人に、勇気、行動、感動を提供する。
そうすると、世の中に生きるよろこびの渦が広がる。

まず、自分が何者で、何がしたいか明確にすることが必要だね。
そうすれば、自分の生きる道が生まれてきて、そっちの方向に背中を押してくれる。
その思いを表現するともっとわかりやすくなるね。

今日は誰に“生きるよろこび”を提供できるのか?
逆に、その人に今起こっていることを捉えて、どれだけ支援できるか・・・。
それができる思考や行動を磨いて行きたい。
お客様のニーズや期待をうらぎらないように・・・。

感謝する意味がまた深くなったような気がします。
ありがとうございます。

第20号:涙がでる。

今日ある方と、「最近涙もろくなった。」という話をしていた。
コーチングを始めてから、いろいろな周りの人の思いを感じて涙を出ることが増えた。
というか、私の場合は、昔から泣き虫な面もあるのだが・・・。

涙が出るというのは、弱い人間だから・・・というネガティブなイメージがある。
涙は、本当に弱いことや悪いことを意味していることなのだろうか?

どのようなシーンで涙が出るのかを振り返ってみる。
①スポーツのシーン(駅伝やマラソンを始め、なんでも)
②映画のシーン(古いけどライフイズビューティフル、頑張っていきまっしょいなど)
③会話の中で(仕事やプライベートの中で)

とにかく、涙が出る。

「自分が流す涙にはどのような意味があるのか?」

①その人の「私はこれをしたい」というひたむきな思いを感じている
②その人の努力やそれまでの苦労、そして、その思いを感じている
③その人のおかれた環境や立場の中で、負けずに、一生懸命に頑張っている姿を感じている
④自分が理解してもらえたという安心感や信頼感を感じている

なんだか、その人の思いや努力に共感しているような気がする。
自分が大切だと感じているもの、つまり、価値観や家族についての共感である。
きっと、お金や名誉や地位だけでなく、人として大切にしている何かがあるのだろう。

じわっと胸の中から熱いものがこみ上げ、鼻を通り、目から押し出されるような感じである。
次の瞬間、相手と自分のこころを信じきり、癒されていくような感覚が生まれる。
いつもこんなだと大変だけど、もっともっとこの感覚が欲しいような気がする。
だって、魂が震えているからだ。
このことこそが、感動しているということではないだろうか?

私の提供するものは、勇気、行動、感動だ。
そうすれば、あきらめをなくし、生きるよろこびの渦が広がっていくはずだ。
自分は、熱く、今を100%で生きるだけだ。
自分の思いに正直に・・・。

さて、最後に解説のようになるが、涙には次の種類があるそうな。
①自分のために流す涙
「うまくいかない」とかという自己憐憫(自分をあわれむ)の涙はあまりよくない。
こころは軽くなるが、ほんとの意味であなたのためにならない。
あなたは、自分からも他人からも憐れみを受ける存在ではない。

②他人のために流す涙
人と共感したり、映画や本、舞台などを見て読んで感動して涙を流すのは素晴らしい。
生きているからこそ、喜怒哀楽があるのだから・・・。
感動したときに流す涙には、ほんとにすごい洗浄力がある。
こころがすっきり軽くなる。

共感し涙を流す、そんな、感動のシーンを少しでも多く創り出したい。
泣いていいんだ。
子供の頃のように・・・、自分に正直に・・・、あるがままに・・・。

ありがとうございます。
みなさんがいるから、生きるよろこびが創れるのだと思いました。
一緒に生きて行きたいですね。

第19号:潜在意識に勝つ。

朝起きるとそこは一面の銀世界だった。
昨晩降り続いたのだろう。
10cmはゆうに積もっているような感じがした。
ゆっくり眺めていたらいいのに、昨晩とはうって変っていらいらや不安など、
朝から微妙なこころの揺れを感じていた。

例えば、耕之助がなかなか準備をしないのに腹を立てたり、
今日1日の仕事が迅速かつ十分にこなせるだろうかとか・・・。
もっと先の向こう数ヶ月のことをイメージして苦しくなってきた。

胸の奥に熱いものがあるはずなのに、ゆっくりと雲がかかってくるような感じ。
そのできた影が自分を冷やし、冷えてきたことを感じた自分は苦しくなって行く。

「この影は何から生まれているのだろうか?」

①ある一つの起こった事象に過剰に反応している
②自分自身が変わっていくことへの不安を感じている
③人への依存心により自分の軸を失っている

上記の①のこころの動きが、②と③の両方に影響している。
①の内容は具体的には書かないが、ちょっとしたことで自分の心が弱くなっている。
もう1人の自分がちょっとした事を見つけては、
「やめたほうがいいんじゃない?」ってささやきかける。
「おまえは能力なんか無い、できないんじゃない?」と・・・。

そうこうしていると家から出るのがおっくうになる。
こなしておくべき仕事や山ほどあるし・・・。
「速きこと風の如し」で仕事をやるのが自分の方針なのに、ちょっとぐずぐずしてしまう。
また自信がなくなる。

自分を勇気づけ、元気にするには、目の前のその小さな現象の問題解決をする、
あるいは、もう1人の自分を跳ね飛ばすことが、ポイントのような気がする。
ビジョンに迷いは無いし、今年のスローガンと行動の基準もある。
コーチとして日々研鑽するポイントも明快だ。
間違いなく、できる。
というより、絶対にやる。
「かかってこい!」

うんっ、気合入ってきた。
熱く生きる、今を100%で生きる、自分の生きざまのイメージだ。

最後に解説のようになるが、人には潜在意識というものがあり、非常に強く働くそうな。
この場合、今の仕事のスタイル、家族との関係など今を維持しようという機能が効いている。
ある本では、現状維持メカニズムという名前で書いてある。
体温が20度になったり、42度になったりすると、人間は生きて行けない。
だから、一定の状態を保とうとする。
これが潜在意識の機能なのである。
面白いことに、太っている人が痩せる時にも、このように潜在意識が働き、
痩せているほうが身体にいいのに、今のままを維持する方向で機能してしまうそうだ。
特に変わり始めに強く効いて来るため、こんな機能があるということを認識しておくことが、
新しいことを始める時に重要となる。
そして、新しいことへの小さな第一歩が、大きなありたい姿の実現につながる。

自分に正直に、もう1人の自分に負けないで進みます。
もっと大きな贈り物ができるように・・・。
やっぱり、「風林火山」でいこう。

今日も独り言に付き合っていただき、ありがとうございました。
また付き合ってください。

第18号:ほっこり気分。

今、ほんとうに気持ちがいい。
生きているよろこびを感じているようだ。
どういっていいかわからないが、こころが「ほっこり」している。

いろいろな人と出会ったり、
いろいろな考え方を持っている人と分かり合ったり・・・。
父、妻、耕之助、龍之助、そして、祖母、みんな元気だし、
自分が余裕と暖かさを感じていると、共振し合ってみんなしあわせを感じている。

ある商工会の経営相談で朝家を出た。
家を出るとき、ちょっとみぞれかな~と思ったが、行き先が県中央部だったので、
大丈夫だと判断し出かけた。
ところが山に入っていくと、途中から雪がひどく、
スタッドレスタイヤでなかったので前に進めなくなり、相談の日を改めていただいた。
本当に申し訳がなかった。

ただ、ある仲間と一緒にだったので、お互いの考え方や価値観、物のとらえ方等、
ゆっくりと話をしながらの旅となった。
その方と自分は、あまりにも性質が違うため、ちょっとだけ遠慮のある関係だったが、
違いを認めつつも、共通する価値観が感じられて、大きな信頼関係が築けたと感じた。
自分の足りない部分を補ってくれるし、一緒に走ってくれる、
もっというと、自分を鍛えてくれる大切な人となったような気がする。

家に帰ってからは、最近たまりにたまった睡眠不足を解消するがごとく寝た。
夕方起きた時、疲れも取れて、めちゃくちゃ気持ちの良い状態だった。

しかも、リビングに出ると妻とこどもたち、父が楽しそうに談笑していて、
外をみると、岡山には珍しい雪で銀世界。子供たちのよろこぶ姿がそこにあった。
さらに、父と耕之助と3人で、雪を使ってアイスクリンをつくった。
砂糖を入れすぎて、甘すぎたが、おいしかった。

「このしあわせは、誰がどうやって作っているのだろうか?」

①仲間や家族が自分にしあわせを与えてくれている
②自分自身がしあわせになることを選んでいる

周りの人が自分にしあわせを提供してくれていることは間違いないし、
そのことに対して、これ以上ないくらい大きな声で感謝の気持ちを伝えたい。

でも、最近の自分を振り返ると、自分自身がしあわせを選んでいるような気がする。

例1)自分が人を否定しないことで、お互い許しあえる関係ができている。
例2)自分が相手を信じて、思ったことを率直に伝えることで理解してもらえる。
例3)自分が熱い想いやポリシーを持っていることで、外部の刺激に過剰反応しない。

今日、マイコーチとのセッションで、たっぷりのうれしい承認の後に質問された。

「今の良い状態を続けるための仕組みはないか?」

今回は「風林火山」と紙に書いて机の前に貼った。
この言葉の自分にとっての意味が、身体の中にしみこむような気がした。

独りよがりはやめて、人とのつながりを感じ、感謝していこう。もっともっと。
感謝もしあわせも自分で選ぶことが出来るから。
今日もありがとうございます。
もっとしあわせを提供できる自分になります。